我が家も、パニックに関しては、娘が生まれたまさにその日から悩まされてきました。娘が生まれた翌日に妻を見舞いに行くと、眠そうな目をこすりながら、「一晩中泣いて全然寝てくれなかった。周りの子はみんなおとなしく寝ていたのに」と言っていたのを思い出します。
その後も、寝つきが悪く泣いてばかりで、泣き出すと背中をそらして頭を後ろに打ち付けるので、椅子の背もたれにはいつもタオルが重ねてあり、背もたれのない椅子に座らせることはまったく不可能でした。当時は「こんなものかな」と思っていましたが、赤ちゃん用のいすや抱っこひもなど、本来であれば使えるはずのグッズでまったく使えないものがいろいろあったので、そういう意味ではやっぱり障害の芽はすでにあったんだろうな、と思います。(と、この記事をドラフトしてしばらく寝かしておいたら、妻も同じようなことをブログに書きました。)
それから1年半、娘のパニックの原因が自閉症にあると知り、「ベストな対処法」を一生懸命捜し求めました。で、たどり着いたのが、ロヴァース色に染まっていない、ピュアな行動療法(応用行動分析)です。
今でも娘のパニックはありますが、家族が皆どう対処するか確信を持って対応できるようになったので、何より、パニックが起こったときの家の中の雰囲気が良くなりました。また、パニックが起こるケースも、娘の要求を我々が拒んだとき(もっとおやつが食べたい、もっと遊んでいたいなど)にほぼ絞られてきました。
これは、娘にとっては、いきなりパニックを起こさないで別の方法で要求を表現する(まだクレーンと手差しくらいしかやりませんが)ことができるようになってきたことを意味しますし、我々からみると、なぜパニックが起こっているかが大体わかる(だから「相手をしちゃいけない」ということも冷静に判断できる)ということを意味します。この変化は大きいと思います。また、パニックを起こしていない普段の娘に対する対応が、実はパニック対策としてとても大切なんだ、ということを理解し、努力するようにもなりました。
さて、ここで以前書いたチャートを一部修正して再掲します。行動療法で、パニックを減らすために行なうことは、次の5つです。
1) パニックに「ごほうび」を与えない。(好子を提示しないことによる消去)
2) パニックで「いやなこと」をやめない。(嫌子を除去しないことによる消去)
3) パニックに「罰」を与える。(嫌子提示による弱化)
4) パニックがあったら「ごほうび」をやめる。(好子除去による弱化)
5) パニックに代わる望ましい行動に「ごほうび」を与える。(代替行動の強化)
まず、「パニックは強化されている」ということを理解してください。パニックには、好子の提示であれ嫌子の除去であれ、何らかの「ごほうび」が与えられ、それによってパニックという行動が維持されているのです。「うちの子はただわけも分からず暴れているんだ」、もしくは「うちはパニックをやめさせたいと思っているから、ごほうびなんて与えるはずがない」といった風に考えずに、何か意図しないごほうびを与えてしまっているんだ、それは一体なんだろう、そう考えるところから始めると何かヒントが出てくると思います。
一般的には、パニックを強化・維持している「ごほうび」としては、次のようなものが考えられます。
a. パニックを起こすと欲しいものが手に入る。
b. パニックを起こすと構ってもらえる。
c. パニックを起こすと注目される。
d. パニックを起こすとやりたくないことを回避できる。
e. パニックを起こすといやな場所から逃げられる。
ここで、以前説明した「ABC分析」が役立ちます。簡単に言えばパニックのビフォーアフターを考えるわけです。子どもがパニックをしてどう状況が変わりましたか? それによって子どもが得られるメリットは?
ぜひ避けたい状態が、子どもがパニックを起こすと、周りの家族が総出で子どもが欲しがりそうなものを次々と提示して、何とかパニックを鎮めようとするパターンが定着している場合です。これだと、子どもは何を欲しいときでもとにかくパニックすれば良くなってしまう、つまりパニックが打ち出の小づちになってしまいます。これではパニックが消えないばかりか、パニック以外の要求表現が伸びるのを妨害することにさえなります。
さて、ここでちょっと寄り道。
上記のように、パニックが起こると慌てて対応してしまう家族は、そもそも、なぜそういう対応をするのでしょうか?
