2010年03月29日

自閉症「療育」と精神医療、あるいは療育におけるメタ議論について

先日の件、某社の下ろした「推理イベント」の釣り針に軽く釣られただけのはずが、Twitter上で大きな論議を巻き起こす展開になりました。そんな中で私自身の考えたことを、Twitterのように「流転する」メディアではなく、こちらのブログで整理しておこうと思います。

今回の件でどのようなやりとりがあったかについては、以下のまとめを参照ください。
これは、Twitterのタイムラインを擬似的に再現したもので、対話が分かりやすくなるよう、時系列は入れ替えてあります。また、私が編集したものである、という意味において発言の取捨選択には漏れや恣意性があることを予めお断りしておきます。また、先日の記事もあわせて参照いただければさらに理解が深まると思います。

http://togetter.com/li/10992
大大大博士こと神田橋條治氏とEBM、発達障害

ただし、このまとめは事実上25日(26日深夜)までの議論しか追いかけられていません。
実際には26日以降も主に精神科医の皆さんを中心に熱い議論が闘わされており、そこでの主たる議題は「精神医療とEBM(の適合性、限界、の外側、等)」といったものであったと理解しています。

さて、今回の件について改めて感じたのは、そもそも私の「自閉症への働きかけ」についての立ち位置が、発達障害にかかわっていらっしゃる精神科医の皆さんとは少し(かなり?)違うんだな、ということです。

プロフィール等でも触れているとおり、私の娘は重度精神遅滞を伴った自閉症です。
ですから、私にとっての「自閉症児への働きかけ」とは、一義的には、ことばの習得、食事・排泄・着替えといった生活の自立、社会性についても公共施設(レストランなど)を使える、困ったときに助けを求められるといった、本当に基礎の基礎の生活力に近いところを指しています。
一方で、我が家の精神科医の先生とのかかわりといえば、定期検診を受けつつ、対症療法として薬を処方してもらっているだけ(検診の内容も、ほぼ薬をそのまま続けるか増減するか切り替えるかを決めるためのもの)といったところで、私自身はそれに対して不満をもっていません。

そんなわけで、当ブログは基本的には「狭義の自閉症」、つまりいわゆるアスペルガー症候群ではない、言語面に困難があり、知的な遅れもある「重めの」自閉症への働きかけを主たるトピックとしています。それは、私自身がその領域でしか当事者ではなく、それ以外の領域について語れるほどの知識も経験も持ち合わせていないからです。
もちろん、アスペルガー症候群を含む広義のASDにかかわる方のアクセスも大歓迎ですし、そういった方にとっても有意義な情報となっていることを願っていますが、私の能力の限界として、そういう守備範囲の設定がある、ということです。

そして、いわゆる自閉症の「療育」=治療・教育を考えたとき、当ブログの守備範囲というのは明確に「教育」的側面にあって、そちらの立ち位置から「治療」のほうについても少しだけ語っている、というものであることに気づいたわけです。

ただ、狭義の「教育」の世界はほとんど「オレ流教育法」をナラティブに語るばかりで、「自閉症児になにかを教える」とき、効果のエビデンスが検討できるようなものはあまり見かけません。それがあるのは、ABAやTEACCHやPECSなど、エビデンス主義の洗礼を受けている精神医学、臨床心理学といった「治療」寄りの世界から派生してきたものばかりだったりします。

ですから私も少し混乱していたところがあって、ABAやTEACCHを語ること=療育の「治療」のほうまで含めて語ること、のように考えていたわけですが、よくよく考えてみると、これらは出所は精神医学や臨床心理学であったとしても、実際の使い道としては「教育」(もう少し幅広くいえば「子育て」)として理解した方がずっとすっきりするものです。

一方、今回のTwitterのやり取りを拝見していて、「治療」側の方である精神科医の皆さんの多くは、DQやIQを伸ばすといった「教育」的領域ではなく、成人のASDの方の二次障害を解決する、親御さんの精神疾患や壊れてしまった親子関係に対応する、あるいは問題行動等に薬物治療をする、といった、より「治療」に近い側面から、「ASD・発達障害への治療とEBM」という問題を議論されているように感じました。(というよりも、その部分を無視して語ることはできない、というニュアンスでしょうか)

ここからは想像になりますが、そういう狭義の「治療」という視点からは、ABAやPECSを含むEBM的アプローチは、その方法論上の前提である「多くの人に同じ働きかけをする(そして統計的に有効性を検証する)」点において最初から本質的な限界があり、極めて個別性が強くイレギュラーなケースばかりに対応しなければならない「現場」をそれだけで回すことは難しい、ということになるんじゃないだろうかと感じました。

