「自他区別」というのは自分と周囲の環境が別のものであることを知っている、という理解の部分と、目に見えているもののどの部分が「自分」でどの部分が「周囲の環境」かということが常に分かる、というリアルタイムの情報処理の部分に分かれていると考えられます。
前半の「気づき」を発達させるためには、そもそも「自分」という認識を持つことが出発点になります。
普通の赤ちゃんは、泣くと母親がやって来ておっぱいをくれる、それだけのことで、自分と母親は別のものであり、母親はおっぱいを持っていて自分は持っていない、でも「泣く」という「操作」によってそれを「自分の外の世界」から手に入れることができる、そういった自他区別から環境の操作まで一通りのことを「自然に」覚えてしまうようです。
しかし自閉症の場合はそうではないらしい。娘には、自分が世界という環境に囲まれて存在していて、しかもその「世界」とは区切られた独自の存在である、ということに早くはっきりと気づいてもらう必要がありました。
そして、後半のリアルタイム処理を発達させるには、上記の「気づき」を確立した上で、「自分」という物体がどんな動作をするとどんな風に形を変えて、どんなことができるのかといったことを、まさにリアルタイムでモニタリングする仕組みが必要です。
こういった認知の根源的な部分については、トレーニングメニューを作って練習させれば上達する、といった性質のものではないでしょう。何か違うアプローチが必要です。
どうすればいいかと悩んでいたある日、気が付くと、娘がサイドボードのガラス面に顔をぴったりつけて何かしています。「危ないなあ、そろそろガラスに飛散防止シールでも貼らないと」などと思いながらよく見てみると、娘はガラスに映りこんだ自分の顔を見て遊んでいるのです。自分の口を触ったりして、ガラスに映る姿を興味深そうに見ているのです。
あっ、これだ。
(次回に続きます。)
※余談です。
自閉症児の特異的な行動として、手のひらを自分に向けてバイバイを模倣する「逆さバイバイ」がありますが、これは模倣動作としてはむしろ見えているとおりで正確だとも言えます。普通の子どもが、見えているのとは裏返しの「正しいバイバイ」をできることのほうが不思議で、非常に複雑で高度な「自他認識プログラム」が動作していることが推測されます。そして、多くの自閉症児においてこのプログラムが十分に動作していないことも恐らく間違いありません。