ことばの発達が気になる子どもの相談室―コミュニケーションの土台をつくる関わりと支援
村上由美
明石書店
第1の部屋 ことばの遅れってどういうこと?
2歳を過ぎてもことばを話しません。
3歳を過ぎても文章を話しません。 ほか
第2の部屋 ことばを通して社会性を育てる
何度言ってもこちらの言うことを聞いてくれません。
落ち着きがありません。 ほか
第3の部屋 ことばのコミュニケーション能力を育てる
保育園(幼稚園)のことを質問しても答えられません。
質問しても不適切な返答をします。 ほか
第4の部屋 家庭でできることをすこしずつ
「たくさんことばをかけてください」って、どうすればいいの?
好き嫌いが多いです。「様子を見ましょう」と言われますが…。 ほか
著者の村上さんとTwitter経由で別件で資料等のご相談をさせていただいた際に、あわせて献本いただきました。ありがとうございます。
本書は、お子さんの成長にともなって生じてくる「ことばの発達についての遅れ・偏り」などの心配ごとについて、言語聴覚士である著者が具体的な対応法などのアドバイスを提供してくれる、親御さん向けの指南書といった位置づけの本になっています。
本書は「第○の部屋」という名前のついた4つの章にわけられており、大ざっぱに整理すると、
第1の部屋:子どもの「ことばの発達」についての解説と、その遅れや問題についてのアドバイス
第2の部屋:子どもの「社会性の発達」についての解説と、その遅れや問題についてのアドバイス
第3の部屋:子どもの「コミュニケーションの発達」についての解説と、その遅れや問題についてのアドバイス
第4の部屋:「療育」について、専門家をどう利用するか・家庭での療育をどう進めればいいかについてのアドバイス
といった内容になっています。
また、発達段階について本書の守備範囲は「一歳半検診〜就学前」あたりになっており、中でも保育園や幼稚園など「最初の社会的スキル」を求められる場面であらわになってくる、ことばや社会性の問題についてのアドバイスがその中心になっているといえるでしょう。
全体としては、発達障害のお子さんを育てる親御さん向けの、オーソドックスな啓蒙書・入門書です。
内容的に偏った部分がなく、極めて標準的でこれまでの学究的知見に沿ったものになっているため(言い換えれば、エビデンスのない代替療法や精神分析的な観念論とは無縁の内容になっているため)、安心して読みすすめることができます。
さて、そんないい意味でオーソドックスな本書ですが、一点、とてもユニークな点があります。
それは、著者であり言語聴覚士でもある村上さんご本人が、ことばの発達が遅く、「療育」を受けた経験もある、アスペルガー症候群当事者である、ということです。
そしてこのポイントが、そのまま本書の内容の特色につながっているように感じます。
本書は、四六判180ページ程度のモノクロの単行本です。
このくらいのボリュームで、発達障害について書かれた本というのはたくさんありますが、その多くは障害の概要に触れるにとどまっていたり、エッセイ風に療育の全体像や心構え的なものを語るようなものになっていることが多く、一言で言えば「内容が薄い」ものが多いように感じています。
それと比較すると、本書は少し読み始めただけで、「あ、これはちょっと違う」と感じます。
本書も、1つ1つの「相談」に対する回答は5ページ程度と、決して大きなボリュームが取られているわけではありませんが、その短い回答のなかで、出された「相談」の内容を解きほぐし、そのような問題が生じる原因や背景を説明し、そのうえでどのような対応をとっていけばいいのか、この「回答」部分が具体的かつロジカルで、納得して読み進められる内容になっているのです。言い換えれば、「内容が濃い」のです。
これはまさに、著者が「当事者」かつ「専門家」であることからくる強みなのではないでしょうか。
例えば、自閉症児の「指差し」の問題についてのアドバイスのなかに、こんなフレーズがあります。
指差しというのは不思議な行為です。たいていは指している人差し指と対象物の間には空間ができています。大半の人はこの空間の間に線が見えています。これは言葉のやり取りでも前提となるルールです。つまり私たちは自分と相手の間に目に見えないつながりがある、という前提ルールのもとで会話をしているのです。ですから指差しがわかるというのはコミュニケーションの土台となるルールに気づいている証拠のため重要なのです。(初版103ページ)
本書のなかでもわずか5行分でしかないこの文章のなかに、指差しの特徴、指差しとコミュニケーションの関係、それらをふまえた指差しという行為の(発達における)重要性がぎっちりと凝縮され、しかもとても論理的に説明されています。
この説明は、指差しについて、これまで読んだどの入門書よりも分かりやすいものになっていると感じますし、その先の療育にもスムーズにつながっていくすばらしい解説だと思います。
さて、実際に療育施設や発達支援センターに予約をとって相談に行き、受けられるアドバイスには、子どもの発達についての「一般論的な話」と、お子さん一人ひとりの個別の問題についての「個別論的な話」があると思いますが、このうち「一般論的な話」については、本書で概ね全体が網羅されているという印象を受けます。
ですから、施設やセンターに行って相談をする前に、こういった本で事前に勉強しておくことは、非常に意味があります。
これらの場所で相談する内容は、概ね、「発達全般に関する一般論」から始まり、「子どもに起こっている発達課題(悩みごと)についての一般論な説明」が続き、最後に「子どもの発達課題についてのより具体的な取り組みかた」という、最も個別的なところに進んでいくものです。
これを最初の最初からなぞっていくことになると、最後の「個別の取り組み」にたどりつくまでに何度も相談を繰り返さなければならず、なかなか予約の取れない相談先だと、それだけで無視できないくらいの時間を費やしてしまうことになります。
それに対して、こういった良質な入門書で事前に勉強しておけば、相談先の先生も「ああ、この親御さんなら基本的なことは教えなくても大丈夫だな」とすぐ気づきますので、ずっと短い時間で、私たちが本当に知りたい「悩みごとへの個別的な取り組み方法」についての相談に入ることができるでしょう。
繰り返しになりますが、本書は、ことば・社会性・コミュニケーションといった自閉症スペクトラム障害で問題になるポイントについて、とてもうまくコンパクトかつ論理的にまとめられており、実際にリアルで相談に行く前の「事前勉強」のためにとても役に立つ本になっていると思います。
ところで一方、(これは意図的にそうなっているのだと思いますが)ABAやTEACCH、PECS(絵カード療育)などの具体的な療育体系や技法については、本書には明示的にはほとんど出てきません(それらで使われている療育はいろいろ出てきますが)。
ですので、こういった具体的な「療育技法」について知りたい場合は、別の療育書で補う必要が当然出てきますが、その場合でも「最初の1歩」として本書のような「全体像」を知るための入門書から読み始めることは意味があると思います。