この本が、いわゆる「専門書をおかない大きめの一般書店の発達障害本コーナー」に置かれるタイプの、講談社の健康ライブラリーシリーズ(この本>と同じ)から出たことの意味ははかりしれません。
発達障害の子どもを伸ばす魔法の言葉かけ
講談社 健康ライブラリー
著:shizu
監修:平岩 幹男
はじめに
第1章 ABAを利用した言葉かけのすすめ
第2章 ABC分析で子どもに対するイライラを減らそう
第3章 ほめ上手になろう
第4章 遊びを通して親と子のいい関係を築く
第5章 叱るとき、指示を出すときの言葉かけ
第6章 子どもの問題行動への7つの対処法
第7章 子どもを伸ばす日常生活での言葉かけ
第8章 ABAを利用した働きかけを続けるための7つの鍵
第9章 子どもの療育にのぞむあなたに伝えたいこと
おわりに
おすすめの本やウェブサイト
これはすごい。
久しぶりにすごい。
手放しにすごい本だと言える本にはさすがに滅多に会えないものですが、これはそういう本だと言っていいと思います。
本書は、簡単にいうと、「言葉かけ」を中心にまとめた、家庭でのABA療育の入門書です。
そしてこの本は、これまでのABA本で、家庭の療育の教科書としては物足りないと私が感じていた部分をパーフェクトに近いレベルでカバーした、「家庭での療育のためのABA本」の決定版になっていると思います。
いま世に出ているABA本は、大きくわけて3つあると思います。
1)アカデミックな行動理論の説明が中心のもの。
2)模倣や発話など、認知スキルを系統的に訓練していく技法を説明したもの。
3)個別具体的な問題(問題行動)への対処の仕方を列挙したもの。
これらの本も、当然役に立ちます。
でも、私がなにより「あったらいいな」と思っていたのは、これらにもまして、次のようなカテゴリのABA本でした。
4)毎日の日常生活を「ABA的」に変えていくための方法を説明したもの。
私が、既存のABA本で物足りないと思っていた部分は、日常生活の80%以上を占めるであろう「特に深刻な問題の起こっていない場面」でどうABAを活用するかについて十分に説明したものがほとんどない、ということでした。
もっと簡単にいうと、「叱りかた」「問題行動のやめさせかた」「フォーマルトレーニングのしかた」ではなく、「ほめかた」「指示の出しかた」「毎日の生活のなかでの何気ないトレーニング(カジュアルトレーニング)のしかた」を中心に語るABAの本がほしかったのです。
「トレーニングのためのABA」「問題行動を解決するためのABA」ももちろん大事ですが、それは2番目・3番目に必要なABAだと思っていて、何より最初に必要なのは、「毎日の子育てスタイルを変えるためのABA」だろう、と思います。
トレーニングとか問題行動をやってる瞬間というのは、毎日の生活の一部でしかなく、仮にその部分でだけABAを使ったとしても、残りの大部分の「ふつうの日常生活」で効果的にABA的な働きかけが継続されなければ、その効果は限定的なものになってしまうと思います。
この本は、まさにそういう意味で「毎日の子育てをどう変えれば『ABA的子育て』になるのか」、その部分が非常に具体的かつ詳細に説明されています。
たとえば、「ほめかた」についてです。
ABAの子育ては、簡単に「ほめる子育て」と言われることも多いですが、私たちが常識的に考える「よくほめる」とは実際のところかなり趣きが異なります。
例えば、このケースなどはその典型的なものの1つでしょう。
「姿勢がいい」ことをほめる方法ですが、「姿勢をよくした瞬間」だけほめるのではなく、その後、姿勢がいい状態が続いている限り、しばらく時間をおくごとに継続してほめます。
これは、学習理論的にいうと、オペラント条件付けにおける「変時隔スケジュール(VI)」という強化スケジュールにもとづく強化を、実際の子育てに応用している例である、と説明することができます(実際にはこの本にはそんなことは書いていませんが)。
逆に、こういう「ABAならではのほめかた」が分からないと、姿勢をよくした瞬間だけほめ、その後はほめず、姿勢が悪くなったら叱る、という悪いサイクルにはまりがちですね。
要は、こういう「ちゃんと知識がないと身につかない、ABAならではの『ほめかた』」を日常的に使いこなせるようになることこそ「ABA的子育て本」で最初に学びたいことであって、本書はまさにその目的にぴったりとはまっています。
この本があれば、トレーニングとか問題行動対策だけでない、毎日の生活、毎日の子育てそのものを療育に変えるためのABAを学ぶことができます。
加えて、ABAの基礎になっている行動理論や、問題行動への対処法、発話のトレーニングといった要素も、初心者の方には十分な内容とボリュームで盛り込まれており、この1冊でABA入門書としてオールインワンになっていると言っていいと思います。
↑こちらは「スモールステップ」の考え方が解説されているページです。
しかも、上記の引用ページなどを見ても分かるとおり、2色刷りでイラストもたっぷりで非常に分かりやすく、文章も易しく簡潔です。(しかも、最初は見出しとマンガだけ読んでも十分です!)
