2006年04月28日

療育法の「いいとこどり」について

先日読んだ「自閉っ子、深読みしなけりゃうまくいく」に、最近の療育のトレンドとして、ABAやTEACCHなどの「いいとこどり」をすることが広がっている、といった話が肯定的に紹介されていました。

この「いいとこどり」という話、よく言われることですし、私も以前似たようなことを書いたことがあります。
が、こうやって市販書で大々的に書かれているは珍しかったので、少し驚いたのと同時に、本書の影響力を考えると、ちょっと心配な部分を感じました。

「いいとこどり」自体は悪いことではありませんが、いいとこどりできるのはテクニックの部分だけで、療育理念のいいとこどりというのは考えられません。

ですから、「いいとこどり」する前提として、療育理念を1つに決める、ということが必要になります。そうしなければ、結果として矛盾するテクニックを寄せ集めてしまう可能性もあります。

今回は、ABAとTEACCHを例にとって、「テクニックのいいとこどり」と「理念を1つに決める」ことがどう関係するかについて考えてみたいと思います。

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2006年04月27日

汎化と分化と側抑制

今回は、「知覚の恒常性障害仮説」からさらに踏み込んで、自閉症を引き起こす脳の根源的な障害とは何だろうか?ということに、想像力をふくらませてみます。

自閉症の障害を別の角度から見ると、汎化と分化の障害であると考えることもできそうです。

ここでの汎化と分化とは、以下のような意味です。

汎化=本質的でない違いを無視して「同じもの」として扱えること
分化=似ているものであっても、本質的な違いを無視せずに「違うもの」と扱えること


この「分化と汎化の障害」という視点からも、「自閉症の三つ組の障害」を説明することは可能です。

社会性の障害
 ヒトとモノでは違う行動をとる(分化)、ヒトに対応するときの一般的な作法がある(汎化)、相手によって発言や態度を変えなければならない(分化)、同じヒトにはどこで会っても一般的には同じ行動を取るべきである(汎化)が、状況によっては違う行動を取らなければならない(分化)、といったように、社会性とは複雑な分化と汎化によって成り立っています。

ことばの障害
 ことばとは、イヌA、イヌB、イヌCを見てどれも「イヌ」と分かるような汎化能力と、ネコを見たときはイヌではなく「ネコ」だと分かるような分化能力があって初めて発達するものです。

興味の限定
 知覚されるものの中で、何が本質的で何がそうではないかという区別が我々と自閉症児でまったく異なるとすれば、興味を持つ対象とその態度が我々から見て「異常」と映るのも当然でしょう。

こんな風に説明すると、「なんだ、じゃあもう知覚の恒常性障害仮説は撤回するのか」と思われてしまうかもしれませんが、実はこの2つは、同じことを違う角度から説明しているに過ぎないのです。

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2006年04月25日

知覚恒常性障害仮説:何を療育するのか?

ずいぶん時間がかかりましたが、やっと「療育」の話ができます。

自閉症の障害の本質が、知覚の恒常性の異常から定型世界観の獲得失敗に至るところにあるという仮説が正しいとした場合、自閉症児の療育をどのように進めていくことが考えられるでしょうか?

kasetu_4.gif
参考:知覚恒常性障害仮説に基づく発達障害系統チャートと療育の着目点

まず必要なことは、自閉症児の発達段階や障害の現状をどのようにクラス分けするかを考えることでしょう。

そのために必要な判断基準は、次の4つの軸だと思います。

1) 感覚異常が現存しているか。
2) 知覚恒常性異常が現存しているか。
3) 認識能力の発達遅滞(精神遅滞)を併合しているか。
4) 知覚・感覚の可塑性が期待できるか。


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2006年04月24日

知覚の恒常性障害という仮説(9)

とりあえずのまとめです。

発達障害仮説チャート

この図にみられるとおり、発達障害は、大きく分けると「感覚→知覚」の段階と「知覚→認知・認識」の段階、2種類の障害に区別され、前者が自閉症スペクトルに関係すると考えています。

