1.基本的な考え方
これだけ抱っこで「悪いこと」ばかり経験しているとすると、抱っこを「積極的に避ける」ことを学習しているに違いありません。だから、抱っこを避けるという行動を消去していくと同時に、抱っこを求めることを強化していく必要があるでしょう。(「学習」「消去」「強化」などは、行動療法の用語です。今後、これらについても解説していきます)。
2.「悪いこと」を減らす
2-1.体の自由がきかなくなること
これは、抱っこすれば必ずそうなってしまうので、更に1段階レベルを下げて「体の自由がきかなくなると楽しいことがある」という経験をたくさんさせることにします。具体的には、チャイルドシートに乗って(体の自由がきかなくなる)大好きなお出かけをする(楽しいことがある)機会を最大限増やすことにしました。
2-2.抱っこされるときは嫌なことをされる
これも、親として関わっていく以上、ある程度仕方がない(薬を飲ませる、無理に移動させる、etc.)ので、前回の「味方・悪役」理論を使って、抱っこして嫌なことをする役は全部父親(私)に集中させて、まずは「母親に抱っこされて嫌なことをされる」確率を極力減らすことにしました。
2-3.肌の接触が不快だ
ここから、感覚統合的な考え方が出てきます。感覚統合法とは、皮膚感覚や視覚、バランス感覚などに働きかけることによって神経に刺激を与え、それによって不適切につながっていて感覚異常などを引き起こしている脳細胞をあるべき姿に整え活性化していく、といった療育方法です。自閉症児の場合、感覚異常を伴っている場合が多いので、感覚統合法が有効である場合があります。
娘の場合も、外で風に当たると驚いた顔をしたり、くすぐると泣き出したりということで、皮膚感覚の異常が疑われました。そこで、ボールプールなどに連れて行ったり、公園の噴水池の浅瀬で足をつけさせたりといった、「楽しい中に新しい皮膚刺激がある」といった遊びを、自分たちなりにいろいろ考えて実践しました。
また、そもそも運動量を増やせば結果的にいろいろな皮膚刺激があり、鍛えられるはずなので、休みの日に公園に出かけたり、家の中に折りたたみのジャングルジムを置いたりして、とにかく運動させる機会を最大限増やしました。(幸い、ジムは大好きになり、登ったり降りたりぶら下がったりして遊び倒しました)
2-4.足元が不安定になるのが嫌だ
これは今でも続いていますが、足が地についていないこと、足元のバランスが悪いことを極端に怖がります。当時はつまさき立ちもやっていたので、足の裏の感覚やバランス感覚が異常ないし未発達だったのでしょう。
ここでは、寝るときに使うマットが活躍しました。それまで、硬くて薄いベビーふとんだったものを、厚さ15cmの大人用フローリングマットに変えたのです。妻も同様のマットを使っていたので、並べて敷くと、つごう2畳分以上の広さの「ふかふかマット」ができあがります。
寝る前にさんざん部屋を走り回る娘は、マットが変わった後も、やはり飽きずに走っていました。新しいマットは踏むと沈み込むので、前のふとんに比べると不安定で、娘も何度も転んでいました(大抵は柔らかいマットが受け止めるので安全)。それでも1か月もすると転ばなくなり、この頃から、同じように柔らかいリビングのソファの座面に登って歩いて遊ぶようになりました。
こうして、少なくとも「足元のバランスが悪い」ことを、嫌がるよりむしろ喜ぶようになり、「足元恐怖症」が一段階、克服されました。
最近は、トランポリンで跳ね回ったり、地面に置いてある箱ブランコでバランスを取ったりするのが大好きになり、「足元恐怖症」はかなり改善しています。いまだに、普通のブランコは怖くて近寄りませんが。
3.「いいこと」を作る・増やす
上記のように、「悪いこと」を減らすだけでは、「抱っこ嫌い」が消去されるだけで、抱っこ好きにはなりません。抱っこを好きになるためには、抱っこされるといいことがある、という状況を作る必要があります。
このためにやったことは、ベビーカーを使わないようにする、ということでした。ベビーカーを使わずに公園や店を歩かせると、そのうち疲れて歩くのを嫌がるようになります。ここでベビーカーがあると乗りたがってしまうので、あえてベビーカーを持ち歩かず、「歩かずに済むようにするには抱っこされるしかない」という状況を作ったのです。
これは娘にとって「いいこと」なので、基本的に母親の役目になりました。逆に、嫌がる娘を歩かせるときに手をつなぐのは、「悪役」である私です。
これは実際、効果てきめんで、程なく、外を歩いていると、私の手を振り切り母親の前で泣き出す、という形で母親に抱っこを求めるようになりました。こうして、ほんの少しですが、「要求の表現」もできるようになってきました。