価格も驚くほど良心的です。
これまで、「家庭療育のためのABAを学ぶための最初の1冊」に最適な本はこれ、となかなか言えるものがなかったのですが、これからは自信をもって、「家庭のABA療育を始めたいならまずこの本」と言うことができそうです。
文句なし、当ブログ殿堂入りです!
最後にいくつか補足事項と注意したいポイントを。
まず、本書のタイトルが「魔法の言葉かけ」となっているとおり、本書は基本的に「言葉かけ」によって子どもに指示を出す療育スタイルとなっており、子どもからの言葉による反応を求めるものも少なくありません。
ですので、知的障害が重く、ことばが理解できない、また発話のないお子さんの場合、本書をそのまま全部使うことはできません。
ただ、本書は「ほめたり指示を出したりといった日常生活」を題材にしていて、せいぜい一語文の理解や発話ができれば十分活用できる内容ですし、仮にそれができなくても、ABA療育がどういったものであるかを知るためには非常に参考になる本だと思います。
とはいえ、発話のないお子さんについては、発話トレーニングを先行して行うことが必要だろうとは思います。
発話トレーニング本としては、ハードなABA本と、ややオカルトな本、2冊をおすすめしておきます。
家庭で無理なく楽しくできるコミュニケーション課題30
著・編集:井上 雅彦、著:藤坂 龍司
学習研究社
(レビュー記事)
広汎性発達障害児への応用行動分析(フリーオペラント法)
著:佐久間 徹
二瓶社
(レビュー記事)
最後に1点、本書のやや気になる点ですが、巻末に掲載されている「参考文献」のバランスがあまり良くないように感じられます。
療育についてはハードで排他的な(要はロヴァース式の)ABAに偏っていること、ABA以外の有力技法であるTEACCH等の療育についてほぼ取り上げられていないこと、療育とあまり関係のない本が混ざっていること、一部の参考文献に、抱っこ法や特殊な食事療法など、エビデンスが疑わしい代替療法を取り上げているものがあるなど、文献のラインナップとしてはかなり疑問に感じるものが少なくありません。
個人的には、巻末の文献リストは参考にしないほうがよいように思われました。
この本はいいよね! 専門用語もさりげなく、無理なく解説されながら進んでいく。 :-) それでいて、索引が無い。索引が必要ないんですね。
本題じゃないけど、巻末の参考文献には意外性があって、目に留まりましたね。この手の本の参考文献は、教科書的な書籍と論文をリストしていることが多く、かつ一般人では入手困難、そして読む気にならないことが多いんです。それに比べこの本の「参考文献」は、『おすすめの本とウェブサイト』というタイトルで著者のshizuさんが進めている格好になっている。リスト的にはかなりの凸凹がありますが、このリストはいわゆる論文の最後にくるReferenceであって、この本を書くのに影響された文献だと考えれば、そういう本なんだということが良く分かるリストだと思います。
じゃ、またね。
コメントありがとうございます。
この本を読んで、我が家が療育にとりくんだわずか8年ほど前の状況を振り返ると、特にABAについては家庭療育のハードルが大幅に下がって、隔世の感があります。
PECSなんて市販の日本語の本が1冊もなくて、ペーパーバックを読んで自分で訳して使っているくらいでしたから…。
この本でABAを始められる親御さんは、その頃試行錯誤していた期間を2年くらすっとばして、ずっと早くより適切な子育てを始められるんじゃないかと思います。
それはとても幸運なことですね。
もちろん、だからといって療育は簡単なことではありませんが、最初から適切な方向を向いて取り組みを始められることは、とても有意義なことだと思います。
(エントリで書きましたが、私はこの本の参考文献・ウェブサイトリストは苦手です(^^;))
確かにすばらしい本だと思います。
