2009年07月13日

「七田式超右脳教育法で自閉症の子が良くなる!」をあえて読み解く(6)


七田式超右脳教育法で自閉症の子が良くなる!
七田 眞
KKロングセラーズ

シリーズ記事の最終回です。
いよいよ最後の仕上げとして、七田式の本が語る「ストーリー」が、自閉症児の親御さんにとって「有益」なものになりうる可能性があるのかどうかについて考えていこうと思います(残っている分を1回分にしたら超長文になってしまいました)。

言うまでもありませんが、ここで語られているストーリーは、「脳」という一見科学的に見えるキーワードで体裁を整えてはいるものの、その実は「念じれば通ず」という念力療育(非物理的な精神世界のなかでの働きかけ)であり、その一方、物理的な働きかけについては、子どものペースを無視して、養育者の側が一方的にペースを握り、「量とスピード」にこだわっていくという構造になっていると考えられます。

まず、常識的に考えて、念力で療育できる、それによって効果が実際にあがる、というのはちょっと「信じるに足るものではない」と言わざるを得ないでしょう。
物理的存在でない「念・精神」と物理的存在である「脳・肉体」とがどうやって相互作用するのかという矛盾を解決するのは至難の業です(ちなみに本書でもたびたび登場する「波動」は、本来の意味では、あくまでも「物理的存在」です)。

もちろん、「この世のことは科学で全部説明できる(説明されないものはすべてウソだ)」といった主張をしたいわけではありません。ただ、療育のために与えられた時間やお金は、有限です。その有限なリソースとしての時間やお金を、「これまで一度も証明されたことのないもの(=念力)」に投入してしまう、というのは、さすがにあまりにも割の合わないギャンブルだと思います。

そしてこの「念力療育」は、「療育らしいことを何もしない」場合と比較してさえ、上記のような意味において「リソースの無駄遣い」であるということから、「何もしないよりもさらに悪い」結果となる可能性が高いと考えられます。

そして一方、「右脳」教育のほうは、一応、運動や認知スキルに関連しそうな働きかけによって構成されているとはいえ、内容が、「過酷な運動」と「言語」に偏っているのが気になります。「非言語脳」と自ら主張しているはずの「右脳」への教育が、なぜか実態としては言葉に関連するものばかりというのは不思議です。
脳障害児を普通児に変えるには、何よりも言葉を育てることを考えなくてはなりません。
(179ページ)

一般的な定説としては、自閉症の子どもに対して、理解できないようなことばかけを無闇に増やすことは、効果がないか、混乱を招いてかえって逆効果になるリスクがある、と言われていますから、そういった療育を「集中的に」行なうことは、リスクが高く効果の期待しにくい行為であるといわざるをえないでしょう。
(なお、あえて付記するまでもないですが、本書が言っているような単純化された「右脳・左脳」仮説というのは、実態としては脳科学に根拠があるとはいえず、疑似科学のカテゴリとして扱われるべきものです。)

そして、過酷な運動のほうについては、どんなに暴れても「愛情を注いで」拘束しつづけるという抱っこ法とあわせて、どうしても虐待的な匂いを感じてしまいます。
1日合計30分も「逆さ吊り」するとか、1日に何千回も「その場跳び」をやらせるとか、本人が嫌がっても毎日数キロの散歩をさせるとかいうのは、少なくとも統制された実験によって効果が実証されるのでない限り(その実験自体にさえ倫理的な問題がありそうですが)、子どもに対する「適切な働きかけ」だとは私には思われません
以前、抱っこ法の議論でも書いたのですが、こういう虐待的ニュアンスを含む療育というのは、「辛いことがあっても反抗してもムダだ」という経験を子どもに繰り返させることによって「学習性無力感」を獲得させておとなしくさせる(その副作用として、環境に対する全般的な反応すべてが抑制されてしまう)働きかけとして機能している可能性があります。

また、これは実際に七田を利用された方からのコメントとしてもいただきましたが、こういったハードな働きかけを続けていくことについて、親は「どうしてもやりとげなければいけない」という強迫観念を持たせられてしまうこと、そしてうまくいかなかった日や実施できなかった日には強い自責の念にかられてしまうことも指摘できます。
親に心身ともに負担がかかる割に「効果があると実証されている働きかけが何一つない」ことを考えると、これも「こんなことをやるくらいなら何もしないほうがマシ」という類の「ストーリー」だと言わざるを得ないでしょう。

さらに、ミルクや水道水といった身近に口にするものをひととおり否定したうえで、自らが販売している食品をすすめるといった代替療法的な方向に誘導していく動きにも、本当に子どもにとって意味のある方向というよりは、自分たちのお金儲けの方向にむけた働きかけなんじゃないかという印象を拭い去ることができません。
ガンは現代医学では治りません。でも食事を自然食にすると治るのです。(中略)エイズもまた玄米、菜食で治っています。
(193~194ページ)

このように、具体的な療育方法をみる限り、七田式の語る「自閉症療育のストーリー」は、親にとってメリットがあるどころか、むしろデメリットばかりが目に付き、「これだったら何もしないほうがマシ」というものであると判断せざるを得ないものです。