行動療法を考えるときのポイントは、自分自身(親・療育する側)も、行動分析学の枠組みの中にいる、ということを忘れないことです。パニックに慌てて対応する家族は、その行動が何かによって強化されているから、そうしているのです。
この場合の「ごほうび」はいうまでもなく、「パニックが収まって平和になる」ということでしょう。要求に応えるとパニックが収まるから、いつも要求に応えてしまうのです。(これが、「嫌子の除去による強化」になります。)
だから、「子どもの要求に応えるとパニックにごほうびをあげて強化してしまうことになる」という事実を理解することが大切です。そうすれば、次のパニックのときに、つい要求に応えてしまったとしても、自分自身に対して、「平和になってよかった」という安心(強化)と同時に、「パニックを強化してしまった」という後悔の思い(罰)が与えられることになります。行動療法の理解を深めることで、安心の気持ちが小さくなり、後悔の方が大きくなっていくことにより、行動が弱められていくはずです。やがて、「パニックに応えてしまう」という行動は自然となくなっていくでしょう。
このように、親・家族(自分)の側の行動も適切にコントロールしなければならない部分があることも、パニックへの対処を学ぶ際に、個別のテクニックではなく行動療法そのものの理解が必要だ、と私が考えている理由です。
(次回に続きます。)
行動療法で検索したら、あなたのH・Pに行き着きました。とてもわかりやすく、私の疑問点を解決してくださる内容です。ありがとうございます。
私が今まで抱いていた行動療法に対しての疑問点とは、「パニックやかんしゃくを起こした時は、報酬を与えず無視を貫き通す」(主治医にそう教えられました)
しかし、
1.かんしゃくでしか要求を伝えられないのに、無視を貫き通せば、要求は叶わず子供はストレスなのではないか?
2.過去のつらい恐怖体験によるフラッシュバック(息子の場合、鼻血・病院での検査体験・保育所での無理解による恐怖体験)をした時に起こるパニックにも無視を貫き通すのはあまりに酷だ、一番の味方になり、共感してやりたい。
といった疑問です。
あなたのH・Pを見て、
・できそうな課題(我慢)に対してだけ無視を貫き、できなさそうな課題(我慢)にたいしては、課題そのものを見直す。
・かんしゃくやパニックの代わりになる要求表出を教えてあげる。
ということを学びました。
(主治医にはこの件は教えてもらってないです)
しかし、わたしの中で、まだわからない点があります。
2のどうしても乗り越えにくい過去の恐怖体験によるフラッシュバックによって引き起こされるパニックには、どうすれば良いですか?
この場合も「無視を貫き通す」→「パニックは減る」→「フラッシュバックも減る」になるのでしょうか?
知人の保護者に「フラッシュバック」したらイコール「パニック」になるとは限らない。
と言われました。
「フラッシュバック」→「パニック」にならない方法を模索しているのですが、やはり「無視を貫き通す」のが良いのでしょうか?
「フラッシュバック」自体を起こさせないような、環境整備も必要なのですが、大病をすれば、病院にも行かなくてはならないし、今春から通園施設にも通います。
鼻血はよく出るのでそのたびにパニックを起こし、本当にかわいそうに思っています。
この件の助言をぜひ、よろしくお願い申しあげます。
コメントありがとうございます。
パニックは、起こったら無視して消去するというよりは、それが起こらずに生活できるように介入していくことを考えたほうがいいようです。
代替行動を教えるのはその最たるものですね。
フラッシュバックによるパニックは、恐らく無視しても直りません。
これは、そのパニックが一種の「回避行動」として学習されていて、無視していても「パニックを起こしたら嫌なことが起こらない」という学習は強化されている可能性があるからです。
これを何とかするとすれば、私ならこんな風にチャレンジします。(素人の意見ですので参考程度にお読みください)
まず、その当該行動が、本当に無害なものになっていることが必要です。
病院でパニックするケースで、本当に病院で嫌な経験をする可能性が今でもあるのなら、パニックは子どもにとってはその嫌な経験を回避できる「適応行動」になっています。こんな状態ではパニックは消せません。ですからまず、パニックの対象となる事象を真に安全なものにすることが必要です。
次に、そのパニックの対象となっている(実際には無害な)事象に、パニックを起こさない範囲で少しずつ「さらして」いきます。
