
山登りを続ければいつか山の頂上に到達できるように、これまで説明したような「適応行動」を続けると、いずれ「山の頂上」、つまり適応度が最高であると思われる状態に到達します。

↑「適応状態」のイメージ。
この状態になると、前に進んでも後ろに戻っても、つまり現在の行動と多少違った行動をいろいろと試行錯誤してみても、それらはすべて現在の行動よりも「適応度」が低くなるため、「適応度を高める」ためには、元の行動に戻ってこなければならないことになります。その結果、現在の行動が「適応度が高い行動」として定着することになります。
このように行動が安定した状態のことを「適応状態」と呼ぶことにします。
ここで、鋭い方は既にお気づきだと思いますが、「適応状態」は「いちばんの最適状態」であるとは必ずしも限りません。
例えば、適応度のカーブが以下のような2つのコブを持つ形をしている場合に、この問題があらわになってきます。

この「山」を左から登ってくると、やがて左側の最初のコブのところに到達します。

このコブの頂上は、(残念なことに)「適応状態」となるための条件を満たしてしまいます。
つまり、この(コブの頂上にいる)状態から行動パターンを微調整した(適応度カーブ上の位置を左右に少し動かした)としても、それらはすべて現在の行動より適応度が下がってしまうので、結局、コブの頂上に戻ってきてしまうからです。
このように、ある適応すべき課題について、一見最適に見える(でも実は「最」適ではない)ポイントが、本来の最適なポイントとは別に存在するとき、前者を「部分最適」、後者を「全体最適」と呼びます。

↑部分最適と全体最適の関係
次回以降、この「部分最適」と「全体最適」という考え方から、「療育的働きかけ」の意義について考えていきたいと思います。
(次回に続きます。)
いよいよ核心に迫ってきましたね。ホップフィールドネットワークだとボルツマンマシン、遺伝的アルゴリズムだと突然変異が、この局所最適解回避の方法ですが、これをそらパパさんがどう「療育」でとらえるか、楽しみにしています。
この先は、基本的には無難な展開です。
JKLpapaさんのように全部お見通しだと、つまらない内容だと思います・・・。
まあ、それでも、こういうことを療育について書いている人が意外なまでに少ないので、まとまった論を書くことには意義があるんじゃないかな、と思っています。
※ちなみに、大学では遺伝子アルゴリズムの簡単なプログラムをTurbo Pascalで自分で書いたこともあります。
というのが、工学的「適応」には、必ず「再現性」同じ環境で同じ評価関数であれば、時間の差はありますが、ニューラルネットも、GAも線形な適応制御も学習制御も、ほぼ同じ結果になります。生物は同じか?といえば、そうではない。ウチは3人の息子がASD者ですが、みんな違う。であれば、その違いはどこに起因するのか?が最大の疑問です。そらパパさんの本でいけば、抽出処理と一般化処理とのバランスの差なのかもしれませんが、それを工学的に、数学的にとらえようとすると、何なのか、が今の私の最大の関心事です。なので、この連載は期待大なのです。