理系で男の自分はともかく、妻にはABAの理論を理解して子育てに応用、実践してもらうのはなかなかハードルがあり、感情的に子供を怒ってしまうこともあったのですが、そういう時に私が「そういう言い方じゃなくてさぁ・・・」と言ってもこんどはこっちに怒りの矛先が向いてケンカの種になるだけで、うまくABAの基本を理解してもらうことができていませんでした。
この本はイラストと表題にざっと目を通すだけで言いたいことがほとんど伝わるので、妻でも読む気になり、また、内容も具体的なので理解しやすかったと思います。
この本自体が上手に構造化されているなぁという印象を受けました。
自閉症療育の現場に長年携わっていればこその工夫なのかもしれませんね。
コメントありがとうございます。
うちも、療育の本ってあまり妻とシェアしないのですが(難しい本は読んでくれないし…)、この本は久しぶりに妻にも読んでもらいました。
妻も「これはまんがになってたりするから分かりやすい」と、渡してすぐに読んでくれました。
理論と実践、両方にあかるくないと、こういう本はまとめられませんね。
とにかく、ABAに関わるあらゆる方にとって、読んで何か得るところのある本だと思います。
私が強調したかった点をそらぱぱさんにズバリ解説していただき、とても嬉しかったです。
ご指摘のように、TEACCHについて取り上げておりませんが、TEACCHも有効な療育法のひとつだと考えております。
次回2作目があるとしたら、その他の療育法についても少し触れることができたらと思います。
療育にあまり関係のない本が参考文献に混ざっているというご指摘ですが、特に子どもと一日中ふたりきりで過ごす母親にとっては、療育以外のメンタル面のフォローがとても大切だと考えております。
療育に直接関係のないような本は、母親の精神状態をやわらげる目的で掲載いたしました。
抱っこ法を取り上げている書籍については、抱っこ法より、末巻にあるABAプログラムとABAセラピーの様子が解説されている部分に注目していただきたいと思いました。
私は子どもを好きだと思えないときがありました。子どもとふたりきりで行き詰ったときに独学で抱っこ法も3回だけトライしたことがあります。
子どもをぎゅっと抱きしめ、子どもは大泣、親も大泣、その体験を通して、辛いのは親だけでなく、子どもも辛いのだと思うことができました。子どもをより愛おしいと思えたのです。
30分ほど親子で泣きはらした後、子どもが泣き止み、体の抵抗がなくなり、すっと私の体に密着してくれたときの感動は今でも覚えています。
子どもが好きだと思えなかったとき、
「私はこの子が好きだ」と思える経験をすることができました。その経験をしても、抱っこ法は独学3回トライで終了しました。
抱っこ法を勧めることも、否定をすることもしない立場です。
そらぱぱさんがお感じになられた視点も大切だと思います。色々な意見があっていいと思います。
とにかく、影響力の大きいそらぱぱさんに私の本を殿堂入りにしていただいたこと、とても嬉しく思います。
そらぱぱさんのブログ文章を私のブログへ一部転記し、リンクを張らせていただきたいと思っております。よろしくお願いいたします。
著者の方から直々のコメント、恐縮です。
この本はほんとに素晴らしいと思います。
家庭でのABAをある程度やりこんだあとで見ると、なおさら「最初からこういうのが欲しかったんだよなあ」と思える本だと思います。
最初からこの本で始められる人はラッキーですね。(^^)
そして、ことばかけ、といいつつも、我が家もそうですが必ずしもことばが発達していなくても、最小限の「やりとり」の関係が成立していれば応用して活用できるところもよくできていると思います。
巻末のリストについては、こういう本で紹介すると「全部を信じてしまう」方が少なくないように感じるので、批判的に読む必要がある本は紹介されてではなく「自分で見つけて」読むのがいいんじゃないか、というのが個人的な立場です。(が、もちろん別の立場を否定するものではありません。)
リンクや引用についてももちろんOKです。
よろしくお願いします!