例えば病院なら、病院の写真を見せます。次に、病院を遠くから眺めます。そして少しずつ近づいていきます。そうやって、「病院」という事象にさらしながら、「病院にさらされても何も起こらない」という経験をじょじょにさせていきます。
これは、古くは「系統的脱感作法」と呼ばれたものが変化した、「暴露法」と呼ばれる手法です。
鼻血については、暴露法には限界があるでしょうから、少し違う対応が必要かもしれません。
例えば、まず子どもにとって安心できる場所を作ります。例えば寝室とかカーテンの裏とかクローゼットの中といった、囲まれていて刺激の少ない場所が適当でしょう。
そういった「場所」を作ることができたら、次に鼻血を出したときには、その部屋に静かに連れて行って、子どもが落ち着くのを待ちます。
落ち着いたら、落ち着けたことをほめて部屋から出します。これを繰り替えることで鼻血に対するパニックがおさえられるかもしれません。
早速のお返事ありがとうございました。
やはり、行動療法だけではうちの場合、限界があるようですね。
うちの子供の紹介をしますね。
4歳男児。自閉症(知的障害あり)診断されるまでに、数多くの無理解無配慮を受け、(家庭内でも)二次障害(強度行動障害)があります。(フラッシュバック・パニック・かんしゃく・多動・不安・恐怖)
自閉症専門医に、抗不安剤を処方されて、8か月間、服用しています。
あなたの助言を見て、不安になったのですが、この恐怖症は、不安神経症などの二次障害ではないのでしょうか?暴露法のH・Pを検索し、そのように思いました。
そうだとしたら、もっと、精神疾患を専門にした医師に相談したほうがいいものか悩んでいます。
今春から養護施設に通うので、通えるか、建物に入ることができるか、さらに恐怖体験を増やす結果にならないか?心配です。
暴露法、参考にしてみますね。
今回紹介した「暴露法」は行動療法の一種です。
なぜフラッシュバックのパニックが、無視しただけでは消えないのか、そしてなぜ暴露法は効果があると考えられるのか、もう一度ご説明させてください。
フラッシュバックというのは、あるときにA(例えば病院に行く)という先行刺激に続いてBという嫌悪刺激(例えば辛い仕打ちを受ける)が続いた場合に、Aに対する恐怖反応(ここではパニック)が学習された状態だといえます。
この場合、パニックはBを避けるための行動といえます。
そして、後日またAという刺激を受けたとき(病院に行ったとき)、それに続くと学習されてしまっているBが来ないように(回避するために)パニックを起こすようになると考えられるのです。
だとすると、Aに対してパニックする、というのは、「Bを回避する」ことで強化されることになりますから、ただそのパニックを無視するだけでは、パニックをすればするほど、むしろそのパニックは強化されてしまうことになるのです。
では、どうすればいいのかといえば、これも学習理論で言われていることですが、「回避行動として学習されている行動を『取らなくても』その嫌悪刺激を回避できる」という経験を繰り返せば、回避行動を消去できると言われています。
つまり、今回の例でいえば、「病院にいったとき、パニックを『起こさなくても』嫌なことは起こらない」という経験をさせることができれば、フラッシュバックによるパニックは消去できることになります。
でも、現時点では、病院にいったらパニックしてしまうわけですから、パニックを「起こさなくても」という状態に持っていくことが難しいですね。
ですから、最初は病院に関連した弱い刺激(写真を見せるとか、「びょういん」という文字を見せるとか)から始めて、徐々に本来の「病院に行く」という刺激にまで強めていくアプローチが必要になるわけです。
これが「暴露法」に相当すると私は考えています。
暴露法をご紹介したからといって、特にこれが精神疾患だとかそういう趣旨はまったくありません。単純に、行動理論にもとづいて、有効と思われる対処法をご紹介しただけですので、ご理解いただければ幸いです。
お返事おそくなってごめんなさい。
そして、再びアドバイスをありがとうございます。
この暴露法、来週からの養護施設に通う準備に使ってみようと思います。(ゆっくり教室に入ったら良いと理解してくださっています)
まずは施設の園庭の写真から始めて、建物の写真を見せて、といった順序でパニックを起こさずとも嫌なことは起きないんだという経験をさせていこうと思います。
うまくいくといいんですけど・・・。
もし途中まで大丈夫で、だんだん刺激を強くしていったひとつが失敗し、パニックをおこしてしまったらどうしましょう?
