この辺りを、もう一度説明したいと思います。
先日のある休日に私が見た光景の話をします。
総合スーパーやショッピングモールに行くと、よく小さい子どものためのスペースがありますね。柔らかいサークルで囲われて、中にも柔らかいマットがしいてあり、子どもが中で靴を脱いでブロックやおもちゃで遊ぶ、というスペースです。
小さい頃はよくうちもここで娘を遊ばせていたのですが、さすがに娘の体格も大きくなり、自閉症的な行動で他の子どもに迷惑をかけてしまうので、最近は全然遊ばせていませんでした。
ところが、先日はたまたま子どもがほとんど遊んでいなくて、昼食まで少し時間があったので、久しぶりに少し遊ばせてみたのです。
最初は、何の問題もなく遊んでいました。ところが、徐々に子どもの数が多くなり、ある条件が重なったときに、慌てて娘を抱えてそのスペースを離れなければならなくなりました。
それは、娘が気に入ったおもちゃを、別の子どもも気に入ってしまったときでした。娘がそのおもちゃを持っているときに、別の子どもが「貸して、貸して」としきりに言っても娘はまったく相手にせず(言葉が分からないので当然ですが)、逆にその子どもがおもちゃを持っているのに気づくと、黙って近づいて力ずくで奪い取ってしまいました。そして相手の子どもが泣き出して・・・というところで、慌てて退散したというわけです。
こういった娘の行動は、典型的な自閉症児のコミュニケーション障害の問題行動だといえます。
「人の気持ちがわからない」とか「社会のルールに気づいていない」とか、いろいろな表現でこの行動を説明することができるように思えます。
でも、ここでは少し違う角度で考えてみたいと思います。
つまり、なぜ子どもが増えてくるまでは娘の行動は適応的で、増えた後は非適応的になってしまったのか?という観点です。
子どもとの関わりが必要なく、おもちゃや他のモノとの関わりだけで完結している限りにおいて、娘の行動は適応的で、基本的には正しい行動でした。マットの上に落ちている、あるいはブロックの上に乗っているおもちゃを拾って遊ぶことは、適切な行動です。
ところが、自分の欲しいおもちゃを別の子どもが持っていて、その子どもとの関わりが必要になった瞬間、状況は一変します。娘は相手の子どもの気持ちなどお構いなしにおもちゃを奪ってしまい、その子どもを泣かせてしまいました。
ところが、冷静に考えてみると、「子どもが持っているおもちゃ」と「ブロックの上に置いてあるおもちゃ」は、実は物理的にはほとんど同じ存在です。外的環境の「ある場所」におもちゃがある、という意味では、違いがないのです。
ところが、ブロックの上に置いてあるおもちゃを黙って拾って遊ぶのは適応的な「正しい」行動なのに、子どもが持っているおもちゃを黙って奪って遊ぶのは、非適応的な「間違った」行動だと評価されてしまうのです。
ここでのポイントは、娘の行動パターンそれ自体には基本的に変化がない、ということです。子どもに対して違う行動をとったから不適応なのではなくて、(モノと)同じ行動を取ったことが不適応を生んでいるのです。
「モノ」と「ヒト」とで違う行動をとらなければならないということが理解できず、行動に反映できないのが、自閉症の症状の1つである「コミュニケーションの異常」だということができると思います。
参考図書:

あなたが育てる自閉症のことば 2歳からはじめる自閉症児の言語訓練―子どもの世界マップから生まれる伝え方の工夫
著:藤原 加奈江
診断と治療社
自閉症児がなぜことばが遅れるのか? コミュニケーションの本質とは何か? といった問題について考えることのできる、イラスト豊富で読みやすい本です。
(次回に続きます。)




