自閉症の特性理解と支援―TEACCHに学びながら
著:藤岡 宏
ぶどう社
第1部 自閉症の特性を理解する
第2部 特性に沿って支援の方法を考える
第3部 医療・親さん・地域
この本を読んでいてまず何より感じたのは、すごく「素直に読めた」ということ。
自閉症療育の本を読むときは、基本的にいつも「論旨が矛盾していないか、同語反復に陥っていないか、安易な外部からの『解釈』がないか」といったポイントを吟味しながら読んでいるので、どうしても(私にしては)時間もかかりますし、それなりに難儀しながら読んでいく感じなのですが、この本についてはそういうことがとても少なくて、何だかすとんすとんと「腑に落ち」ながら、とてもスムーズに読めたのです。
なぜそんな風に読めたのかな?と改めて考えてみると、その一番の原因は、本書がTEACCHの哲学的立場に立った著作である、ということにあるような気がします。
ですから私は、この本を読んで改めて、「ああ、やっぱり私の考えはTEACCHに一番近いんだなあ」という思いを新たにしたわけです。
本書は、第1部で、自閉症という障害の持つ特性を、コミュニケーション、感覚、認知といった各々の側面から詳しく掘り下げ、第2部で、その特性にもとづいた働きかけ(それがつまり、TEACCHの構造化や、絵カードなどを使った代替的コミュニケーションということになります)が提案されます。
(最後の第3部では、そういった働きかけがなされる「場」としての地域・医療・親の目指すべき姿について語られており、ややエッセイ的な内容になっています。)
自閉症の特性を理解して、そしてその特性をふまえた働きかけをする、このアプローチの仕方はとても明快で合理的だなあ、と思ったのですが、改めて考えてみると、これこそまさに自閉症への「TEACCH的アプローチ」そのものなのですね。
さらに特筆すべきは、例えば第1部で自閉症の特性を説明するときに、単に「こうこうこういう困難があります」と記述するだけでなく、そのような特性を持っていることによって生まれる「自閉症の世界」を私たち自身の身近な例になぞらえて何とか説明しようとしたり、自閉症児が視覚からの情報に強いということについても、単に特性の説明に留まらず、自閉症児が大人になって自立・自律して生きていけるようになるための「道しるべ」として視覚的手がかりをとらえるなど、「自閉症の特性を手がかりにした『自閉症の世界』への接近」という志向性を強く感じることです。
また、療育・働きかけの時間軸を、明確に「大人になるまで」、あるいは「一生涯」においているところも、いかにもTEACCHらしいところです。
特性に逆らう形での支援は、幼少期だけ見れば効果があるように見えても、その効果は長続きせず、時に思いもかけない副作用を生みます。私たちは大きくなった自閉症の人たちから、教育支援や生活支援の中で、何が大切で・何がそうでないか、を学びたいと思います。(初版187ページ)
このように、自閉症を「障害」「問題行動」「行動修正」といった枠組みでとらえるのではなく、「特性」を「理解」して、それに基づいて一生「支援」しよう、という立場は、TEACCHという療育体系の枠組みの、もっとも根幹にある「哲学」といっていいと思います。
このようなTEACCHの哲学が、本書ではその全体からにじみ出しています。
それをことさらに書き出して説明するのではなく、ただ自閉症療育について解説しているだけでこのような「熱い」哲学がにじみ出してしまうところからして、著者の藤岡氏がTEACCHを真に体得し、実践していることが感じ取れます。(そして恐らく、逆にTEACCHの考え方に賛同できない方が読むと、本書のあらゆる部分から「違和感」がにじみ出てくるように感じられるのではないかな、と思います。)
本書は、TEACCHについて関心のある親御さんが、その理解を深めるために非常に役に立つ本になっていると思います。
自閉症の困難として指摘されるコミュニケーション(ことばを含む)の問題、感覚過敏・感覚鈍磨といった感覚異常の問題、時間や見通しの問題、視覚的手がかりの重要性などについてTEACCHの立場から詳しく説明されていますので、子どもが抱える具体的な問題がどんなものなのか、理解を深めることができます。
そして、さらにそれらの「理解」に基づいて、TEACCHの4つの構造化(物理的構造化、スケジュール、ワークシステム、視覚的構造化)の1つ1つや、絵カードを使ったコミュニケーションの指導法について、豊富な写真つきの実例を交えながら、学ぶことができます。
ところで、娘は、現在も週に1回TEACCHの療育を受けていますが、たまに見学にいく療育の中身は、本書に書かれているものと非常に近いな、と感じました。「TEACCHの教室ってどんな感じなんだろう?」という具体的なイメージを知るためにも、本書は格好の素材だと思います。
実は、これまでTEACCHについては、最高の入門書である「自閉症のすべてがわかる本」を読んだあとの「次の1冊」としておすすめできる本がなかなか見つかりませんでしたが、今回、ようやくその「次の1冊」にふさわしい本が登場したと感じています。
そんなわけで、「自閉症のすべてがわかる本」を読んで、TEACCH的な自閉症療育の方向性に共感を持たれた方、TEACCHの考え方や構造化のやり方をもう少し掘り下げて学びたい方、TEACCHについて、実践的な入門書を探している方などに、本書はぴったりだと言えるでしょう。
おすすめです!