慎重に取り組まねばなりませんね。
専門家にも介入してもらいながら取り組んだほうがいいのかな。
一般論はともかくとして、具体的個別的な事項については、このブログでお答えできる範囲を超えていると思います。
行動療法に詳しい専門家にサポートいただけるのであれば、もちろんそのほうがいいと思います。
まさに今家の子が
パニックを起こすと欲しいものが手に入る。
パニックを起こすと注目される。
パニックを起こすとやりたくないことを回避できる。
状態です。
まだ、そらパパ様のパニック対策全部読みきれてないので、理解を深め実践していきたいと思います。
またパニックについてお勧めの記事があれば、教えて頂きたいです。
コメントありがとうございます。
パニックへの対処というのは、我が家もまったくそうですけど、とても大変で、精神的にも辛いものですよね。
でも、そんななかでこそ、冷静に頭を働かせて、少しずつでもいい方向に子どもに働きかけていく蓄積が大切になってくると感じています。
パニックへの対応の基本は、ブログでも何度か書いていますが「代替行動への切り替え」です。
これは、パニックと機能的に等価で、より社会適合的な行動を強化していくことで、パニックを消去できる状況を作るという働きかけです。
ちなみに、このシリーズ記事の(2)(3)は、左サイドバーのシリーズ記事一覧のなかの「パニック対策」から読むことができます。
こちらにこられていらっしゃる方々とても勉強されているんだな・・と感じました。
私もパニックになったときの対応はいまだにいつもそれで良かったのか・・・と考え悩んでしまいます。
下に3つ最近起きたことと、私がしたことを書くので、感想をお願いしたいです。
(長男小学2年)今日は水泳で隣のこの手がおもいきり腕にあたり、とても痛かったらしく水泳できなくなってしまいました。(コーチから連絡来て迎えに行き、「いたかったんだね。よく言えたね。」と息子に静かにいい、落ち着いてから、「今度痛いことがあったら、痛いのおさまったらまた水泳します。って言ってみるといいよ。」と伝えてみました。
(長男)ハロウィンのパーティーでは、トランポリンの回数をお友達が多く飛んだことに腹をたて、トランポリンを持ち上げ、お友達を落とそうとし、そのあとかんしゃくを起こしてしまいました。ひっくり返って激しく暴れたので、静かなところに抱いて連れて行き、5分ほど一人にしてから話を聞いて、お友達が一つ小さくて、楽しすぎて回数を守れなかったことと、トランポリンを倒したらお友達が怪我をして、自分が悪者になってしまうこと。そして、少しガマンして怒る前に他の誰かに言ってみよう。と伝えたと思います・・・
(長男)ハロウィンパーティーで精神力を使いすぎたのか、翌日あさとても疲れていると訴えてきて、本当に辛そうでした。とても疲れていることを伝えられたことを少しほめて「1時間寝てから学校に遅れていく?と提案してみる」と、「そうしたい。」というので、学校に連絡して、その様にしました。
1時間寝たことでだいぶ元気になり、笑顔で登校できていました。
パニックは幼稚園年長までは本当にささいなことで大パニックでした。
1年生から減ってきて、最近はあまりないですが、小パニックが多いです。
小パニックは
テニスを公園で親子でやり、ちょっとラケットが届きそうにない・・・というくらいで。「あ~ダメだ(泣き)」と体を折り曲げて「ママの投げ方が悪いんじゃ!(岡山弁)」怒るという感じです。
この小パニックの対処の仕方が今とても悩んでいるところで、アドバイスいただけたら嬉しいです。
コメントありがとうございます。
アドバイス、と書かれていますが、エピソードを拝見する限り、むしろとてもうまくパニックの問題に対応されていると感じました。
ことばで伝わって、理解してもらえることはそうやって伝えていくことがとても大切だと思います。
あとは、ABA的やTEACCHな視点から考えるなら、そもそもパニックが起こるような状況が生じにくいように本人や周囲の行動や環境を変えてみる、パニック以外の適切な反応を強化する(でも、ことばで怒るという「適切な反応」をしていらっしゃるようですよね。これでことばが出ないと、おそらくもっと激しいパニックになると思います)、といった小さなプラスアルファを加えるくらいで、十分なのではないかと感じました。
よろしければまたお越し下さい!
言語化では、最近のシリーズ、NO にも関わりますが、非常に大きい課題がまだまだあります。
おやつなんかいらない、など、口走ることがあります。あ、そう。じゃあ、私が食べちゃうね、というと、慌てて、ほしい、と言います。
無駄な一言で、他人であれば混乱するので、ABA的には、後から訂正しても実際に食べてしまう体験をさせるべきなのでしょう。が、一度パニックを起こすと夫もサポートしてくれず、私も多忙ゆえ、仕方なくなあなあで済ませています。実際はパニックは起こしていないのですが、保育園の方では、こういう特殊対応をそろそろ卒業しては?と働きかけているようです。
折衷案として、いらない、かも??と、言いなおさせています。かも、が言えたら偉いねー、とことあるごとに褒めています。パニック最悪期だった昨年春からずーっと続けて、ようやく、かも、がいえる、言い直せるようになってきました。
意志や、その揺らぎを表出することの難しさにくじけないで、頑張れるよう、支えていきたいと思います。
言語IQは142と異様に高く出たのですが、内言語の本当の育ちは、70くらいだろう、と読んでいます。辞書的な発話、反応のムスメです。