2007年07月23日

自閉っ子におけるモンダイな想像力(ブックレビュー)

これはなかなか面白い。

  


自閉っ子におけるモンダイな想像力
著:ニキ リンコ
花風社

はじめに
想像力がちょっと弱いと、何が起きる?
「お名前は?」
「ご住所とお名前は?」
クイズ、なぞなぞ、知育テスト
カレンダーを捨てに
想像力がちょっと弱いと、何が起きる?2
モンダイな想像力と心配ごと
うそって何?
嘘つきネズミの告白する、前科の数々
書きはじめたはいいけれど……
「ゼロ日坊主」の罠
子どもと同じ
梅毒かと思った
「途中経過」の発見

花風社の「自閉っ子」シリーズ、最近はすこし説教くさいというか、若干政治色のようなものを感じる著作が多かったのですが、今回は久しぶりのクリーンヒット、だと思います。

本書は、同じく花風社の既刊、「自閉っ子、こういう風にできてます!」、「俺ルール!」に続く、アスペルガー症候群の翻訳家、ニキ・リンコさんが自ら語る、自閉症者(自閉っ子)の独特の認知の世界に関するエッセイです。

1冊めの「自閉っ子・・・」は主として自閉症者の感覚・知覚の特異性について、2冊めの「俺ルール!」では主に自閉症者の思考パターンについて書かれていました。
そして、以前のレビューでも書いたとおり、「俺ルール!」については、議論がかなり散漫で1冊目との重複も多く、少ないボリュームを無理に水増ししているようにも感じられ、あまりおすすめできる仕上がりではないというのが率直な印象でした。

実は本書も、ボリューム的には「俺ルール!」とほぼ同じ、かつこれら2冊と内容がかぶる部分も少なくないのですが、今回は焦点がはっきり絞られていてポイントが明確になっているため、私たちに「新しい視点」を提供してくれる本として評価できるものになっています。

その「新しい視点」とは、タイトルにもあるとおり、「自閉症者の想像力の障害」とはなにか、です。
著名なイギリスの自閉症研究者であるローナ・ウィングの提唱する、いわゆる「三つ組の障害」の3つ目に「想像力の障害」というものがありますが、著者は本書の冒頭で、「自閉症者の『想像力の障害』とは、単に『想像力の貧困』ということでは絶対にない!」と強調します。
そうではなくて、想像力を世俗の役に立てるのが苦手(本書ママ)なのだ、というのが著者の主張なのです。

そして、本書を読み進めていくと、著者の主張する「自閉症者の想像力の障害」とは、現に直面している問題に対して、過去の経験をうまく変形させた上であてはめ、対応する能力に問題があることを指しているのだということに気が付いてきます。

・・・あれ? この議論、何だか前に違うところで散々やった記憶が・・・

そうでした。
自閉症という障害が起こる仕組みについて当ブログで考えてきた「一般化障害仮説」で議論していたことが、ほとんど重なっているのです。
例えば、この回この回で書いているように、自閉症の障害の本質とは、個々の経験の蓄積からうまく将来に向かって適用できるような「一般化されたルール・知恵」を獲得することができず、そのために環境との相互作用に失敗することにあると、私は考えています。
本書では、そのような問題が、かなり知的に高いレベルで生じるとどんなことが起こるか、まさにそのさまざまな例が紹介されているのだと私には感じられました。

具体的に言えば、(著者が説明する)自閉症者の想像力のモンダイとして、

・ことばや社会のきまりにはあいまいさや不正確さやいい加減さがある、ということが理解できず、常にあらゆることばを字義どおり解釈し、正しい・間違いという二分法で理解しようとするような思考パターンがある。

・そのようなやり方でしか社会を理解しないので、自分自身の中にも「多義性やあいまいさを許容するような適応ルール」が育たない。そのために、現に直面する問題について、それを多面的に理解・解釈することができず、誤った思い込みで不適切な行動をとることが多い。

・多面的に解釈できないので、そもそもある結果に対するさまざまな原因の可能性について、それが起こる確率の大小から、最も「確からしい」原因を推測することもできない。


といったこと指摘されています。

詳しく説明すると長くなりすぎてしまいそうなのでかいつまんで説明すると、これらはいずれも、高度な非線形分離課題(参照 1, 2を解くことの失敗であると理解できます。また、これらのトラブルの多くが、「一般化障害仮説」において、アスペルガー症候群の場合に起こりやすい一般化の失敗として紹介している「過剰な適応」(拙著「自閉症」では呼び名を「過多なルール結合」に変えています)による誤ったルール化によって起こっているように感じられました。

さらに、著者自身は必ずしも自覚的でないように見えますが、本書の後半あたりの内容を読んでいると、やはり、高い知能を持った著者にあっても、いわゆる「心の理論」を使って他人の行動や心理を理解しようという「戦略」はあまり取っていないらしく、さらには自分自身に「心」や「自由意志」があるという確信もそれほど強くないように思われます。

いずれにせよ、「一般化障害仮説」を踏まえて読んでみると、著者自身が理解し、説明している「モンダイな想像力」の仕組み・構造をさらに超えて、かなり違った解釈によってそれぞれの「モンダイ」を読み解いていくという、非常に刺激的な読書体験をすることができました。

「自閉っ子、こういう風にできてます!」を面白いと思った方には絶対に楽しめると思いますし(これは普通の読み方)、さらに、拙著当ブログにて「一般化障害仮説」をご存知の方には、全然違った楽しみ方(読み方)ができる本だと思います。おすすめです。

※その他のブックレビューはこちら
posted by そらパパ at 21:00| Comment(3) | TrackBack(0) | 理論・知見 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>自分自身に「心」や「自由意志」があるという確信

自閉症は極端な自己中心性と誤解されることが多いように思います
しかし本当は自己中心で他者がいないのではなく「自分がいない」のではと思うのです
定型発達者が自分は確固たる心を持っている(と思い込める)のはなぜなのでしょう
心は自分の中だけにあるのではなく本来「環境に拡がって」いるのでは
Posted by 雨野カエラ at 2007年07月25日 23:13
私も、この本はすごい!と思いました。
書いていることはちょっと面白おかしくかいているし字体も大きいのでおちゃらけた本かな。と思いましたが、
内容はとても深いです。彼らの独特な思考のパターンを改めて教えてくれる本だと思います。
発達障害に関わっている方は必読かも。。
と思いました。


Posted by クローバー at 2007年07月26日 20:42
雨野カエラさん、こんにちは。

デカルト的な、「自分の心」と「その他の世界」との間に明確な境界線を引く立場とは異なるところに、自閉症者の心のあり方はあるのではないか、そしてそのあり方のヒントとなるのが、ギブソン理論を哲学的に解釈した「環境に広がる心」という考え方なのではないかというのが、以前ご紹介した河野哲也氏の「環境に拡がる心」の主張です。
今回の記事も、その河野氏の立場を念頭に置いて書いたところがあります。

http://soramame-shiki.seesaa.net/article/17953504.html

おっしゃるとおり、デカルト的な「狭い心」の先入観を取り去って、「環境に拡がる心」という概念を持つことが、自閉症者の心を理解するときの出発点になるのでは?と私も考えています。


クローバーさん、こんにちは。

この本は、この本単独で読むのではなくて、いろいろな自閉症に関する理解をふまえて読むと、非常に多くのことを考えさせられるように思います。
ですから、この本を買われた方は、まず一読して、それからさまざまな自閉症の本を読んだ後に、改めてもう一度読んでみると面白いんじゃないかな、と思います。きっと新しい発見があると思います。
Posted by そらパパ at 2007年07月26日 22:43
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