子どもが自閉症かもしれない!どうしよう!という親御さんへのアドバイスはこちら
孫が自閉症らしい、どうしたら?という祖父母の方へのアドバイスはこちら

fortop.gif当ブログの全体像を知るには、こちらをご覧ください。
←時間の構造化に役立つ電子タイマー製作キットです。
PECS等に使える絵カード用テンプレートを公開しています。
自閉症関連のブックレビューも多数掲載しています。

花風社・浅見淳子社長との経緯についてはこちらでまとめています。

2007年06月18日 [ Mon ]

カラオケとユニバーサルデザイン

妻のブログでも触れられていましたが、先日、会社を有給で休んだときに、(昼間ではありましたが)夫婦のストレス解消のためにカラオケに遊びに行きました。

私自身、カラオケボックスに行って本格的に歌うというのは長らくご無沙汰だったのですが、つい最近、会社の帰りに気のあった同僚と久しぶりにカラオケボックスで歌ってみたところ、新鮮な楽しさがありました。
そこで、これはいいストレス解消になると思って、子どもを幼稚園に任せている間に妻と一緒に1時間ほど遊びに行ってみたというわけです。

そして、カラオケ自体はもちろん楽しかったのですが、それ以外に、自閉症児の療育にも関連するちょっとした「気づき」がありました

これも妻のブログで少し触れられていましたが、今回遊びに行ったカラオケボックスでは、歌いたい曲を入力するための方法が、弁当箱くらいの大きさのタッチパネルだけになっていました。
定番の(と少なくとも私は思っている)分厚い「曲目の本」は置いていなかったので、曲を入れるためにはどうしてもこのタッチパネル端末を操作するしかありません。

ところがこのタッチパネル端末が、非常に使いづらいのです!

私の場合、「曲目の本」から曲を検索するときの大雑把な手順は、「歌手別一覧」のページをぱらぱらとめくって、歌える曲がありそうな歌手を見つけ、その歌手の曲を全体的に眺めながら、その日の気分で歌いたい曲(かつ歌える曲)を選ぶ、といったものです。

ところが、これをタッチパネル端末でやろうとすると、

1.最初に歌手名をピンポイントで入れなければならない。ぱらぱらと眺めながら、「どんな歌手がいたっけ?」と検索することが不可能。

2.歌手名を決めても、今度は曲名が1ページあたりわずか8曲程度しか表示されず、ちょっと持ち歌の多い歌手だとすぐに10ページとか20ページになり、一覧性が皆無。

3.さらに、歌いだしの情報が曲を選んだあとにしか表示されず、「歌いだしをぱらぱらと見ながら曲を思い出す」ということがまったく不可能。

4.そして、「やっぱり別の歌手にしよう」と思うと、最初まで戻ってやり直さなければならない!


ということで、普段なら簡単に決められるはずの「次に歌う曲」が、なかなか決められずに苦労するという経験をしました。
(先に書いた「最近同僚と歌ったカラオケボックス」では、本の曲目リストがちゃんと置いてあったので、今回のような問題はなかったのです。)

これは、単に私が年を取って新しい「タッチパネル端末」に順応できていない、ということではないと思います(そう信じたいです(笑))。

そうではなく、店にとって差し替えが不要だというメリットを優先させた「タッチパネル端末のみを置く」というやり方が、客の側から見たときの曲検索の性質をまったく異質なものに変えてしまっている、ということだと思うのです。

これは、心理学的には、記憶の引き出し方が「再認」か「再生」かという違いだといえます。

例えば、「歴代総理大臣を知っているだけ書き出してください」と言われて書ける人数はどのくらいでしょうか? 私はそんなに多くは書けません。(タイプ1=再生)

ところが、歴代総理大臣をやっている人とやっていない人を適度に混ぜたリストを見せながら、「このなかで総理大臣をやったことのある人を指摘してください」と言われれば、指摘できる人数はかなりのものになるのではないでしょうか。少なくとも「思い出して書き出して下さい」といわれた場合に比べれば、はるかに多い人数を「総理大臣経験者だ」と思い出せるでしょう。(タイプ2=再認)

