図解 よくわかる自閉症
著:榊原 洋一
ナツメ社
第1章 どこか不思議な子どもたち
第2章 自閉症とはどのような病気か
第3章 自閉症の子どもをサポートする
第4章 家庭で自閉症児を支え、育てる
第5章 幼稚園や学校ではこのようにサポートする
第6章 社会生活に向けて、家庭、地域での支援
ここ最近、「よくわかる自閉症」という本が立て続けに2冊出ました。
2冊とも購入しましたので順に紹介していきたいと思いますが、まずはより一般的な内容だと思われるこちらの本から。
こちらの本は、名著「自閉症のすべてがわかる本」と同じ流れをくむ、「自閉症全般についての初心者向け絵解き入門書」です。
何より、あのナツメ社から「自閉症専門の本」が出るというのが驚きで、時代は変わりつつあるなあ、ということを感じさせますね。
それだけでなく、内容も、入門書とはいえなかなか意欲的なものになっていると言っていいと思います。特に、
・ABA、TEACCH、絵カード(PECS)という、最近の自閉症療育の3本柱をもれなく取り上げて、かつそれぞれについてある程度深く掘り下げていること。
・特に、ABAの技法については、プロンプトとフェイディング、スモールステップにバックチェイニング、ABC分析と、この手の図解本としては珍しく詳しく書かれていること。
・家庭での療育に全体の約15%ものページを割き、家庭での療育の重要性と具体的な取り組みについて、これまでの本に見られないくらい大きく取り上げていること。
・子どもの発達と将来に対して非常に自然体で、子ども一人ひとりの発達を見守りながら支援しつつ、そうやってその子どもが到達できる地点がゴールなんだ、という「療育観」を提示していること。
といった辺りは、本書の明確な「価値観・方向性」を感じさせ、本書の価値を大きく高めていると思います。
佐々木先生の「自閉症のすべてがわかる本」と本書とを比較した場合の本書の特徴は、以下のような感じでしょうか。
1.「すべてが・・」がTEACCHの立場から書かれた入門書であるのに対し、本書はABA寄りの立場から書かれた入門書になっている。
2.そのため、ABAのノウハウについては本書のほうが詳しい。
3.家庭での療育の具体的な提案については、本書のほうがむしろ充実している。
4.ストーリー仕立てで、連続した一連の読み物として読める「すべてが・・」に対し、こちらはどちらかというと項目ごとに独立した「事典」的な構成になっていて、悪く言えばやや雑学書的。
面白いなあ、と思ったのは、本書のなかに、私がこれまでにブログで書いた内容と相通ずる部分がたくさんあると感じたことです。
医者の診断を受けるときに症状のメモを書いて持って行きましょう、とか、ABAの基本を「プロンプト・フェイディング・スモールステップ・バックチェイニング」辺りで整理することとか、絵カードを使うことでことばの発達が遅れるよりもむしろ促進されると言われていることとか、家事の手伝いをさせることを家庭の療育の一項目として取り入れましょうといったことは、どれも私もそう感じていて、実際にブログでも書いてきたことですので、どれもすっと納得できる内容でした。
以下に、本書のスナップショットをいくつか引用掲載します。
↑本書の第1章は、「まずここだけ読むと自閉症の基礎知識が身につきますよ」というダイジェストになっています。その中にある、「自閉症児との上手なことばかけの方法」のページ。
↑「療育の基本は行動療法」、ここまで言い切ってしまう入門書というのもすごいかも。実は表紙にも「治療の中心である『療育』、『行動療法』をイラストとともに、ていねいに紹介」とわざわざ書いてありますので、本書が行動療法を中核に据えた入門書であることが分かります。
↑その一方で、PECS的な絵カードの活用についてもかなり具体的に(かつ、イラスト入りで分かりやすく)紹介されています。
↑地域の理解を得ることを、「社会的リソースの活用」という視点から推奨しているのも素晴らしいですね。この辺りはTEACCH的です。本書の療育に対する柔軟な姿勢が見て取れます。
このように、本書はかなり高く評価できる本なのですが、ただ1点だけ、全体を通して少し気になったのは、細かい点で内容に整合性がとれていない箇所が散見されることです。
例えば、「療育の基本となるのは行動療法」というページでは、「行動療法では問題行動をなぜ起こしたかの原因分析は行ないません」と書いてあります。
でも実際には、ABAの「ABC分析」に代表されるとおり、行動療法でも原因分析(機能分析)は詳細に行なわれます。
あれ?と思いながら読み進めていくと、「問題行動は、ほめながらやめさせていく」のページで、問題行動をABC分析を行なってABAで解決しているのです! しかも、そのページの図解には、赤地に白抜きという最も目立つ色で「原因を探る」と書いてあるのです。
もう一つ、こちらはやや深刻な混乱の例についてもあえて指摘しておきます(これは、読者の方も混乱させる可能性があるので)。それは、本書の以下の部分に出てきます。
(自閉症理解度チェック)第4問:知的障害を伴うことが多い障害ですか?
