2007年09月24日

パニックを考える(7)

パニックへの対処法、の続きです。

5.パニックは認めればいい?

パニックを抑えるのが望ましくない、罰もだめだというなら、パニックを受け入れ、パニックした子どもに対してそのパニックが解消できるように積極的に働きかければいいのでしょうか?

もちろん、そうすべきではありません。

既に書いているとおり、パニックとは欲求その他を「社会的に受け入れられない形で」表現することなので、社会的に望ましくない行動です。もしそれを増やしてしまうことがあれば、それは子どもの社会適応を悪化させることを意味しています。
つまり、パニックを不用意に抑えたり罰したりするのも望ましくない一方で、(当たり前ですが)パニックを不用意に増やしてしまうことも望ましくない、ということです。

ところが、パニックが起こったときにそれを解消すべく「構ってやる」ことは、行動療法的に言って「パニックを強化する」ことにつながり、子どもがパニックを起こす頻度を高め、パニックを定着・維持させる結果を生んでしまいます。

より具体的にいえば、子どもがパニックを起こすと、周囲の大人がいろいろ動き出して、

・欲しいもの(食べ物、おもちゃ、好きな活動等)が手に入る
・注目される、構ってもらえる
・いやな状況(難しい課題、退屈な教室等)から逃げられる
・やめさせられようとしている「やりたいこと」を続けられる


といった「ごほうび」が手に入るような状況は、常にパニックが強化され、パニックがどんどん起こりやすくなり、かつ強固に定着していく、最悪の環境であると言わざるを得ません。

自閉症児にとって欲求を表現するただ1つのカードであるパニックが、オールマイティなジョーカーとして非常に役に立つ状況になれば、誰だってそれを頻雑に使うようになることは容易に理解されるでしょう。

単に注目される、構ってもらえるというだけでも、その子どもが普段おとなしく「いい子にしている」ときは誰も注目せず構ってもくれなくて、パニックするといろいろ構ってくれるという状況ができてしまうと(こういう状況は意外とよくあることです)、それだけでパニックが強化されてしまうことがあります。

「パニックに対して慌てて(事後的に)対応して、事態を収束させようとする」という行動パターンは、パニックを強化する悪循環を生む、ということは、行動療法を勉強している親御さんの間では常識になりつつあると思います。
この部分については、以前にも書いたことがありますので、そちらも参照ください。

(次回に続きます。)
posted by そらパパ at 21:14| Comment(5) | TrackBack(0) | 療育一般 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 JKLpapaです。ご無沙汰しています。
 コップのふたの件と、この記事を読んで思い出したことがありますので、書き込みます。
アスペの長男(現在小6)が、食事のときになかなか先に進まなかったり、小さいころならシクシク泣き出したりするときは、大抵、どうしても食べられないものがあるときでした。彼はアスペさんなので、発話できます。そこで、「お残ししてごめんなさい、といえばいいよ。」というルールにしたら、不適切行動がなくなりました。学校でも、先生に、どれだけなら食べられるかを本人に決めさせてもらって、その分だけは食べるように指導してもらいました。家でも、複数あるものなら本人にどれにするか・どれだけにするか決めさせます。
 今も「お残ししていい?」と聞くことがあります。本人の表情などを見ると、どうも出されたものを残すというのは、非常に耐えられないこと(理由がわからないのですが)のようです。目の前に見える・見えないということも、何か関係あるのかな?と思った次第です。実際、残したい、減らして欲しいもの(お弁当の漬物など)は、「パパ、取って!」と、目の前から消したがりますから(笑)
Posted by JKLpapa at 2007年09月25日 14:51
JKLpapaさん、こんにちは。

食べているものを途中で残す、というのは、当ブログの「一般化障害仮説」の中で触れている「非線形分離課題」に属するような気がしています。

つまり、「出された食べ物は基本的には残してはいけないが、本当に辛いときは残してもいい」という「微妙な例外」の含まれている、自閉症児にとっては難易度の高い課題になっているんじゃないかな、ということです。