上記の例でわかるとおり、再認はヒトの記憶にとって比較的やさしい課題であり、再生と比べるとはるかに多くの事象を「思い出す」ことができます。(参考HP

ここまで書けばもうお分かりだと思いますが、カラオケボックスで「曲目の本」が「タッチパネル端末」に変わってしまったことは、単に曲の検索の仕方が変わったということにとどまらず、私たちの脳が行なう記憶の引き出し方が、易しい「再認」から、難しい「再生」に変わってしまったということになるのです。言い換えれば、タッチパネル端末は、「曲目本」と比較して、私たちの脳の情報処理の仕組みにフィットしないのです。

この、見た目には小さな、でも本質的には非常に大きな「変化」によって、カラオケボックスで「選べる・歌える曲」は、何となく「再認」で思い出せる曲ではなく、ピンポイントで曲名まで「再生」できるごく一部の曲に限られてしまいます。その結果、歌う曲のバリエーションが貧弱になり、さらにはカラオケ自体の楽しさまで減殺してしまうことになるでしょう。

カラオケ産業が斜陽産業化して久しいですが、コストダウンと「目新しさ」を狙ってこんな使いづらくて私たちの認知過程を無視したタッチパネル端末なんか導入しているようでは、この先もあまり明るくないんじゃないでしょうか。

・・・なんてことを思っていたら、突如気が付きました。

これって、自閉症の療育で考えるべきことそのものじゃないか!と。

つまり、こういうことです。

1.自閉症児の脳の情報処理は、私たちとは異なっていると考えられます。

2.そして、その脳では、「ことば」や「見通し」といったものを理解する仕組みがうまく働きません。

3.その結果として、環境と相互作用して「世界を広げていく」ことが難しくなります。そのため、自閉症児にとっての「世界の広がり」は貧困なものに留まってしまうでしょう。

4.この問題を解決するには、カラオケの曲検索において、より脳がうまく働く「再認」という情報処理ができるように「曲目本」を採用するのと同様、自閉症児の脳が得意とするような「カスタマイズした道具・環境」を提供することが必要です。

5.それこそが、現在のシリーズ記事で書いている「環境への働きかけ」であり、あるいはTEACCHでいう「視覚化」などの「構造化」なのではないでしょうか。


今回、私自身が(そして妻も)、自分の脳が不得意な情報処理をせざるをえない状況になったとき、いかに「世界」が狭められ、貧困になるかということを実感しました。
その実感を、自閉症児が抱えている困難のありようにつなげて考えることで、私たちが行なっている療育的働きかけの「意義」を、改めてリアルに再認識できた気がしたのです。

タッチパネル端末のみ、という環境であっても、カラオケが大好きで、好きな曲名がピンポイントで思い出せる、あるいは「今月の新曲」「人気曲ベスト10」といった曲ばかり歌う人にとっては、それほど不便は感じないのかもしれません。
でも、そういう「カラオケのコアユーザー」を前提として構築された「環境」は、カラオケのライトユーザーである私たちにとっては、著しく使いにくく、「世界が狭くなる」ような厳しい環境になってしまいました。
同じように、「私たち」にとって、当たり前だから、普通に便利だからという理由でそのままになっている「環境」は、自閉症児にとってはとても使いにくく、「世界が狭くなる」ような厳しい環境である可能性が高いのです。

私たち、あるいは自閉症児のように特別なニーズを持った人たちの認知特性に配慮した道具や環境のあり方を整備すること(カラオケで「曲目の本」を置くこと、あるいは自閉症児の療育に構造化などを導入すること)は、一言で言えば「ユニバーサルデザイン」と呼べるでしょう。
今回のカラオケの件では、自閉症児の「環境への相互作用力」を最大限に発揮させるために、ユニバーサルデザインがいかに大切かということを改めて感じさせてくれました。

・・・それにしても、療育のことを一瞬忘れようと思ったカラオケで、また療育のことを考えてしまいました。これはこれで困ったものです(笑)。

posted by そらパパ at 21:25 はてなブックマーク | コメント(11) | トラックバック(1) | 日々の話
この記事へのコメント
うわぁ、すばらしい分析。

