・何でもなめる、かむ。ボールはすぐに穴が開き、絵本はかじってボロボロ。
・積み木は取り出して並べるだけ。積み重なっている状態が嫌いで、親が積んでも慌てて崩す。
・おもちゃの車は裏返して車輪を回して眺めている。
・公園に連れて行くと地面に落ちている木の枝や石をいじり続ける。
・お店ではペットボトルやシャンプーのボトルを棚から出して床に並べる。
発達が遅れている、社会性が育っていない、ごっこ遊びができないという診断に、慌ててままごとの人形や知育玩具を買い与えてみましたが、そんな安易な対応で問題が解決するはずはなく、まったく興味を示さないか、部品をばらばらにしていじる遊びにふけってしまうかのどちらかでした。
少し冷静になって気づきました。まだ娘はおもちゃをおもちゃとして扱う域にすら達していない。恐らく、目の前の非常に限られた視界の中に入っているものをただ感覚的に楽しんでいるだけで、「操作する」ということができていないんだ、と。
「操作する」とはどういうことでしょうか。ここから、古典的認知心理学の思弁の世界に入ります。(ピュアな行動療法の立場からは「非科学的」と言われそうですが、これが「そらまめ式」のアプローチです。)
それは、「ものごとには原因と結果がある」という認識と、その「原因」を自分が作ることができる、という認識の組み合わさったものだと考えました。この2つがなければ、自分がおもちゃを操作して、その結果を楽しむということはできないはずですから。
そこで、現時点で娘に与えるべきは、「操作する」ということをこれから学べるおもちゃ、つまり、原因と結果が同じ視野の中で発生して分かりやすく、正しい操作以外の遊び方がほとんどできないようになっているものだ、と考えました。それはつまりはガラガラであったり、噛んでも穴の開かないプラスチックのボール(鈴入り)であったり、下で紹介するローリングロールであったり、要は非常に対象年齢(というか月齢)の低いおもちゃです。そして、変な遊びしかできないおもちゃは、例えそれがどんなに「遊んでほしい」おもちゃであったとしても、一旦引き上げて物置にしまってしまうことにしました。
こういった環境を作った結果、娘は「時々」おもちゃ本来の遊び方で「操作する」遊びをするようになりました。しかし、それでも多くの時間は意味のない感覚遊びを繰り返していて、状況は容易には改善されませんでした。
私は、「もっとさかのぼらなければならないんじゃないか」と考えました。
娘はもしかすると、自分と他人、あるいは自分と周囲の世界の区分ができていない、自己認識ができていないんじゃないだろうか。自分と「自分以外」の境界線もはっきり分かっていないんじゃないだろうか。自他の区別ができていないとすれば、「自」が「他」を「操作する」なんていう行動が発達してくるわけがない。
私は、「自他区別」という根源的な認知を発達させるための「おもちゃ」を一生懸命考えました。そして、思いつきました。
(次回に続きます・・・)
(自閉症児が自他の区別といった非常に根源的な認知レベルから困難を抱えているという可能性は、先日紹介した自閉っ子、こういう風にできてます!でも「手足が自分のものに思えない」といった話題が出てきたりしていることからも、かなり高いのではないかと思います。)
ローリングロール
河田
対象月齢6か月からの操作おもちゃ。ローラーを回すと音がしたり中のビーズが跳ね回ったりと、操作の「結果」がすぐに発生するので、操作おもちゃの最初のステップとして最適。さらに、外れる部品がないため、娘のように部品だけをいじって遊ぶような傾向のある子どもでも本来の遊びに集中できる。