「感覚→知覚」段階の障害は、外の世界の「見え」を大きくゆがめ、いわゆる「物の永続性」の獲得に失敗し、我々が自然に獲得するような「素朴物理学」「心の理論」とは異なる、独自の(非定型な)世界観の中に生きることになります。
ここで、「知覚→認知・認識」段階に大きな障害がなければ、違う世界観を持ちながらも知能面の遅れは見られないという「アスペルガー症候群」になりますし、その段階にも障害があれば、カナー型の自閉症となると考えられます。

(ここでは踏み込みませんが、LDやADHDなど他の発達障害も、このチャートの中に比較的簡単に盛り込むことができそうです)

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2006年04月23日

知覚の恒常性障害という仮説(8)

ここまで、7回にわたって、自閉症の障害が知覚の恒常性の発達障害から生じているのではないかという仮説について書いてきました。

ここで思い出すのは、以前ご紹介した、「『こころ』の本質とは何か」という本に登場する四分割表です。

 関係の発達
遅れあり

正常

認識の発達

遅れ
あり
自閉症精神遅滞
正常アスペルガー
症候群
正常

以前は、この表については批判的に紹介しました。
ここで述べられている「関係の発達」という概念があまりに曖昧で、検証不可能だからです。

でも、この「関係の発達」を、知覚の恒常性に置き換えた場合、この図がまったく違う意味を持ってきます。

 知覚の恒常性
異常あり

正常

認識の発達

遅れ
あり
自閉症精神遅滞
正常アスペルガー
症候群
正常

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2006年04月21日

知覚の恒常性障害という仮説(7)

「自閉っ子、こういう風にできてます!」で、2人の自閉症者から語られる不思議な世界観(本の中では「俺ルール」などと呼ばれていますが)を改めて見てみると、重要な2つの共通点があることが分かります。

・乗り物は、私が念を送っているから安全なんだと思っていた
・この世界を大きな巨人が上から覗いていて、とても高性能のコントローラーで私たちを動かしているのだと思っていました。
・(クラスメートは学校の備品だと思っていた。)家に帰ると親がいます。学校にいるとクラスメートがいます。クラスメートとは、教室にいるものだったんです。まさか一人一人におうちがあって、そこから通ってきているとは思いもしませんでした。
・私は自分が学校に歩いて行っているのか、世界が回り舞台のように自分に近づいてきているのか、どっちなのかはっきりと確信が持てていませんでした。
・私としては、劇の中を生きているわけですから、両親が見えないときは「あ、両親役の人『出待ち』なんだ」と思っていました。


1つは、「心の理論」の欠如または変性です。ヒトをモノと同類のものとして見ているような記述がいくつも見られます。

これは、「ヒトをモノ扱いする冷たい人間」というニュアンスではありません。
そうではなくて、対象物への「向き合いかた」が1種類しかない、つまり、モノとヒトに対して同じ思考回路・行動パターンを使っているというだけのことなのです。
本記事の後半でも出てきますが、「違う世界観を生きている」ということに対して、安易に「こちらの世界観」の価値判断を押し付けることは適当でありません。

そして、よくよく読んでみると、ここにもう1つ、より重要な共通点があることに気づきます。

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2006年04月20日

知覚の恒常性障害という仮説(6)

ここまでの仮説を改めて整理します。

・自閉症児は、感覚過敏などの理由から、「知覚の恒常性」の獲得に失敗する、あるいはその発達が著しく遅れる。
・それによって、健常児が進む「素朴物理学」から「心の理論」という認知発達の道すじから外れてしまう。
・自閉症児は、知覚・感覚の異常の中で「この世界」を理解するために、常識とは異なる独特の「世界観」を構築している可能性がある。