そうなると、そういう混沌とした「現場」を回すための、最大公約数的に単純化されたEBM的方法論「だけ」ではない、「あらゆる状況に対応するためのメタレベル※の指針」、それは言い換えると心構えとか、それこそ「コツ」になるんだと思いますが、そういったものがどうしても必要になり、実際にそれを具現化していると考えられている人物が「カリスマ」として支持されている、という構図なのかなあと思ったわけです。(完全に想像です。違っていたら教えてください。)
※「メタ」というのは、日本語に訳すと「而上」とか「超」になってしまってさらにわけが分からなくなりますが(笑)、要は「ある対象について議論しているとき、その議論そのものを1つ高次の視点から見る視点」のことを指します。ここでは、個別の治療について議論しているとき、「治療行為とはそもそも何であり、どうやって治療方法を選び、どう実行すべきか」という議論をすると「メタレベルの議論」になります。

だとすれば、もしかすると「EBM的方法論を支持する」ことと「メタレベルとしてのさまざまな呪術的?議論をも受け入れる」ことは両立するのかもしれません。それは通常なら認知的不協和を生じさせるストレスフルな状態ですが、その状態にあって平気でいられるくらいでないと、精神科の現場は務まらないのかもしれません。

さて、再びひるがえって私の立場についてです。
私は、「ちょっと工夫のある子育てとしての療育」をずっと提案し続けています。それは、「子どもの(そして家族の)状態をよくする」という観点からは、もしかすると「治療」的側面もあるかもしれませんが、一義的には療育のなかの「教育」の側面を、家庭のなかでうまく広げていきましょうという提案です。

そして、その「教育」のなかには、クリティカル・シンキング、EBM的リテラシー(科学的思考)といった「親御さんの側が身につけるべき素養」も含まれていると考えています。
自閉症児の親という立場になればすぐに気づくとおり、この世の中には「自閉症が治る」とか「自閉症の原因は××」などと根拠のないアピールをして、自閉症児をもつ家族のお金や時間を狙ってくる人たちがたくさんいます。
「自閉症児の親」としてやったほうがいいのは、単に子どもをトレーニングすることだけじゃなくて、「騙そうとしてくる人に騙されない」ように、自らも知識武装することです。なぜなら、それによってお金や時間を無駄に使うリスクを減らし、子どもを健康上の危険にさらす可能性も下げることができるからです。

ここで、「親御さんにとってのEBM的リテラシー」は、「ベースの議論」としての個々の療育に対して「メタの議論」になっていることに注目してください。
そして、先ほどの考察で、精神科医の皆さんの議論では、EBMが「ベースの議論」で、それに対する「メタ議論」として現場でのコツの話題が出てきていました
つまり、この2つの議論では、「メタレベルの階層」が1つズレていることになります。

以上をふまえると、こう整理できるのではないでしょうか。
まず、「一番下の階層」として、ABAやTEACCH、絵カード療育、感覚統合などの「個別具体的な療育法」があります。ここには、薬物療法その他の医療的働きかけや「キレーション」や「GFCFダイエット」、「ホメオパシー」などの代替療法も含まれ、さらに、とりあえずこの階層のなかでは、これらの療育法は優劣なくフラットに位置づけられます。

次に「メタレベルの階層」として、これらの療育法にどう優先順位をつけ、選択するか(「療育ポートフォリオ」を構成するか)という議論があり、ここで「EBM的アプローチ」とか、クリティカル・シンキングといった話題が登場します。そこでのシンプルな結論としては、「できるだけエビデンスがはっきりしたものを合理的に選ぶと、失敗が少なくなりますよ」といったものになるだろうと思います。

そして、さらに上位の「メタ・メタレベルの階層」として、こういった優先順位についての考えかたを踏まえつつも、さらに「EBM的アプローチだけではカバーできないような一期一会、イレギュラリティ、個別性のかたまりのような『現場』でどう対応していくか」といった「専門家のわざ」の話題が登場してきます。ここは完全に「専門家の領域」であり、素人が手を出しても火傷をするようなものであるように思われます。

言ってみれば、メタ・メタレベルの階層というのは、スポーツでいえば「そこそこのプロ」と「トップアスリート」を分けるものは何か、といった議論であり、最低限「そこそこのプロ」でなければそこで語られていることを「体得する」のは難しいわけです。

今回の議論で、私は上記の「メタレベルの議論」までしかしませんでしたし、できませんでした。
その一方で、精神科医の皆さんの議論の一部は、明らかに「メタ・メタレベルの議論」に踏み込むものになっていたように思います。
だから、そこが噛み合わなかったのでしょうし、逆に、そこに対立があると考えるのは、「擬似問題」だと理解すべきなのでしょう。

