2006年10月18日

自閉症の子を持って(ブックレビュー)

自閉症をとりまく「問題」のあまり表に出てこない一端が映し出されているのかもしれません。



自閉症の子を持って
著:武部 隆
新潮新書

第1章 「障害児の親」を自覚した同時多発テロの夜
第2章 心の「鬼」と向き合いながら
第3章 民間施設で訓練を開始
第4章 行き場のない子どもたち
第5章 息子の見ている世界が知りたい
第6章 福祉が当てにならない理由
第7章 得たもの、失ったもの

著者は社会事業問題などを扱う時事通信社の記者で、自分の息子が軽度自閉症と診断されたところから物語は始まります。

私が、この本を評価しているのか、評価していないのか? と聞かれれば、正直いってまったく評価していません。読んで得られるものは残念ながら何もないでしょうし、かえって自閉症について誤解を広げていると感じてしまう部分も多々あります。

逆にいえば、だからこそ、多くの自閉症児の親が(本書の著者のような、俗に「インテリ」と呼ばれるような人を含めて)陥りがちないくつもの問題を、そのまま浮き彫りにしているとも言えます。

著者は、繰り返し繰り返し、現在の自閉症児のための福祉の「重度優先主義」を批判し、自分の「ごく軽度の」自閉症の息子に対する処遇が不十分だと嘆きます。

では、その著者が受けたという「不十分な処遇」がどんなものかを本書からざっと拾ってみると・・・

①7月の二歳半児検診で専門医を紹介され、市の訓練所を紹介される。
②訓練所に申し込むが、個別コースは4月のみ募集なので7か月待たされることに。仕方ないので集団コースにも申し込んで順番待ちすることにした。
③さらに市の保健センターに電話すると、市内の公立の療育施設を紹介してくれた。でも、そういう「障害者」の行く施設には近づけたくなかったので断った。
④発達障害児をみてくれる私立の幼児教室を見つけ、通わせることにした。(それにより発達指数が80まで上がった)
⑤やがて市の訓練所で受け入れてもらえ、訓練が始まった。
⑥幼稚園探しをしている頃、市の保健センターから連絡があり、児童福祉課の職員からコンサルティングを受けたが、入園斡旋はしてくれず、また紹介してくれた集団生活に慣れるための市の訓練施設も順番待ちが必要だったので「収穫なし」だった。
⑦母親の情報網から、入園を認めてくれる幼稚園を見つけ、入園させた。
⑧(開始時期は本文からは不明だが)スイミングスクールにも通わせ始めた。


・・・ええっと、私にはこれのどこが「不十分」「重度優先主義」なのかまったく理解できないんですが・・・。むしろ、こんな風に行政から療育サービスを3つも4つも紹介されるというのは、「重度」の自閉症児にとってもあまりない、恵まれた環境だという印象さえ受けます。

そして、著者のいう「不十分な処遇」の真相というのは、どちらかというと、市が提供しようとする療育が好みに合わなくて、「もっと違うのはないのか」と要求しては「そんなものはありません」と言われる、それを「希望する療育が受けられない」と受け止めているようにしか思えません。
例えば、本書の上記③に該当する部分を引用してみると、
その施設の存在は、市内に住んでいる者なら誰でも知っている。しかし、一般市民から見れば、そこに通う子どもは紛れもない「障害児」だった。
長男は、訓練によっては健常児と同じレベルまで発達する可能性があると言われている。しかし、いくら発達を促すためであっても、療育施設に通い始めれば、長男が社会的に障害者と認定されてしまう気がする。そうした場所には、できるだけ近づけたくなかった。

(初版46ページ)

・・・ごめんなさい、私が市の職員で、相談を受けた親御さんに療育施設を紹介して、こんな態度(口に出さなくても伝わるでしょう)で拒否されたら、やっぱり「じゃあ勝手に探してください」といったニュアンスの言葉を返すと思います。
この「感情」については、著者も「この気持ちが差別なんだということにはまだ気づいていなかった」とフォローしていますが、著者の、「『障害者』の世界からできるだけ逃げて、『普通』の世界にできるだけ踏みとどまりたい」という差別的ニュアンスを含む感情は、結局、最後まで消えることはありません
病院で受けた発達テストで、標準的な子どもを100とした「発達指数」は69と判定された。発達指数は知能指数の乳幼児版のことだ。「指数80以上が正常範囲内」とも言われたが、どうすればあと11上がるのかは、まったく分からなかった。
(初版61ページ)


三歳の春から夏にかけて、長男はスピードこそ遅いものの、着実に発達を続けた。
しかし、言語面、行動面いずれについても、同じ年齢の健常児に比べ一歳から二歳分は遅れている感じがした。ほかの子どもたちも急激に発達する時期なので、長男の発達ペースではむしろ格差は開いていたのだ。

(初版89ページ)


著者と妻は、長男をぜひ普通学級に通わせたいと考えていた。(中略)ただ、決して親の見栄で普通学級への入学を望んだわけではない。
長男には将来、親兄弟の介助を受けずに生活できるようになってほしいと考えている。そのためには、普通学級で学習し、周囲との人間関係を築けるレベルにまで発達してもらわなければならない。

(初版171ページ)

著者が徹頭徹尾要求している「サポート」というのは、「『普通』になれるための訓練」です。
でも結局それについて言えば、私立の幼児教室に通わせることでそれなりに目的は達成できています。(この幼児教室、なぜか具体名がバンバン登場して、著者の息子の成績があがったという話とセットで長々と語られているので、まるでこの本はこの教室の宣伝本のように見えて、ちょっと違和感があります。)

わたしは、福祉サービスも限られた社会の財によって営まれている以上、「公」と「私」のバランスが重要だと思っています。「私」で適切なサポートが受けられるのなら、それはそれで「満たされている」という側面もあると思います。
その一方で、「重度」の子どもは、受け入れてくれる幼児教室もほとんどないでしょうから、どうしても「公」の福祉サービスに頼る部分が大きくなるでしょう。

「すべてを『公』のサービスに頼ろうとする」というのは、著者が「公共事業、地方財政制度、社会保障政策などに詳しい」(本文より)職業記者だということを考えると、ちょっと議論が幼稚すぎるという印象をぬぐえません。

全体として、子どもが自閉症児だったことへのショック、親として何とかしたいという願望と、それがかなえられないことへの愚痴に近い批判、それらが延々と書かれているだけの本、という印象が強いです。
もちろん、こういう話を親しい友人から酒でも飲みながら語られたら、親身になって聞いて、愚痴に対しても「そうだよな、ひどいよな」と返すでしょう。でも、それは親友の酒飲み話だから意味があるのであって、買って読む本である以上、ただの愚痴ではなく、読者が興味を持って読めて、何か意味のあることを提供できなければならないはずです。残念ながら、本書にはそれが欠けています。

また、本として出ることで、社会に対して「これが自閉症児の親の代表的な意識であり主張なんだ」という印象を与えるでしょう。確かに、親としての1つの意識の典型は映し出していると思いますが、全員がこう考えているわけではありません。

この内容、この議論のレベルでは、商業出版として出すべき本ではなかった。それが正直な私の感想です。

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posted by そらパパ at 22:33
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