この仮説によって、自閉症の症状がどの程度説明できるのか、考えていきたいと思います。

まずは「三つ組の障害」から。

1) 社会性の障害
 ここで言われている「社会性」とは、要は、ヒトに対してモノとは違う行動を取ることです。
 例えば、机に置いてあるものを取るときと、他人の手の中にあるものを取るときで同じ行動を取れば、同じ行動なのに後者だけは「社会性がない」と言われるのです。
 ヒトはモノとは違うルールを持っていて、そのルールに従って行動しなければならないという「気づき」に至らないことが、「社会性の障害」を生むことになるのではないでしょうか。

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2006年04月18日

知覚の恒常性障害という仮説(5)

下のチャートは、前回ご説明した、感覚の発達、知覚の恒常性から心の理論の発達に至る、長い1本の「発達のレール」です。

[感覚入力の正常な発達]
    ↓
[知覚の恒常性の発達]
    ↓
[物の永続性の確立]
    ↓
[素朴物理学の発達]
    ↓
[『心の理論』の発達]


ここでのポイントは、それぞれの認知・知覚段階が発達するためには、1つ前の段階が正常に発達している必要がある、という点です。

これを手がかりに、自閉症の問題にチャレンジしてみます。

上記の「レール」の中で、自閉症児が、最後の「心の理論の発達」に問題があることは明らかです。

そこで、どの段階で問題が生じているのか、さかのぼって考えていくと、最後の「感覚入力の異常」にあっさりとたどり着いてしまうことに気づきます。
つまり、感覚異常から知覚の恒常性の発達が妨げられ、それ以降の認知発達にも異常が現れる、という構図です。

ここで思い出すのは、「自閉っ子、こういう風にできてます!」の中で語られる、自閉症者のさまざまな感覚異常についての記述です。

 jiheikko.jpg


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2006年04月17日

知覚の恒常性障害という仮説(4)

認知の世界から知覚、感覚の世界に入る前に、この3つの認知心理学用語について整理しておきたいと思います。

「感覚」とは、目や耳などの感覚器、ヒトの持っているセンサーから入ってくる入力信号を言います。視覚でいえば、目に入った光が網膜に映し出され、電気信号に変換された情報をいいます。

「知覚」とは、感覚入力を解析し、「理解できる情報」に変換する情報処理のことをいいます。視覚では、輪郭とか色とか形とか、図と地(物体と背景)の関係などを解析する処理を指します。

「認知」とは、知覚された情報をさらに統合し、理解する、判断する、考える、といった高次の処理を行なうことを言います。視覚で考えると、「そこにいるのは母親だ」と分かること、その母親の顔を見て「怒っている」と判断することなどが含まれます。

ここで分かるとおり、感覚、知覚、認知と進むにつれて高次の情報処理になり、ある段階の処理のために1つ前の段階の処理が利用されることが分かります。

さて、子どもが「素朴物理学」という認知の枠組みを獲得する前提として、知覚の恒常性が決定的な意味を持つことは、少し考えればすぐに理解できます。

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2006年04月15日

マトリックス(DVDレビュー)

きっと、このブログで最初に紹介する映画は「レインマン」だろうな、と思っていましたが、こっちになりました。


マトリックス 特別版
出演:キアヌ・リーブス,ローレンス・フィッシュバーン 他
監督:アンディ・ウォシャウスキー,ラリー・ウォシャウスキー
ワーナー・ホーム・ビデオ

このあまりにも有名な映画が、自閉症と関係があるの? といえば、私にとってはあります、と答えるしかありません。

なぜなら、この映画は、私が「自閉症の知覚恒常性障害仮説」(右のシリーズ記事「自閉症とは?-独自の仮説」参照)で強調したかったポイントの1つ、「私たちの持っている世界観なんて、結局は仮想でしかない」ということをズバリ映像化した映画だからです。

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2006年04月14日

知覚の恒常性障害という仮説(3)

前回、「心の理論」とは、子どもが素朴物理学で説明できない対象を説明するためにひねり出す、新しい世界観のことなのではないか、という話を書きました。

なぜこんな「世界観」といった回りくどい言い方をするかというと、以前も少し触れましたが、この「心の理論」――「素朴物理学」と同じニュアンスで表現するなら「素朴心理学」と呼んでもいいのですが――というものは、あくまでも各人の脳の中にある「仮想」であって、その正しさを誰も証明できないからです。