そして、「ストーリー」のもう一方の核である、障害観や療育観にも、やはり問題があります。

第一に、上記の179ページの引用「脳障害児を普通児に変える」などにも見られるとおり、障害を悪ないしあるべき姿からの逸脱ととらえ、排除する、矯正する、普通に戻すといった、「障害否定志向・普通絶対志向」が強すぎます。そして親にもこのような「今ある障害を治して普通児にしなければならない」という思想を強く求める構造になっています。
これは当然の結果として、「子どもの障害の受容」「ありのままの子どもの肯定」という、本来療育をすすめていくために私が必要だと感じているステップを否定することにつながります。本書を客観的に読める親御さんなら、本書の主張の背後に「障害児なんていらない、みんな普通になるべきだ、障害児である限りいまある姿は受容しない」といった、強い障害排除思想、もっと率直にいえば、障害・障害者を見下し、差別する思想を容易に見出すことでしょう。
私の考えとしては、このような思想をもつことは、障害をもった子ども、そしてその家族の人生を豊かにするという観点からは有害無益です。

第二に、障害の原因を母親に求め、母親に自己否定させるところから出発する内容になっていることを問題視すべきでしょう。
これは当然に、母親の自責の念と、無力感につながっていくでしょう。それは、療育にかかわる母親の人生を豊かなものにするという観点から明らかに有害ですし、それは結果として、子どもや家族の幸福を最大化するという観点からも問題があると言わざるを得ません。
まあ、そうやって母親の無力感を高めることで、「七田式」という外部の「権威」への依存心を強めるところまで狙っているとしたら、ある意味大したものだと思いますが・・・。

そして第三に、最終的に自閉症の原因と療育の両方を、目に見えない精神世界のほうに持っていってしまう点を指摘したいと思います。
これによって、効果の検証がまったくできない(結果が出ないのは「心に迷いがあるからだ」とされ、「心から信じれば結果が出ます」と言われてしまえば、結果がどうあっても説明できてしまう)ことは、「自閉症療育のためのストーリー」としては致命的な欠陥だといえます。

自閉症は非常に個別性が強く、試行錯誤のなかからしか最適な働きかけは見つからないと私は考えていますので、療育的働きかけについて「検証可能性」が高いか低いかというのは、その療育の枠組みが有効かどうかの生命線だと思っています。
つまり、何か働きかけてみて、それが有効だったらその方向性で続けていけばいいし、あまり有効でないと分かったら、どこに問題があるかを考えてそれを修正してまた働きかけてみる(そしてまた効果を検証する)、それの繰り返しがあって初めて、我が子にとって最適な療育のカタチが見えてくるはずなのです。
ですから逆に言えば、うまくいってもいかなくても理屈がついて正当化されてしまう(その結果として、いまやっているやり方自体が否定されない)療育法というのは、ものすごくうさんくさいと言わざるを得ないし、そもそも有効だとは考えにくいのです。
それを、検証不可能な精神世界にほうにもっていってしまって、「いや、それでもこのやり方は正しいんだ、結果が出ないのは精神の問題だ(見えないけどね)。あなたは信じているつもりだろうが、『ほんとうは』まだ疑いの気持ちがある(と第三者が解釈する)から、うまくいかないんだ」と主張するとするならば、それは実は、子どもへの療育的効果を犠牲にして、療育主体が自らの療育法の「正しさ」を守るという独善を働いているに過ぎないのではないでしょうか。


・・・以上、本書の語る自閉症の「ストーリー」について、とりあえず頭ごなしには否定せず、できる限りいったん受け入れながら読んでみたつもりですが(それでもあちこちに皮肉が出てしまうのは避けられませんでしたが)、それでもやはり、この本は「全然ダメ」です。断言します。科学的にもデタラメだといわざるを得ませんし、それを横において「療育のフレームワーク」として読み解いても、家族を誤った方向に導くことにしかつながらず、百害あって一利なしだといわざるを得ません。
この本に従っていたら、自閉症の子どもと家族が幸せになれる可能性は限りなく低くなるでしょう。率直にいって「七田式で療育するくらいなら、何もしないほうがはるかにマシ」です。

本書は、いろいろな意味で反面教師的に読むことはできるので、よく「分かっている」親御さんが興味本位で読むことはいいと思いますが、この本に自閉症の「救い」や「答え」を求めることは、やはりまったくおすすめできません。

最後に蛇足:
ものすごく引っ張って、結局「予想どおり」の結論になってしまい申し訳ないです。
でも、こんな記事を書こうと思ったのは、本書を読んて、「世界観」が意外にしっかりしている部分があるな、という印象をもったからなのです。もちろんそれはハチャメチャと言えばハチャメチャなのですが、それでも確かに、平凡な療育書よりも惹きつけられる「勢い」がある文章だということは感じたんですね。
それはつまり、本書の内容や著者である七田氏の話に「惹きつけられる」「信じたくなる」人はきっとたくさんいるだろうということでもあります。
だから、それを単純に無視する前に、一度ちゃんと「読み解いて」みたい、と思ったわけです。ですから、結論が同じでも、この記事を書きたいと思ったわけですね。
長いシリーズ記事に最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。
posted by そらパパ at 21:44
"「七田式超右脳教育法で自閉症の子が良くなる!」をあえて読み解く(6)"へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
子どもが自閉症かもしれない!どうしよう!という親御さんへのアドバイスはこちら
孫が自閉症らしい、どうしたら?という祖父母の方へのアドバイスはこちら

fortop.gif当ブログの全体像を知るには、こちらをご覧ください。
←時間の構造化に役立つ電子タイマー製作キットです。
PECS等に使える絵カード用テンプレートを公開しています。
自閉症関連のブックレビューも多数掲載しています。

花風社・浅見淳子社長との経緯についてはこちらでまとめています。

×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。