2008年11月03日

家庭で無理なく楽しくできる生活・学習課題46(ブックレビュー)

レビューが遅くなりました。とてもいい本です!



家庭で無理なく楽しくできる生活・学習課題46―自閉症の子どものためのABA(応用行動分析)基本プログラム
編:井上 雅彦
学研ヒューマンケアブックス

はじめに
第1章 ABA「はじめの1歩」
 ABAって何ですか?
  応用行動分析(ABA)とは
 ABAをじょうずに進めるために
  1.ABAの原理を理解する
  2.子どもをうまくほめること
  3.効果的な指導にするために
 課題中の逸脱や問題行動への対処
  1.課題にのれないときは
  2.日常生活でのかんしゃくや問題行動への対応
第2章 家庭でできるABAプログラム
 対人的なかかわり行動の基礎
  身体遊び
  物の受け渡し
 生活スキル
  トイレ
  着替え
  手洗い
  洗面
  歯みがき
  入浴
  食事
  箸
  整理整とん・掃除
  調理
  買い物
  お手伝い
  金銭管理
  小遣い帳の管理
 コミュニケーションスキル
  模倣
  具体物の選択要求
  写真・絵カードでの要求
  家族や友だちの名前を言う
  御用学習場面を使った要求・報告
  はい・いいえの応答
  質問に対する応答
  書き置きメモ
  気持ちの理解と表出
 ゲームで学ぶ社会性
  ゲームで学ぶルール理解
  じゃんけんと勝敗理解
  すごろく
  学校ごっこ
 運動スキル
  ジャンプ、バランス・ボード
  サーキット学習
  キャッチボール
  なわとび
  はさみ
 認知/学習スキル
  分類
  カテゴリー分類
  マッチング
  相対概念
  なぐり書き
  なぞり書き
  写し書き
  アナグラム(単語の構成)
  単語とひらがなの読み
  数唱・カウンティング
  数の抽出、数え方、序数
  お金のカウンティング
あとがきに代えて
参考文献

この本、発売されてすぐにAmazonに注文したのですが、なぜか2週間くらい届かず、ようやくレビューできるようになりました。(恐らく、注文が最初の在庫分に間に合わなかったからでしょう。先ほど見たところ、普通に「在庫あり」になっていましたから、今は問題なく買えると思われます)

井上先生といえば、以前レビューした「自閉症支援-はじめて担任する先生と親のための特別支援教育」の著者であり、また少し古い本でいえば「自閉症へのABA入門―親と教師のためのガイド」の監訳をされた、家庭や学校に根付いたABAを推進されている方ですが、今回の本は、まさにそんな井上先生の考える「家庭のABA療育」がうまくまとまった、これまでにない「療育のマニュアル」になっていると思います。

本のタイトルにもなっている、第2章の全46種類の療育プログラムを、目次として全部書き出してみました。それが、この本の内容をもっともうまく表していると思ったからです。やはりこの本の「価値」は、第2章の「自宅でできるABAプログラム」にある、と言えるでしょう。

全体でも200ページに満たないコンパクトな本ですので、46の課題それぞれはほとんどが見開き2ページ、多くても4ページという短い文章でまとめてあります。でも、目に見える行動に着目し、行動で記述するABAですので、その2ページ、4ページのなかで、ちゃんと具体的な取り組み方法にまで踏み込んでいて、親御さんが読んですぐにチャレンジできる内容になっています。また、絵カードなどの視覚支援やTEACCH的な環境整備なども積極的に活用され、狭い意味でのABAに留まらない柔軟な療育プログラムになっているのも、合理的かつ実用的です。

ABAプログラムの一例

もちろん、自閉症児の特性や課題はみんな違いますから、ここに書かれていることがそのまますべて何の修正もなく自分の子どもに実施できるわけではありません。それは、井上先生自身が第1章で明確に述べていることでもあります。でも、本書の第1章でABAの基礎について学び、それをふまえて、第2章にあるさまざまな療育プログラムを子どもにあわせて「カスタマイズ」することで、お子さんのための特別な療育プログラムを組み立てることができるはずです。
そういう意味でも、本書は第1章も含めた全体として、「井上先生のABA自閉症療育プログラム」の全体像が見える、優れたマニュアルになっていると思います。