お母さんがにっこりと笑っておやつをくれた。
これは、きっと僕のことが好きだからに違いない。

いじめっ子がにっこりと笑っておやつをくれた。
これは、きっと何か悪いことをたくらんでいるに違いない。


上記の例では、見た目はまったく同じ他人の行動に、違う「心」を帰属させています。この違いを生み出しているのは、子どもの中にある「心の理論処理プロセス」であって、行為者の本当の考えではありません。
本当は、母親はフリーオペラント法を実行中で、強化子としておやつを渡したのかもしれないし、いじめっ子は直前に読んだ童話に感動していいことをしようとしておやつをくれたのかもしれない。
「本当のところ」は、結局分からないのです。

これは、大人になって、「心の理論」を使いこなして他人の行動を理解したつもりになっている私たちについても、まったく同じように当てはまります。

「他人の心を推測して他人の行動の理由がわかった気になる」というのは、突き詰めて考えていくと、何の確証もない仮想を信じているだけです。

つまり、「心の理論」にしても、「素朴物理学」にしても、それはヒトが当然に到達する真理だと考えるのは間違いで、この世界で効率的に生きていくための「適応」の一種として獲得する、世界の「見方」、枠組みなのです。

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2006年04月12日

知覚の恒常性障害という仮説(2)

なぜ私が、自閉症の障害の本質が「知覚の恒常性」の障害にあるのではないかと考えたのかについて、少しずつ書いていきたいと思います。

1つのきっかけは、「心の理論」についての考察です。

「心の理論」とは、これまで何度も話題に出ていますが、ヒトが発達の過程で獲得する、他人の行動の背景にその人の「心」を推測するスキルのことです。

私は、この「心の理論」について、一般的な説明とは少し違う角度で整理しています。
それは、上記リンク先でも書いているとおり、「物理的法則に当てはまらない動き・行動に対して、『心』や『意識』を想定して理解しようとする認知の志向性」という考え方です。

つまり、ヒトはあるものを見たとき、それが「物理的法則」に従った動きをしているかをまず判断します。
そして、もし対象物の動きが物理的法則に従っていない場合は、対象物が「心をもった生き物」であると判断し、「心の理論」を適用して対象が何を考えているかを推測するプロセスに入ると考えるわけです。



上の図で、○と◇が「心」を持った生き物のようにみえるのは、「物理的法則」では説明できない動きをしているからだ、というのが私の考え方です。
仮に、この○と◇がただ左から右に同じ速度で動くだけだったら、私たちはそこに「生き物」や「心」の存在を感じないでしょう。

認知心理学的にいえば、「心の理論」とは、目の前の対象物が「物理的法則」で解釈できない場合に起動される情報処理モジュールである、という仮説が立てられるわけです。

この仮説に立つと、「心の理論」の発達について、1段階さかのぼって考えることができるようになります。

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2006年04月11日

知覚の恒常性障害という仮説(1)

最近、認知科学系の本をたくさん読んでいます。

当ブログでは、「心を生みだす脳のシステム」「うぬぼれる脳―「鏡のなかの顔」と自己意識」くらいしかご紹介できていないのですが、面白い本がたくさんありますので、おいおいご紹介していきたいと思います。

こういった本には、自閉症療育の話題が直接書いてあるわけではありませんが、著者さえ気づかない形で、脳の認知機能と自閉症の障害との間に何らかの関係があることを示唆するような内容がしばしば登場します。
(具体的な例を、こちらやこちらでご紹介しました。)

そういった「脳の話と自閉症の話の不思議なつながり」体験を何度も経験して、いろいろ考えをめぐらせている中で、自閉症の障害についての1つの仮説の可能性に思い当たりました。

まだ考えとしてまとまったとは言えないものですし、そう簡単に説得力のある仮説が生まれるわけはないということも分かっているのですが、それでもどうしても書いてみたくなったので、そのアイデアを書いていこうと思います。

