短期間で組織が変わる 行動科学マネジメント
ダイヤモンド社
著:石田 淳
第1章 行動分析とは何か
第2章 すべてのビジネスは行動の集積である
第3章 行動を決める「リインフォース」
第4章 人が動く理由─ABCモデル
第5章 人が動く条件─PST分析
第6章 明日からパフォーマンスが上がる5つのステップ
タイトルと目次、そして当ブログで取り上げているということから推察できるとおり、この本は「組織マネジメントという観点からのABA(応用行動分析)の入門書」です。
目次の第3章にある「リインフォース」は要は「強化」ですし、第4章にはABAの世界では知らない人のない「ABC分析」も登場します。
「PST分析」っていうのは聞いたことがないなあ、と思ったら著者のオリジナル用語のようですが、何の略かを読んでちょっと笑ってしまいました。
PSTのPが「ポジティブ」だというのはいいとして、次の「S」は「Sokuji(即時)」で「T」は「Tashika(確か)」の頭文字、さらにこれらの対語として「Ato(後)」の頭文字で「A」、「Futashika(不確か)」の頭文字で「F」まで登場するのです。
なぜここで和語のローマ字を使うのか、著者のセンスはちょっと読めません。(ちなみに、このPST分析は、望ましい行動を増やすために使う「強化子」を分類するための方法です。)
本題に戻って、本書はビジネス書として本格的なABAを語っているという意味ではかなりユニークな本だといえます。本書のエッセンスを簡単にまとめれば、以下のような感じでしょうか。
いわゆる「成果主義」による人事評価、部下のマネジメントがなぜうまくいかないのか。それは、管理すべきなのは実は「成果」ではなくそこに至る「行動」だから。
上司に求められるのは、成果を出せとハッパをかけることではなく、何が成果を出すために必要な行動なのかを見つけ出し、その行動を部下が身に付けるように「強化」の働きかけを行なうことである。
「強化」の効果を高めるためには「即時強化」を行なう必要があるが、ビジネスの現場では上司は部下につきっきりになれるわけではないので、チェックリストやポイントシステムのような、ABAのテクニックを活用する必要がある。
本書の内容の半分くらいはABAの理論(強化、消去、罰、ABC分析)をビジネスの場面での具体例などをあげながら説明するものになっており、残りの半分が実際の組織・部下のマネージメントのノウハウを解説するものになっています。
これまで、ABAについての本を読んだことのない方には、目からウロコが落ちるような斬新な内容だと思います。
やれ療育理論だ、心理学だといった本には抵抗感があったり、時間がなくてこれまで読むことができなかった「お父さん」でも、この本ならベストセラーのビジネス書を読むような感覚で気軽に読めると思いますので、ぜひ一度トライしてみてはいかがでしょうか。
「組織マネジメント」の本で、こんな風に科学的な知見をベースに書かれたものは珍しいと思いますので、そういう意味でも「ビジネスマンとして」読んでみてもいい本なんじゃないかな、と思います。
もちろん、「科学的だから」といって、そうではない本と比べて実際のビジネスの場面において常に優れている、とは必ずしもいえないでしょう。
特に、組織の「全体」を個々のメンバーの個々の「行動」のレベルに分解し、それを適切に管理できれば最高のパフォーマンスが出る、とも読める論旨は、やや還元主義的すぎて、
・「部分」の合計からだけでは見えない「全体」の持つダイナミズム(あるいは「創発性」)が見失われる
・結果ではなく特定のプロセスを管理・強化することで、より良い結果につながる新しいプロセスが創造される芽を摘んでしまう
といった、ABAの典型的な危険性・弱点がそのまま露呈しているようにも見えます。
とはいえ、つまらないものが多いビジネス書の中では、アプローチのユニークさで群を抜いていることだけは間違いありませんので、ビジネスマンとして知っておく価値のある内容だと思います。
一方、他のいろいろな本でABAに習熟されている方が本書を読んだ場合、実際に具体例として適用されている事例がほとんどすべて「チェックリストを使ったトークンエコノミー」ばかりなので、ABAの全体からみると、かなり狭い領域にフォーカスされているな、という印象をもたれるかもしれません。
※トークンエコノミー
適切な反応に対して、報酬をトークン(代用貨幣)によって与えるというABAの技法。もっと具体的にいえば、「ポイントカード」のようなものを作って望ましい行動をしたらポイントを与え、一定のポイントがたまったら欲しいものと交換できる、といったシステムのこと。
実際、ほとんどの仕事では、上司が部下につきっきりで「手取り足取り」時間をかけて教えられるわけではないので、必然的に「手取り足取り」の代わりにチェックシートを作り、「つきっきり」の代わりにトークンエコノミーによるセルフマネジメントをさせるしかないということで、この辺りに話題が集中しているのはやむをえないことでしょう。
ある程度知的発達の進んでいる自閉症児を対象にABAを導入する場合、チェックリストやトークンエコノミーはしばしば使われる技法ですので、本書に豊富に盛り込まれた具体例はかなり参考になるのではないでしょうか。
また、本書のオリジナル?である「PST分析」を活用すれば、ABA的働きかけで自分が使おうとしている強化子が本当に適切なものなのか、もし問題があるとすればどんな部分に着目して別の強化子を探してくればいいのかをかなり論理的に考えることができるようになります。
この辺りは、ABAをただの理論としてではなく、ビジネスの場面で実際に応用して成果をあげてきた(著者はベンチャー企業の社長さんです)人にしか書けない、「使える」内容になっていると思います。
「ABA」に関心はあるけれども本を読んだことがないビジネスマンのお父さんには格好の入門書として、自閉症療育をはじめとする「ABA」に関わっているすべての方には、ちょっと毛色の違った実践書として、一読して損はない内容です。
補足:
本書は徹底して実践寄りのABAビジネス書ですが、逆に思いっきり理論寄りのABAビジネス書として、以前レビューを書いた「パフォーマンス・マネジメント」があります。こちらもあわせてご紹介しておきます。
※その他のブックレビューはこちら。
以前コメントさせていただいたミヒャエルと申します。
私が以前日本で働いていた時は、ABAと聞くとちょっとマイナスなイメージを思い浮かべていたような気がします。ABAの元になっているのはスキナーの行動心理学ですよね。だから動物的なトレーニングという印象です。
ABC分析もアメリカではよく使われているものみたいです。授業の課題ででています。
実はちょっとお聞きしたいことがあったのでコメントさせていただきました。
自閉症の療法という点で、アメリカでは一にも二にもABAといった印象を私は受けました。日本では反対に、TEACCHが第一線をしめているような気がします。2つとも全然違うアプローチの仕方の療法なのでどっちが良いとかではないのですが、純粋に、両療法ともアメリカから日本に持ってこられたものなのに、(日本を離れて3年近くになるのでもう事情が変わってるかもしれませんが)認知度が逆転しているのはどうしてだと思われますか?