私もカラオケは5年ほど行っていないです。
5年以上も日本にいないと、レパートリーに
ギャップがあり、今更人前では歌えないのです...
(音痴だからではないですよ!念のため)
Posted by 塩田玲子 at 2007年06月19日 04:57
JKLpapaです。お疲れ様です。
うんうん、確かにそのとおりですね。ユニバーサルデザインって、以外と簡単だったり、さりげないものだったりしますよね(ちょっとしたランチョンマットだったり、シャンプー容器のイボイボだったり)。自閉症って、極端な個性とも取れるので、自閉症向けのデザインって、みんなが使いやすい、まさにユニバーサルデザインなんでしょうね。
そういえば、ずいぶんと歌ってないです、私も。
以上
Posted by JKLpapa at 2007年06月19日 10:28
塩田さん、JKLpapaさん、

コメントありがとうございます。
カラオケボックスのタッチパネル端末というのは、確か記憶によればずいぶん昔からあったと思いますが、今回のように「タッチパネル端末だけ」というのは、初めての経験でした。
で、記事に書いたような経験をしたわけです。

自閉症療育の話もそうなのですが、カラオケそのものについても、カラオケボックスのオーナーの方とか機材のメーカーの方には、もう少し心理学とかデザインのこととか勉強してもらいたいな、と思いました。(^^)
Posted by そらパパ at 2007年06月19日 22:43
たとえが悪くて申しわけないですが、
このコメントさせていただく際にも
同様なことを考えてしまいます。

実は、そらパパさんのブログを含め、
Seesaaのブログのコメントを載せようとすると、
アクセス拒否といったエラーがでることがあるのです。

私のPCでは、IE(InternetExplora)では
エラー発生し、書きこめません。
NetscapeならOKなのに...
IEのバージョンが古いからかな?

他のブログは、IEで問題なく記載可能なので、
Seesaaのブログには、何らかの機能制約されているのでしょう。

問題が発生しても少数派の意見って、
大抵 『そんなはずは...』でかたずけられますよね。
世の中の目線が、少数派の問題にも
向けられるようになるといいですね。
Posted by 五合庵 at 2007年06月20日 05:22
五合庵さん、こんにちは。

そうですか、Seesaaと古いIEは相性が悪いのですね。
もしかすると、Seesaaで使われているJavaScriptと(古いIEではJavaScriptとの互換性が低かった)JScriptとの間で不整合が起こっているのかもしれませんね。

確かに、今回のカラオケの件では、自らが「情報弱者」というか、弱い少数派の立場になったときの厳しさというものを実感しました。こういう感覚を、療育にも生かしていきたいと思います。
Posted by そらパパ at 2007年06月21日 23:08
JavaScript...そのとおりだと思います。
私はプログラマーなので、この用語が療育関係のブログで見られるなんて!
と心が踊ってしまいました。

話がずれて申しわけないですが、コンピュータと人間の脳機能に
今回の件を結びつけて、私の得意分野でちょっとコメントさせていただきます。

今回、IEで書きこみできなかった。(何度トライしても...)
人間で言うと、言葉でのコミュニケーション苦手な人の状態で、
パニックになってしまいます。

それが、Netscapeでは書きこみできると分かると、
ブログへのコミュニケーションの輪に自然に入れるようになった。
(もう好きかってに記載しまくり...)
これを人間の世界で置きかえると、イラスト等のコミュニケーション手段に
おきかえることで、社会に不自由なく適応できた。と言えるのではと考えます。

相性の悪い手段に固執しないで、得意分野でのコミュニケーション手段を
模索し、まずは皆の輪に入らせること。
PECSといった療育手段は、まさにそれに該当すると思います。

最後にこのコメント記載中に下記本を思い出しましたので紹介させていただきます。

書名:鉄腕アトムと晋平君(ロボット研究の進化と自閉症児の発達)
著者:渡部 信一

※ほんと好き勝手に記載しまくりで...、すみません。
Posted by 五合庵 at 2007年06月23日 05:32
お久しぶりです。
先日、大学の近くのの障害者スポーツ交流センターを訪問して、ユニバーサルデザインとは、何気ない工夫が大切なのだと職員の方に聞きました。実際にいろいろ見せてもらいましたが、弱視の方が見やすい黒いまな板、その他様々な工夫をされた食器類が印象的でした。