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2006年03月27日

行動主義的に考える、ということ

あ、記事を暖めている間に、先に書かれてしまった。

今回は久しぶりに、当ブログのタイトルにもある「お父さんの役割」にも関わる話です。

私の妻は毎日、自閉症の娘に朝から晩まで顔をあわせて、世話をしたり療育したりしています。

自閉症の子育てというのは、子どもの反応性が乏しく、こちらから愛情になかなか応えてくれないということもあり、高いモチベーションを維持するのは結構大変だと思います。
それに加えて、周囲の無理解や将来に対する不安とも戦っていかなければなりません。

そんなわけで、私が夜仕事から帰ってきたときに、よく妻が機嫌が悪かったり落ち込んだりしているときがありますが、これは仕方のないことですね。
仕事で疲れていても愚痴のひとつでも聞くのが、昼間は子どもの面倒を見られない父親のわずかばかりの罪滅ぼしになるんじゃないかと思っています。

とはいっても、私はよく妻に「話を聞いてくれない」と言われます。
私は聞いてるつもりなんですが、愚痴に対してついつい理詰めで答えてしまうので、共感的な対応を期待している妻にとっては「聞いてない」ってことになるんだと思います。

でも、言い訳めいてしまうかもしれませんが、わざとそういう態度を貫いている場合もあるのです。
今回は、そんな話題です。

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2006年02月08日

療育の「効率」について(6)

今回で、早期集中介入への疑問を中心とした、療育の効率への問題意識に関する記事は「一旦」終わりです。(今回はちょっととりとめのない感じになったので、近日中に改めて考えを整理する機会を持ちたいと思っています。)

前回、早期集中介入の効率の悪さの原因の1つとして、コミュニケーションそのものよりもことばの発声を先にトレーニングするといった、音声言語へのこだわりを指摘しましたが、このような「本質よりも形式を重視する」傾向は、早期集中介入全体を色濃く覆っていると感じます。

そういった傾向がもっとも端的に表れているのが、早期集中介入がそもそもの目標にしている(あるいは「効果」として喧伝している)、「自閉症の症状がなくなる」あるいは「自閉症だと周囲から見られなくなる」といった状態です。

私は、この目標設定自体も、やはり「変だ」と思わずにはいられないのです。

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2006年02月07日

療育の「効率」について(5)

「早期集中介入的な」行動療法を、効率を高めるために再構成する必要があるとすれば、そもそも、なぜ早期集中介入が効率が悪いかについて考えてみる必要があると思います。

これを完全に突き詰めることができれば、新しい療育法がほとんど完成してしまうというくらい難しいテーマだと思いますので、今の時点では完全な答えは出せないと思います。
でも、重要なポイントをいくつか指摘することはできそうです。

まず、最大の要因の1つは、音声言語としての「ことば」に重きを置きすぎていることでしょう。

早期集中介入では、ことばを発することを、なぜか非常に重視します。「なぜか」と書きましたが、実際、私にはこれはとても不思議な気がします。
なぜなら、音声言語は、コミュニケーションの手段の1つでしかなく、コミュニケーションの方法は、絵カードや手話、書き文字など、ほかにいくらでもあります。そういったさまざまな手段の中で、音声言語は、

・最も高度に抽象化されたものである
・視覚的手がかりがまったくない
・瞬間瞬間で消えてしまう


といった、自閉症児にとって非常に扱いにくい特徴をすべて兼ね備えています。

そしてもう1つ重要なことがあります。

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2006年01月31日

療育の「効率」について(4)

早期集中介入を自閉症の療育「法」としてみた場合、効率の悪さは否定できません。

この「効率の悪さ」は、時間と療育者のスキルの2つの側面に及びます。

早期集中介入を積極的に推進している「つみきの会」が発行している「つみきBOOK」(初版)によると、早期集中介入の権威であるロヴァースが調査した結果、彼らが直接自閉症児を訓練した場合の成功率が40%であるのに対し、親だけで早期集中介入を試みた場合の成功率は4%未満だったそうです。
4%未満というのは、恐らく、「何もしないのと同じ」というレベルであり、早期集中介入はプロにやってもらわなければ効果がない(少なくとも、巷で言われているような「劇的な効果」は望めない)ということを示しています。