よろしくお願いします。
ABAとTEACCHとの違いにはいろいろあると思いますが、ある側面から見た最大の違いは、「内面」というものを重視するかどうかというところにあると思います。
ABAでは「内面」は取り扱いません(取り扱わないだけであって、無視しているわけではないのですが)。TEACCHでは逆に、「自閉症児の特性」という名のもとに、「内面」を取り扱います。
日本の場合、この大きな違いに対して、「内面を扱う」TEACCHのほうが、臨床家にとって受け入れやすかったのではないかと思います。
この辺り、かなり乱暴な議論ですが以前記事を書いたことがあるのでリンクを貼っておきます。
http://soramame-shiki.seesaa.net/article/15280204.html
ただ、ついでに言うと、「自閉症児の療育」という限定したテーマに関していえば、ABAよりもTEACCHの方が先進的なのではないか、と、最近、個人的に感じています。(なぜそう思うのかという点については、以下のリンクなどをご覧下さい。)
http://soramame-shiki.seesaa.net/article/24620517.html
お礼が遅くなりました。
コメントを参考にさせていただき、心理学のクラスのファイナルペーパーを無事書き上げることができました。ありがとうございました。
私個人が感じたのは、アメリカではABAが盛んに使われていると思ったのですが、実際50人程にアンケートに答えてもらったところ、TEACCHとABAの認知度の差は殆どありませんでした。でも日本では圧倒的にTEACCHが支持されているような気がします。
その理由としていくつかあげたのですが、個に重点をおくアメリカ(=ABA)とグループが尊重される日本(=TEACCH)というのが大きな理由ではないかなと推測しました。
自分の興味のある分野を勉強するのはとても楽しいですね。最近、ケネディ・クリガー・インスティチュートと言う機関(ジョンズホプキンズ付属)から風邪等による発熱により自閉症の症状が一時的に改善されるというリサーチが報告されました。ご存知ですか?
まだちゃんと読んでいないのですが、少しずつこうやって自閉症の発症原因解明に近づいているんだなって思いました。
コメント、ありがとうございました。
今後もちょくちょく拝見させていただきたいと思います!
もう1つ、アメリカの人の気質として感じるのは、何事も「厳密にコントロールしたい」ということですね。
そういう意味では、ある種、極限までコントロールを徹底する療育法であるABAがアメリカ人に受けるのは分かる気がします。
(それに対して、「なるようにしかならない」というある種のあきらめのようなものがあるTEACCHは、ワビサビの日本人向きかもしれませんね。これは、ものすごく単純化したプロトタイプ論ですから、あまり真剣に書いているわけではありませんが(^^;))
かぜをひくと自閉症状が一時的に改善するというのは、何となくうちの娘でも心当たりがあるような気がして興味深いですね。
もしそのレポートがオンラインで読めるようであれば、場所を教えていただけるとありがたいです。
とりあえず、ケネディークリガーのホームページに概要がのってますのでリンクを張ります。
http://www.kennedykrieger.org/kki_news.jsp?pid=6801
英語で、autism feverとグーグルすると、かなりの件数がヒットすると思います。もしかしたら全文が載ってるページは見れないかもしれませんが、私の大学からアクセスできるのでPDFファイルをメールで送ることもできます。もうちょっと時間を下さい。絶対見つけますので!
Happy holiday!
さっそく概要ページ見ました。確かに、風邪をひいている間は、自閉症の症状が改善しているかもしれない、ということが書かれていますね。
心当たりといったのは、私の娘も最近風邪ばかりひいているのですが、この期間に、絵本のひらがなや時計の文字盤を読んだように思われたり、発達検査で意外な好成績を出したり(笑)と、いくつか印象的な事件が続いたということを思い出したからです。
まあ、ちょっと眉唾のような気もしないでもありませんが、とても興味はありますね。もし資料がありましたら、時間のあるときで結構ですので紹介いただけるとうれしいです。