私も娘を見ていて、「出されたら飲まなきゃいけない、空の状態にしなければいけない」と強く強迫的に考えているという印象をもっています。

だから、例えばフタだとか、JKLpapaさんのおっしゃるような「目新しいセリフ」といった、まったく別のルールを持ち込んで、それを使えば「残してもいい」という、構造化された分かりやすい仕組みを作ってあげることが必要なんじゃないかな、と思っているわけです。
Posted by そらパパ at 2007年09月26日 22:30
JKLpapaです。早速のコメントありがとうございます。なるほど、非線形分離課題だと考えると、理解できそうだし、また対策も打てそうですね。我が家の場合、長男はある程度の知能を持ち、コミュニケーションができますので、出来るだけ自分で選択できるものは自分で選択するようにさせています。結局、「自分で選択する」ことは、自分で自分の環境(ニッチ)を構造化していることだと思います。これから中学に上がる彼には、大事なスキルだと考えています。それとあとは、たくさんのソーシャルスキルをパターン化して覚えてもらうしかありません・・・。がんばって欲しいものです。
Posted by JKLpapa at 2007年09月27日 13:40
こんにちは。ちょっと記事の内容とはそれてしまいますが、コメントの流れから、書き込ませていただきました。

ウチの子も、戸や窓の開けっ放しは嫌いで、夏の暑い時に網戸にしていたら、網戸を全開するか、窓を完全に閉めるかで、中途半端を嫌がりますし、
おもちゃ箱の中身を、全部出してしまって空にするか、片付けるなら、一つ残らず全部片付けてしまわないと気が済まないし、
食べ物など、口に入っている物は出してはいけないと思っているようで、痰や鼻水もどうしても出せません。

こういったことの全ては、樹は完璧主義だからとか思っていましたが、(それでは全然説明にはなってませんが・・・笑)実は、「非線形分離課題」だから、そうしてしまうんだなぁと、改めて納得しました。(気付くのが遅すぎですが。笑)

この例外を分かってもらうには、全く別なパターンの事例として、丸覚えしてもらうのがいいんですね。かなりの時間がかかることですが・・・
でも、タイミングよく行けば、案外すんなりできる時もありますし、(実際、歯みがきの後のうがいで、口から水を出すことはできるようになりました。)根気良く取り組むことと、そらパパさんのコップのフタのように、いいアイディアを工夫してあげるということも、とっても大事なことですよね!
いろいろな意味での「構造化」は、自閉症児にとって、本当に必要なことですよね!
Posted by いっくんママ at 2007年09月28日 13:05
JKLpapaさん、いっくんママさん、

コメントありがとうございます。

こういった自閉症児の困難が、本当に「期待される行動の『非線形分離課題性』」だけで説明しきれるのかということを突き詰めると、まだまだ議論の余地はあるだろうと思いますが、とりあえず私たち親が子どもを理解するための分かりやすい道筋は提供してくれるのではないだろうかと思っています。

そして、同じ論法で説明するならば、確かに、TEACCHでいう「構造化」とは、環境の「非線形分離課題性」を意図的に下げていき、自閉症児にとって理解しやすい環境を作っていく働きかけである、といえると思います。

ところで、余談ですが、いっくんママさんがいみじくも指摘されたように、「何でもかっちりやる」という行動の理由を「完璧主義だから」と説明して、逆に「完璧主義とは?」を説明するときに「何でもかっちりやる性格のこと」とやってしまうと、これは実は「同語反復(トートロジー)」なのですね。
行動主義以外の自閉症論には、こういった同語反復で説明したような気分にさせられてしまう(でも実は何も説明が深まっていない)議論がよく出てきます。私たちはそういった議論に煙に巻かれないように気をつけなければならないですね。

Posted by そらパパ at 2007年09月29日 00:09
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