2006年04月03日

勝手にPECSフェーズ2に進みました。

ちょっとしたことだけど、よく考えるととても大きな成長につながるかもしれないこともある、そんな話です。

我が家では、PECSを応用し、写真カードにマグネットをつけて、「ねだったらもらえるもの」と「ねだっても今はもらえないもの」を区別して、常に冷蔵庫にはりつけてあります。(開始当初の記事はこちら


↑ねだったらもらえるもの。


↑ねだっても、今はもらえないもの。

マジックテープを使ったコミュニケーションブックではなく、冷蔵庫を使っているのは、娘の場合、遊びスペースで絵カードを持っていると意味のない自己刺激的な遊びに入り込んでしまうことが多いためです。

この絵カードコミュニケーションに関連して、先日、ちょっと面白いことがありました。

我々がリビングでテレビを見ていると、いつものように娘がたたたたっと駆け寄ってきました。
また遊んで欲しいのかな、と思って目を向けると、手に「おちゃ」のカードを持っています

私が、「ああ、お茶が欲しいのかな?」と言って、冷蔵庫からお茶を出してコップにくんであげると、娘はよろこんでそれを飲みました。

この一連の動作は、特に気にとめることもなく1分かそこらで終わったのですが、よくよく考えてみると、これはとても大きなステップアップなんじゃないかと思えてきました。

今まで、娘はお茶が欲しいときはクレーンで直接私たちを冷蔵庫に連れて行きました。それは、PECSを導入した後も同様で、冷蔵庫に連れてきたあとで、絵カードを冷蔵庫からはがして私たちに渡していたわけです。

ところが、今回はそうではなくて、絵カードをわざわざ私たちのところに持ってきて、「お茶がほしい」というメッセージを伝えようとしてきたことになります。

コミュニケーションの形態を考えると、この2つの行動は決定的に違います。

クレーンの場合は、手を道具として「直接」使っているだけなのに対して、離れたところにいる私たちにカードを渡す場合は、要求と「欲しいもの」とをカードが媒介しており、一段階上の「間接的な」コミュニケーションが成立していることになるのです。

「結局、親を道具として使っているという意味では同じでは?」という意見も聞こえてきそうですが、それは本質ではありません。
そういう意味では、ことばで「おちゃチョーダイ」というのも、親を道具として動かしているという意味では機能は同じなのです。
重要なことは、要求をかなえるためのコミュニケーションに、「抽象的な中間物」を媒介させるという行動をみせたことにあります。

ここでいう「抽象的な中間物」というのは、もちろん「おちゃ」のカードのことです。
カードにはお茶の写真が印刷してありますが、それはあくまで写真で実物ではなく、本質的にはインクのしみがついた紙でしかないわけです。
そのお茶のカードを、お茶をあらわすものとして(少なくとも行動的に)理解し実際に使ったということがポイントなのです。

ある「実物」と、それを表す「抽象的なもの」を対応させるということは、ことばの本質的な機能の1つである「表象」に相当します。表象スキルは、ことばを獲得するためには絶対に必要なレディネスの1つだといえるでしょう。

ちなみに、これはPECSの「フェーズ2」、絵カードと療育者、それに絵カードが表すもの三者間の距離を離していく段階で必要なスキルです。
我が家ではカードを冷蔵庫に貼り付けてあるので、フェーズ2は不十分だった(代わりに「複数カードを使う」というフェーズ3は既に実施中なのですが)のですが、娘は「勝手に」このフェーズの行動を身に付け始めたことになります。

娘は相変わらず意味のあることばをほとんど話せませんが、目に見えないところで地道に発達をとげていることを期待させるエピソードでした。
posted by そらパパ at 22:04
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