考えてみると、これはちょっとすごいことですね。
これまで、こういった自閉症療育プログラムの「全体像」、つまり、単なる「課題事典」を超えて、生活自立課題や粗大運動(身体遊び)のレベルから、認知課題や模倣、さらには社会性やお金の概念の理解まで幅広く網羅したプログラムが、「こうやって課題を設定して、こうやって指導すればいいんですよ」という個別具体的な取り組み方法のレベルまで紹介されている本って、少なくとも日本で一般に市販されている本としては、これまでほとんどなかったのではないかと思います。

私は前の本のレビューでも書いたのですが、こういう本、情報をあっさりと出してしまえる井上先生は、本当に「太っ腹」だと思います。
こういった専門家による療育プログラムというのは、少なくとも古い価値観でいえば「隠しているほうがお金になる」ものです。
隠していて、「私のところに相談にくればあなたにだけ教えてあげますよ」ということにして、高いお金を払って来てくれた人にだけその技術を提供するようにすれば、仮にテクニックとしてはずっと同じものを使っていたとしても、それだけで何十年も「食べていける」のかもしれないわけです。

ただ、時代は変わってきています。
インターネットが起こした最大の革命というのは、それまで限られた人間の特権であった「情報を発信する」という行為が誰にでもできるようになったことによって、情報がどんどんオープンになっていったことにあると思います。
それは「自閉症の療育」という世界においても同じでしょう。
あらゆる情報がオープンになっていく時代にあっては、すべての情報を隠してしまう(そうすると注目されなくなってしまうのです)のではなく、一般の人にとって有益な情報については幅広くオープンに提供することで、逆に「さらに上」を志向するような優秀な人材や情報、資金を集める原動力にする、というのも「アリ」だと思います。

いずれにせよ、ABA療育の最前線にいる専門家がまとめた、体系的な自閉症の家庭療育マニュアルが、たったの1890円で本屋さんでいつでも買える(しかも一般向けに易しく書いてある)というのは、画期的というほかありません

もう一つ、この本がいいなあ、と思うのは、「ABAでありながら、肩に力が入りすぎていないこと」です。
ABAの自閉症療育本って、不思議なくらい、どれも肩にものすごい力が入っていて、一言でいえば「必死」です。言ってみれば、親子のすべてのエネルギーをABAに投じて、すべてを可能な限りコントロールしなければならない、そういう強迫観念に縛られているように感じる本がとても多いです。そういう価値観を頭から否定するわけではないのですが、逆にそういう価値観からは「それ以外の価値観」が否定されてしまう傾向が強いですよね。
私は、家庭の療育というのは、子どもが自ら発達していくのを(過剰なコントロールはせずに)うまく支援して伸ばしていくことだと思っているので、この本で井上先生が示しているような「ジョギングのようなABA」という考え方にはとても共感できます。

・・・本書では主として、保護者が子どもを前にして指導する際に手がかりとなるような課題例を集めました。実行しやすい形で掲載することで、トレーニングや指導としての「やらなければ」というイメージを払拭し、家庭で無理なく親子で学習できるようにという願いで執筆したものです。
(中略)家庭療育は毎日のジョギングのようなものです。ジョギングでタイムを競う人はいないはずです。前向きのかかわりの中で、できるかできないかだけではなく、子どもを知ることやその過程をマイペースで楽しむことができるよう願っています。

(初版3ページ「はじめに」より)

ABAを原理とする療育ならではの明快さで、コンパクトな中にしっかりと具体的・体系的な療育プログラムが盛り込まれていながら、その「まなざし」はあくまでも優しく、「家庭療育はジョギングのように取り組んでいきましょう」と言ってくれる本書は、完成度も高く、「家庭での療育」にとってまたとない道しるべになってくれるでしょう。
新たな「長く読まれる定番書」が生まれた実感があります。
おすすめです。本書は殿堂入りさせたいと思います。

※追記です。
本書がカバーしている領域は、高機能なお子さんにはやや易しく、逆に重度のお子さんには難しすぎるように思われるかもしれません。
でも、本書で設定されている課題の範囲というのは、「自立した生活を送るための必要最小限のスキル」なんじゃないだろうか、と私は感じます。
ですから、高機能なお子さんについては、本書の内容をひととおり漏れなくクリアすることで「生活力の基礎コース」をまずは完了させる(そのうえでさらに高度なスキルの習得を目指す)という使い方ができるでしょうし、逆に(我が家もそうですが)重度のお子さんについては、将来の生活自立のために、成人になるまでに本書が設定している「やや高度な」スキルを少しでも多く身に付けさせていく、という使い方ができるんじゃないかな、と思います。
posted by そらパパ at 22:28
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