そして、私がずっと心配し続けていたのは、せいぜい「メタレベルの議論」までしかする必要がないし、おそらくやろうとしてもできない「一般の親御さん」に、もしかすると「メタ・メタレベルの議論」がいきなり降ってきて、しかもそれを見た「一般の親御さん」が、メタレベルの議論への理解が不十分なまま、メタ・メタレベルの議論を「メタレベルの議論として読み解いてしまう」というリスクについてだったのかもしれない、と気づきました。

現在、多くの「一般向け療育書」に載っているのは、先の整理でいえば「一番下の階層(個別の療育アイデア)」だけです。
ところが、それだけだと「効果が期待できる療育法」と「そうではない療育法」をうまく区別することができません。
だから当ブログでは、それらの優劣を合理的に判断することの重要性を強調しています。つまり、当ブログの話題は、主に「メタレベルの議論」が中心になっているわけです。これを本のカテゴリーで強引に分けるなら、「一番下の階層」は「一般書」であり、当ブログが主に扱っている「メタレベルの議論」は「一般啓蒙書」だと言えるでしょう。

その流れでいえば、「メタ・メタレベルの議論」を語ることは、同様にカテゴリづけするなら「専門書」、ということになります。
一般書と専門書の違いは、「分かりやすければ一般書、難解なら専門書」といったことではなく、「前提知識(より詳細にいえば、前提となる議論の枠組みへの知識)が必要か不要か」というところにあります

最後に、今回話題になった本について少しだけ触れますが、上記のような整理のなかで、今度の本が端的に「専門書」になるのか、「一般書ないし一般啓蒙書」になるのか、「専門書でありつつ、同時に一般書や一般啓蒙書の役割まであわせもつ本」になるのか、そこにとても興味があります。
本書が登場して、実際に手に取る機会があれば、その部分に集中的にフォーカスをあてて、レビューができればと思っています。


※補足:上記は、高度なメタ・メタレベルの議論としてであれば、EBM的方法論と「呪術的?直観・観念的?」方法論をポートフォリオとして共存的に語ることができる(かもしれない)ということを述べているのであって、誰もがその議論に参加できることは意味しません(少なくとも私にはムリ)し、親御さんにとってのクリティカル・シンキング、EBM的リテラシーの重要性はいささかも変わらないということは申し添えておきます。当ブログの方針ももちろん変わりません。

※さらに補足:この議論とちょっと関係あるかもしれない、私の最近のつぶやきをいくつか。
@ohgie 簡単に言ってしまえば、何かが「効きます」と主張した瞬間に、それは再現性と操作性があると言っているのと同じことなので、その主張をEBM的でないものに対して行なえば、必然的にトンデモ色を帯びることは間違いないわけです。
posted at 2010/3/26 22:45:36

ここで仮に、私の中では、「科学的、EBM的」というのを端的に「操作性と再現性がある」という風に意味づけして考えています。
posted at 2010/3/26 22:53:58

@guriko_ いちおう、私のブログのモットーは、「負担にならない家庭療育」です。例えばABAをすすめているのは、それでがんばって訓練しろというよりは、子どもの問題を低コストで解決できて「ラク」になれる可能性が高いからですね。
posted at 2010/3/27 16:02:02

@guriko_ 最低限のリソースで最大の効果をあげ、トンデモ的な療法に引っかかってリソースを費消しないために、親御さんがEBM的思考をもつことをおすすめしています。
posted at 2010/3/27 16:03:14

@fatcatfatrat @toko_105 ちょっと気づいたのは、精神医療の先生方は「こじれた二次障害」のあたりが主戦場のようなので、私が念頭においているような「子育ての延長線の療育」とか「身近なインチキにだまされない」等とは違う議論をされてるのかな、ということです。
posted at 2010/3/28 12:09:00

そういえば、「代替医療のトリック」でも、カイロプラクティックは「腰痛に対して通常医療と同程度の効果がある」が、「それは通常医療も効果が弱く、プラセボと大して変わらないからである」という一節があった。精神医療が代替医療的なものと親和性が高いことのヒントはこのあたりにもあるかも。
posted at 2010/3/28 23:18:00

posted by そらパパ at 20:51
"自閉症「療育」と精神医療、あるいは療育におけるメタ議論について"へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
子どもが自閉症かもしれない!どうしよう!という親御さんへのアドバイスはこちら
孫が自閉症らしい、どうしたら?という祖父母の方へのアドバイスはこちら

fortop.gif当ブログの全体像を知るには、こちらをご覧ください。
←時間の構造化に役立つ電子タイマー製作キットです。
PECS等に使える絵カード用テンプレートを公開しています。
自閉症関連のブックレビューも多数掲載しています。

花風社・浅見淳子社長との経緯についてはこちらでまとめています。

×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。