6.パニックは無視すればいい?
療育のガイドなどでは、「正しいパニックへの対処法は、とにかくパニックを無視することです」と言われたりすることがあります。
行動療法において、「強化」の反対は「消去」であり(「罰」ではありません)、消去というのは行動に対して何も強化を与えないこと、つまり「無視すること」だから、無視していればパニックなどの問題行動は消去され起こらなくなっていく、という理屈です。
これは確かに正しいのですが、「パニックは無視すればいい」というメッセージは、多くの親御さんに、多分に誤解されて伝わっている気がしてなりません。
ですので、ここではっきりと書きたいと思います。
パニックは、無視する「だけ」では解決しません!
さらにもう1つ。
不用意にパニックを「無視する」というやり方は、かえって頑固な大パニックを定着させてしまうリスクさえあります。
これはもしかすると、パニック対処法に対する一部の「常識」をくつがえす主張かもしれません。
とはいっても、議論としてはそんなに難しいものではありません。当ブログではこの話題は既に何度も書いてはいるのですが、改めて繰り返したいと思います。
先に書いたとおり、パニックというのは何かしらの欲求や助けが必要な混乱状態を表現するための表現手法であると考えられます。つまり、子どもがパニックをしているときは、何かが欲しかったりサポートが必要なときだということです。
そして、多くの(パニック傾向の強い)自閉症児にとって、パニックを起こすことは唯一の「手持ちカード」、つまりそういった欲求やサポートを求めるための表現の仕方だ、ということが少なくありません。
だとすれば、それを無視すればどうなるでしょうか?
子どもは、求めているモノやサポートが受けられないばかりか、現に無視されているパニック以外の方法で、それを求める・表現する方法も知りません。
結局、どんなに無視されても、「手持ちのカード」はパニックしかないわけですから、ひたすら頑固に、より激しいパニックを続けるしかありません。なぜなら、「欲求」はどこにも消えてなくなってはいないわけですから。
そして、このような状況を親の側から見ると、「どんなに無視しても、パニックは収まるどころかひどくなるばかりだ」と映るでしょう。
そして、周りの目が気になったり子どもがかわいそうになったり、あるいは危険の回避といったことのために、激しくなる一方のパニックのどこかのタイミングで「根負け」して、子どもに構ってしまうという展開が起こってきます。
ところが、「無視を続けている過程で、ときどき構ってしまう」という反応の仕方をしてしまうと、これはもう行動理論では「消去」ではなく「部分強化」、つまり問題行動をむしろ起こりやすくする「強化」の一種である、と理解されます。
パニックと「部分強化」の関係については、これまでも当ブログで何度も書いてきましたが、自閉症児をもつ親御さんにとってはある意味「必須知識」だと思われますので、次回、改めて書いていきたいと思います。
(次回に続きます。)
「パニックは無視すればよい。」というのは、確かに書籍や、療育施設の資料などにもよく記載してありますね。私も、誤解している親御さんは多いと思います。私の好きな木村先生のご本のタイトルではありませんが、「パニックするのには、理由がある。」ということを、今一度、認識する必要がありますよね。次回からも期待しています。
運動会の件では妻のブログにもコメントをいただき、ありがとうございました。
パニックというのは、本当に扱うのがやっかいな行動ですね。
単純に抑えるのが難しいということよりも、そこにある子どものコミュニケーションの「芽」をどう社会的に許容される形に転換し、伸ばしていけるのか、そういった非常に深い戦略性を求められるところが「難しい」んだと思っています。