※その他のブックレビューはこちら。
p.s.以下、とりとめのない個人的な感想です。
私は、TEACCH陣営から語られる「自閉症の特性は具体的にこのようなものだ」という仮定を、必ずしも100%信じているわけではありません。(特に「混乱したわけのわからない世界に生きている」といった、本書にも登場し、TEACCH関連書籍でしばしば述べられるような「自閉症の世界」については、ちょっと違うんじゃないかな、と違和感を感じます) また、TEACCHの主張はやや理想主義に過ぎると感じる部分もあります。
それでも、TEACCHが掲げている療育の方向性には100%共感しますし、拙著「自閉症-『からだ』と『せかい』をつなぐ新しい理解と療育」やこちらの記事でも触れているとおり、「一般化障害仮説」という、TEACCHとは全く異なった理論的アプローチから個人的に導き出した療育の方向性がTEACCHが既に取り組んでいることと驚くほど一致したということもあって、こと自閉症療育の世界の中では、TEACCHに最も厚い信頼をおいています。
ところで、さらに余談ですが、本書で親御さんのことを「親さん」と呼んでいるのは、なんか変な日本語だなあ、と思ったりしています。(笑)
TEACCHも一つの価値観です。妄信は危険ですが、今有効性のある制度だと思います。一般化障害仮説も、有効な理論だと思っています。一般化障害仮説により、仮定をおいて、どこをくすぐってやれば、脳が学習してくれるだろう?などと考えながら、3人の自閉症児と格闘しています。そうですね、我が家では、自閉症者はマイノリティじゃないんです(笑)
よかったら、もう少しお考えをお聞きしたいのですが、僕宛にメールをいただけませんか。
この本は、うまく言いにくいんですが、TEACCHの「空気感」を感じられる本だと思います。
TEACCHの「魅力」は、科学としての合理性と、生身の人間を相手にするための「泥臭さ」を絶妙なバランスで兼ね備えているところにあると思います。
ABAはその点、切れ味は鋭いんですが過度に割り切りすぎていて、切り捨てている部分が多すぎると感じることも少なくないですね。
いちげさん、
出版社の方からコメントをいただき恐縮です。
もしかすると私の連絡先がわからない、という趣旨かと存じますが、当ブログの右上の「プロフィール」の欄にメールアドレスを掲載しておりますので、よろしくお願いします。
教員12年目にして初の特学担任,
ある自閉症の女の子を担任して2年目となりますが,このブログをごく最近になって知りました。
もう少し早く知っていれば・・・と後悔しています。
ここに紹介されている本も含め,ブログから学ばせていただきます。
長年,自閉症について学ばれた方からすると
おかしな質問などを書くこともあるかと思いますが,よろしくお願いいたします。
当ブログへのコメントありがとうございます。
梅田さんのページ、拝見しました。情報満載で密度の濃いページですね。
私は特に長い間自閉症について学んだわけではありません。プロフィールで書いていますが、大学で心理学を学んだ以外は、娘が自閉症だと知ったときから独学しただけです。
逆に、こちらが学ばせていただくことばかりだと思いますが、よろしくお願いします。
ピーちゃんさん、
ご質問いただいている件については、率直に申し上げて私はお答えする立場にないと思います。
療育施設で伸びるお子さんもいれば、幼稚園のほうが好ましいお子さんもいると思います。お子さんの様子をじっくり観察して、家族とも話し合ったうえで決めればいいのではないかと思います。
(一般的にいえば、幼稚園よりは療育施設のほうが、子ども1人あたりに対するコストはかかっていると思います。ただ、それがお子さんにとってプラスになるかどうかは、本当にケースバイケースですので、なんとも言えないのです。)
ピーちゃんさん、JKLpapaと申します。3人のASD児(小6、年長、年少、全て男の子)と日々格闘しています。
長男は保育園で、次男は通所療育施設で、三男は幼稚園で過ごし、3人とも月1回程度の頻度で総合療育センターで心理と言語の訓練を受けています(長男は小4まで)。
ご質問されていること、そらぱぱのおっしゃるとおりなのですが、経験者としてコメントさせてください。
3歳とのこと、できれば幼稚園と通所療育施設の併用(週3日が幼稚園で2日が施設、など)はあまりお勧めできません。そのお子さんの特性をじっくり吟味されて、どちらか一方だけにされる、もしくは、幼稚園メインで通所療育施設は外来で受ける、などの方が、お子さんが落ち着いた環境で学ぶことができると思います。日々の生活がわかりやすいこと、ある程度、日々の出来事が予測がつきやすいことが、お子さんにとっては一番だと思います。3歳ぐらいのときに、しっかり落ち着いた環境で取り組んでおくと、5歳ぐらいからの伸び方が大きく違ってくるようです。幼稚園も、療育施設もお子さんの健やかな成長を助ける「手段」です。大変でしょうが、ご両親、幼稚園の先生、療育施設の先生方とよく話し合われて、お子さんに合った、生活環境を整えてあげてください。
長文、失礼しましたm(__)m