答え:○ 多くの自閉症のケースでは、程度の差はありますが、知的障害を伴います。(初版2~3ページ)
(自閉症の区別について)このうち、知的な遅れのない自閉症を「高機能自閉症」、ことばの遅れがない自閉症を「アスペルガー症候群」として、従来の自閉症とは区別してとらえる見方もあります。(初版50ページ)
(アスペルガー症候群の子どもは)人とコミュニケーションをとることが不得手である、その場の暗黙のルールなどを察することができない、また、物に執着したり、変化を嫌うなど、自閉症特有の症状が見られます。しかし、自閉症全般の約8割に見られる知的障害がなく、ことばも理解し、むしろ、話し好きであることもめずらしくありません。(初版67ページ)
本書では、「知的障害がある自閉症が8割、ないのが2割」という話題が繰り返し出てきます。そして、その2割の中に、高機能自閉症とアスペルガー症候群が含まれる、といった書きぶりになっている部分があります。
でも、これは明らかにおかしいですね。
自閉症の中にアスペルガー症候群まで含む場合、むしろ知的障害が「ない」割合のほうが、「ある」割合よりもかなり大きくなるはずです。
どうも本書は、「自閉症」という名称のなかにアスペルガー症候群を含むのか含まないのかが定まっていないようで、そこが混乱を招いているように思われます。
そんな疑問を感じつつ本書の最後のページを見てみると、著者としての榊原先生以外に、執筆協力者と編集プロダクションの名前がクレジットされていることに気づきました。
なるほど、だとすると本書は、榊原先生が全文を書き下ろしたというよりはむしろ、監修者的に仕事をされた部分もあるというスタイルだと推測され(これはつまり「自閉症のすべてがわかる本」の佐々木先生と似たスタイルだということになります)、このような用語の一部の混乱は、その辺りに端を発している可能性があるのかもしれません。
ただ、恐らく本書は今後かなり売れていくと期待されますので、こういった整合性の問題については、次の版以降で直っていくものと思われます。
ともあれ、本書は全体としてはメッセージも明確で、かつ具体的に「役立つ」内容が盛りだくさんで、しかもイラスト豊富で読みやすい内容になっていますので、自閉症の入門書としておすすめできます。
特に私がおすすめするのは、佐々木先生の「自閉症のすべてがわかる本」でTEACCH的観点から自閉症の全体像を知り、次に本書でABA的観点から自閉症の全体像の理解をさらに深めるのと同時に、複数の療育法の視点を知ることで療育そのものについての理解に深みを加える、という読み方です。
参考:「自閉症のすべてがわかる本」(レビュー記事)
※その他のブックレビューはこちら。
いつも充実したブックレビュー楽しみに読んでいます。
早速買ってみました。
個人的には、一番しっくりくる本です。
親御さんに紹介できる本がまたまた増えました。
コメント欄は、なぜか、別の本のほうが盛り上がっているようですが、、、
コメントありがとうございます。
この本は、実用性という観点からは「自閉症のすべてがわかる本」よりも上だと思います。
この2冊を揃えておけば、自閉症の基本については、とてもうまくポイントをおさえてコンパクトに学ぶことができると思いますね。
別の本のほうは・・・まあ、そういう世界もあるということで、仕方ないのかなと思う面もありますが、行動を扱うよりも「こころ」を扱うほうが高尚で奥の深いことをやっているんだというような風潮が復活することだけは避けたいところです。
そうやって「こころの療育」について一生懸命語っている人で、本当に「こころ」について誠実に「定義」しようとしている人を私はほとんど見たことがありません。
私は「心の哲学」にも非常に関心を持っているのですが、そっちの世界に少しでも足を突っ込めば、「こころ」を語ることがいかに難しくて、そう簡単に使えることばでないことはすぐに分かります。
・・・話が脱線しました。
これからもよろしくお願いします。