カラオケは大学に入って2回行っていますね……最近いれいろと遊んでばかりです(もちろん、授業はサボりませんよ!!)。
Posted by えり at 2007年06月23日 08:51
初めまして。養護学校2年の自閉症児8歳を持つ母親です。
いつも楽しく拝見しております。

今回のお話、とっても興味深くて
何かの月刊誌にエッセイとして載せて世間一般の方に広く読んでもらいたい・・なんて思ってしまいました。
タッチパネル端末「だけ」というのは私も未経験だなあ。あれが唄いたい!ってはっきりしてないとそれはかなりストレスでしょうね・・パラパラ見ながら思い出すんですもんね。
Posted by とこママ at 2007年06月23日 15:04
五合庵さん、

私も昔はアマチュアでプログラムを書いていて、JavaScriptでゲームを作ったりもしていたので、昔のIEがJavaScriptまわりが非常に貧弱だったのはよく覚えています。

ちなみに、「鉄腕アトムと晋平君」については、過去にレビュー記事を書いています。(否定的なものですが・・・)

http://soramame-shiki.seesaa.net/article/27054745.html
http://soramame-shiki.seesaa.net/article/27087961.html


えりさん、

学生生活、順調なようですね。
社会人になると改めて感じますが、大学時代を「振り返ってみて」思い出すのは、意外と遊びよりも勉強だったりします。
遊びと勉強、両方充実させて頑張ってください!


とこママさん、

はじめまして。コメントありがとうございます。
タッチパネル端末しかないというのは本当にストレスがたまる状況でした。
極端にいえば、携帯電話のネット機能で着メロを検索するような、そんなレベルですから・・・。1曲選ぶのに数分かかるなんていうのはざらでした。
Posted by そらパパ at 2007年06月24日 18:37
お久しぶりです。そらまめママさんのお友達です。

うーん・・・タッチパネルの操作ですか・・・
実はそらパパさんのようなお話しを聞いたことがないんです。
私も『移動介護』の仕事で発語のないような知的障害児・者のケアで、
カラオケを行うことがありますが
(意外と多いので、コレはコレで、ビックリ!!でしたし、人生観も変わりました。)
現場から、そのような声は挙がっていません。かなーり、重度のお子さんでも平気で操作しているのです。

まあ、『コダワリ』で、歌う曲が決まっているからかも知れませんね・・・
Posted by 姐さん at 2007年10月08日 22:26
姐さんさん(変な言い方ですみません)、こんにちは。

カラオケのタッチパネルの件については、障害をもった方ではなくて、私たち自身の問題として書かせていただいたつもりですが、逆に障害をもった方から意見が出ないというのは注目すべきポイントなのかもしれませんね。

可能性としては、タッチパネルでない選曲の便利さを知らないのか、タッチパネルを不便だと思ってもそれが「端末がタッチパネルだから」だという気づきに至らないのか、あるいは、それらの方の特性として、タッチパネルとそうでない場合で選曲の難易度が(私たちとは違って)あまり変わらないのか、どれかなのではないかと思います。
もしも最後のケースだとすれば、知的に障害を持った方の認知のしかたを探るヒントになっている可能性もありますね。
Posted by そらパパ at 2007年10月09日 23:01


コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※コメントはブログオーナーの確認後に表示されます。中傷的内容は掲載しません。
※コメントされた内容の著作権はブログオーナーに帰属します。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/44968870
※トラックバックはブログオーナーの確認後に表示されます。

この記事へのトラックバック

カラオケと自己決定
Excerpt:  そらパパさんのブログで『カラオケとユニバーサルデザイン』というおもしろい記事が
Weblog: 特別支援教育:jun_takaharaの個人的覚え書き
Tracked: 2007-06-23 21:00

書籍ベストセラー