つまり、早期集中介入は、膨大な時間が必要なだけでなく、同時に、習熟したプロも必要なのです。プロを毎週40時間雇うコストを考えただけでも想像を絶しますが、それ以前の問題として日本には一般家庭で雇えるABAのプロなどほとんどいません。

結局、早期集中介入は、多くの一般的な家庭にとっては、結局「絵に描いたモチ」でしかないわけです。そして、その全ての原因は、この方法の効率が非常に悪いことにあります。

これは、かつて自動車が誰にも買えない高嶺の花だったのと、ほとんど同じ構造です。
その後、自動車製造には「大量生産」というパラダイムシフトが起こり、ようやく庶民にも手の届く道具になりました。
同じように、早期集中介入を、「庶民にも手の届く道具」にするためには、どんなパラダイムシフトが必要なのでしょうか?

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2006年01月30日

療育の「効率」について(3)

さらに続きます。

前回、あらゆる方法論は「効率を高める」という段階に入って初めてノウハウとしての付加価値が出てくる、という考え方をご紹介しました。

これは、言い換えると、効率を高める段階に十分に到達していない方法論は、そのまま採用するよりもむしろ、同じ効果をより短い時間・作業量で得られるような、効率改善のチャレンジに取り組むべきだ、ということを示しています。

これを早期集中介入にあてはめるとどうなるでしょうか。

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2006年01月28日

療育の「効率」について(2)

前回の続きです。

「高校3年間、毎日10時間勉強すれば合格する」という勉強法、あるいは「締め切りの1か月以上前から、毎日5時間以上その仕事をやれば片付けられる」という仕事術、どちらも方法論としては明らかにおかしいと言えます。

理由は簡単です。
「早くからたくさんやれば結果が出る」のは、当たり前だからです。
この2つの例のどちらも、これ以上の勉強なり仕事なりはやることができない、最大限の「量」をこなすことを求めています。
その目標が、もともと達成可能な勉強・仕事であれば、使える最大限の時間を使ってそれをやれば、理論上、できて当たり前です。それだけやってもできないとなると、それは「もともと達成不可能な目標」だということになります。だって、それ以上頑張ることができないわけですから。

言い換えると、「早くからたくさんやれば結果が出る」という方法の存在は、その対象となる目標が理論的に達成可能だ、ということを示しているだけで、それ以上の付加価値は実はない、ということです。

では、その次にくる「付加価値」とは何でしょうか?

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2006年01月27日

療育の「効率」について(1)

娘に対する療育を考え、実践していく中で、最近気づいたことがあります。
それは、療育の「効率」をどう高めていけばいいのか、という問題意識が、私の頭の中のかなり大きな部分を占めている、ということです。

その問題意識の端緒は、まず、いわゆるロヴァース式の早期集中介入への違和感として(私の意識の中に)現れてきました。

子どもが自閉症だと分かって夢中で「治療」法を探す親の典型的な行動パターンだと思いますが、私も、かなり早い段階で早期集中介入というテクニックの存在を知り、そこで語られている素晴らしい成果に目を見張りました。

それでも、私の直感は、この療育法に対して、何か「変」だ、と感じずにはいられませんでした。そして、結局、私は娘の療育には早期集中介入の手法を取らないことに決めました。

私が変だと思ったのは、いかがわしいとか信用できないとか、そういうことではありません。
どちらかというと、普段の仕事でのビジネス感覚の延長で、「この方法論を是(良し)とするのは、違うんじゃないか?」と思ったのです。

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子どもが自閉症かもしれない!どうしよう!という親御さんへのアドバイスはこちら
孫が自閉症らしい、どうしたら?という祖父母の方へのアドバイスはこちら

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花風社・浅見淳子社長との経緯についてはこちらでまとめています。

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