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2014年03月17日 [ Mon ]

聲の形 第3巻(まんがレビュー)

やっと出ましたね。待望の新刊です。


聲の形 第3巻
大今良時
講談社 少年マガジンKC

当ブログでずっと追いかけているまんがの最新刊です。
これまでのストーリーについては、既に他の記事で何度も触れているので詳しくは繰り返しませんが、耳の聞こえない少女・西宮硝子と、彼女を無邪気にいじめてしまったことで運命が変わってしまった少年、石田将也とをめぐる物語です。
第1巻は将也と硝子の小学生時代の「いじめ」のエピソードが、第2巻では高校3年生になって将也と硝子が再会し、少しずつ新しい絆を作っていくエピソードが語られていました。


聲の形 第1巻・第2巻

第3巻では、将也と硝子以外の、小学校時代のクラスメートとの再会が描かれています。
もう少し具体的にいうと、第3巻は「佐原との再会編」、「植野との再会編」、そして最後に「とんでもない1話」(笑)という構成になっています。


まさに今日が発売日でした。さっそく買ってきましたよ。

なお、以下ネタバレになりますのでご注意下さい。

最初に登場するかつてのクラスメートの佐原とは、小学校時代、サポートの大変さからクラスで少しずつ孤立しつつあった硝子に対し、自らすすんでサポート役を買って出ようとしたところ、(同じく3巻の後半で登場してくる)植野を筆頭とするクラスメートから「偽善者」といじめられて不登校になってしまった少女です。



硝子は、佐原が不登校になった理由が自分にあったことに気づいており、ずっと責任を感じていたのでした。
第2巻で「硝子のために命を捧げる」とまで言い切った将也はそんな硝子の気持ちに応えるべく、何とか佐原を見つけ硝子と引き合わせることに成功します。

この出会いは、佐原、そして硝子にとっても、「小学校のときから止まっていた時間」を再び動き出させるきっかけになりました。

そして実は、二人の時間が動き出すことは、同時に将也にとっても「止まっていた時間」を動かすことに他ならなかったといえます。
将也は、硝子へのいじめを学級裁判で断罪されて以降、スクールカーストの最底辺にまで転落しいじめの被害者となりました。
その状況は中学に入っても続き、「人生には望んでも手に入らないものがたくさんある」とすべてを諦めた将也は、自ら孤立を選び、やがて自殺を決意しつつ最後の謝罪のため硝子に会いにいったわけです。

こう考えると、将也の時間もまた、小学校の頃に止まってしまったことに気づきます。
将也は、硝子と再会し、永束という友を得、そして佐原と硝子の再会に成功したことで、「止まっていた時間を再び動かす」ことの大きな意味と、その中で自分が果たせる役割について意識するようになっていったのでしょう。

そこに現れたのが、佐原をいじめて不登校にさせ、硝子を石田とともにいじめ、さらには石田が転落してからは手のひらを返して「いじめる側」に移った、ある意味「時間を止めた張本人」である植野でした。



この植野という存在は、この「聲の形」のなかでも決定的にユニークなものです。
基本的に、植野以外の主要な登場人物はすべて、いじめる=いじめられるの関係軸において「いじめられる」側の立場の人間、あるいはそちら側に寄り添う人間であるのに対して、植野だけは「常にいじめる側に立っていた/寄り添っていた」人間です。
そして、これは第3巻というよりその先の連載で明確になりますが、植野は、そういった「いじめる側の人間」として、自らは間違った言動はとっていないと考えており、その考えを高校生になっても崩していません。
それは言い換えると、「いじめられる側の人間」、つまり高校生になった将也・硝子・佐原・永束らがある部分で共有している「弱者の側のカルチャー、価値観」を否定的にとらえている、ということも意味します。
将也に対する特別な感情ゆえに、植野は植野で、硝子・将也をとりまく「弱者の側のコミュニティ」にあえて土足で踏み込まずにはいられない立場に立たされるのです。

一方、将也は、この植野を「止まっていた時間を再び動かす」ためのトリックスターとして呼び入れる選択を(結果的に)することになります。

これは物語にとっても決定的に重要な瞬間だったといえるでしょう。
そもそも、なぜ「時間はとまった」のか。
実は、石田でも植野でもなく、硝子こそが「時間を止めてしまった」側面はないのだろうか。
硝子がまとっていた「いつでも微笑むだけで感情を表に出さない」という、硬い硬い「殻」こそが、「時間」を止め、また、「時間を動き出させる」本当の鍵になるのではないだろうか。

もちろんこれは責任論ではなくて、運命の綾はどこにあったのか、あるのか、ということです。
いよいよ、これまでのレビューでも触れていたとおり、「硝子のまとっている(ある意味名誉健常者的な)硬い硬い殻を破る」ということが物語のメインテーマの1つである、ということが露わにされてきました。

それにしても、その「殻を破る」役割が、どうやら将也ではなく別の登場人物である植野になりそうだというのは、どんだけ将也ヘタレなんだよ、と読みながら思ってしまうわけですが(笑)。

ともあれ、植野の登場によって、安定しかけていた将也と硝子をめぐる世界はふたたびかき回され、波乱含みとなっていきます。
そしてそれが結果として、第3巻の最後を飾る、「とんでもない回」(第23話)につながっていくわけです。

この「とんでもない回」は、マガジン連載時にものすごい反響をまきおこし、それまで連載を読んでいなかった読者まで巻き込んで、(恐らく)このまんがの連載の読者を大幅に増やした伝説の神回です。
遠く夏目漱石まで登場してくる、この作品屈指の神回を、ぜひ堪能いただきたいと思います。

ちなみに今夜は、本書の発売を祝うかのような美しい十六夜(いざよい)です。

moon_20140317.jpg

なぜここに月の写真をアップするのか?
それはこの聲の形、第3巻を読んで確認して下さい。(^^)

補足:これまでおまけ的なものが載らなかった単行本ですが、今回は初期稿のラフイラストが4ページにわたって掲載されています。連載を読んでいる方もちょっと得な気分になれますね。

posted by そらパパ at 21:44 はてなブックマーク | コメント(0) | トラックバック(0) | そらまめ式
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