2.でお話しした、スキナー箱の話の続きです。
スキナー箱の実験は、ラットがレバーを押すようになるだけでは終わりません。
今度は、レバーを押してもエサが出ないように設定を変更します。
そんなことを知らないラットは、一生懸命レバーを押しつづけます。押してもエサが出ないので、怒り出したり暴れたりしますが、徐々にレバーを押す頻度が減っていき、最後にはまったく押さなくなり、当初と同じ「脈絡のない動き」に戻ります。
この現象も、行動療法的に整理しましょう。
エサという「好子」が提示されなくなったことによって、レバーを押すという「ターゲット行動」が「消去」された。消去にあたっては、「消去抵抗」および「消去バースト」が見られた。
「消去」という言葉が新たに出てきました。
「消去」とは、「強化を行なわない」ことによって、その行動が今後起こりにくくするように方向づけることをいいます。と言っても、強化「しない」わけですから、実際に何か働きかけるわけではなく、要は「何もしない、何も起こらない」という状態を作っておくことになります。今回のスキナー箱の例では、「レバーを押してもエサを出さない」というのが「消去」です。
「消去抵抗」とは、消去を開始しても、しばらくはターゲット行動が継続されることをいい、今回の例では、ラットが「エサが出なくてもしばらくは一生懸命レバーを押し続ける」という行動が見られたことを指します。
「消去バースト」とは、消去の過程で、一時的にターゲット行動がそれまで以上に活発化、あるいは過激化する現象のことで、今回の例では、「怒り出したり暴れたり」という行動が見られたことを指します。
前回も書いたとおり、行動療法におけるパニックへの基本対応は「無視」です。これは、パニック(B)に対してごほうびを与えない(C)ことによってパニックを減らしていく手法ですので、まさにこの「消去」にあたります。
パニックを無視していてもしばらくパニックは続くでしょうし、多くの場合は無視するとさらに大暴れするでしょう。これらが、上記の「消去抵抗」と「消去バースト」に相当します。こういったことが見られても、それでも無視を続けることで、初めて「消去」が有効に機能し、パニックを減らせるチャンスが出てきます。
実は、スキナー箱にはさらにもう1つ、重要な実験があります。
それは、ラットがレバーを押すことを学習した時点で、それまでの「レバーを押すと毎回エサが出る」という設定から、「レバーを押すと時々エサが出る」という設定に変える実験です。
このように時々しかエサが出ないようになっても、ラットはレバーを押し続け、学習された行動は維持されます。さらに興味深いことに、このような「時々エサ」という経験をしたラットは「毎回エサ」という経験しかしていないラットに比べて、エサが出なくなった後も、レバーを押している回数がずっと多くなるのです。
このように、ターゲット行動に対し、時々しかごほうびを与えない強化を「部分強化」といい、毎回ごほうびを与える「連続強化」と区別します。そして一般に、連続強化よりも部分強化によって定着した行動のほうが、消去抵抗や消去バーストが大きくなることが知られています。
これはどういうことでしょうか?
パニックは無視した方がいい、という話だけは何となく聞いたことがある、という人は多いと思います。でも、そういう人の多くは、パニックをある程度は無視するけれど、さらに激しくなったり、人前で困る場合には無視できずに何かしてしまいがちです。それでも「ある程度は無視してるから大丈夫だろう」と考えたり、「いくら無視しても全然パニックが減らない」と考えてしまうのではないでしょうか。
「パニックをある程度は無視するけれど、時々は無視せずに対応する」というのは、まさにこの「部分強化」に相当します。部分強化で行動を定着させてしまうと、消去が難しくなるのです。別の見方をすると、「普通にパニックする」ことだけが消去され、「大暴れでパニックする」とか「迷惑がかかるようにパニックする」ことだけが選択的に強化されてしまう、とも言えます。
不十分な無視は、無視しないことよりもずっと事態を悪くします。
(次回に続きます。)