2007年07月02日

「環境への働きかけ」を再定義する(11)

社会適応の困難さ・容易さを決めるキーポイントの1つが「道具の使いこなし」にあるとすると、ここにもう1つの重要な「働きかけ」の余地があることに気が付きます。

もう一度ここまでの議論を整理してみます。

・同じ目的を達成するために使うことのできる「道具」は1つではない。
・「道具の使いこなし」が適応能力・生活の豊かさを決める重要な要素になる。
・療育の端的な目的は、子どもの適応能力・生活の豊かさを高めることにある。


もうお分かりだと思います。

自閉症児が直面している困難のうち、その困難さの源が具体的な何らかの「道具」の使いこなしの困難さにある場合は、その道具を使ったのと同じ目的を達成できる別の道具を開発・提供することで解決できる可能性があります。そしてそのような「新しい道具の提供」も、自閉症児に対する療育の重要な領域の1つなのです。(自閉症の困難の本質が、環境とのかかわりに失敗する点にある、ということを、改めて思い出してください!)

別の道具を作る、という療育アプローチの最たるものの1つが、絵カードによるコミュニケーション「PECS」をはじめとするAAC(代替・拡大コミュニケーション)です。
自閉症児にとって、音声言語としての「ことば」は、理解するのも、自らが使うのも難しい「道具」だといえます。
ここで、「『ことば』という(限定された)道具を使うこと」ではなく、「コミュニケーションという目的を達することだ」という視点の転換が出来れば、「ことば」ではない別の道具を使ってコミュニケーションを訓練する道があるはずだ、ということに気づくはずです。そのような療育アプローチを広く「AAC」と呼ぶわけですが、中でも自閉症児に特化したコミュニケーション療育技法として注目されているのが、当ブログでも何度も詳しく取り上げている「PECS」です。
PECSでは、使う「道具」こそ、「音声言語」から「絵カード」に変更されていますが、目の前にいる人と直接やりとりをして自分の意志を伝えるという「コミュニケーション」は全く同じように成り立っています。これは、紙とペンを使う代わりに電卓を使ってかけ算をやるのと同じだと言えます。

これは、先に紹介した、レストランでの食事を学習させるのに、あらゆる必要なスキルを子ども自身につけさせるアプローチと、レストランにお願いして簡単に食事ができるように取り計らってもらうというアプローチの違いにも似たところがあります。
「レストランにお願い」のアプローチが、それこそその日からすぐに子どもに「レストランで食事」という社会的資源の活用を実現させてくれるのと同様に、PECSを使えばうまくいけば開始して数日以内に対人コミュニケーションの第一歩を踏み出すことができます。子どもの療育では、「時は金なり」ということばは極めて大きな意味を持ちます。

私が、いわゆるABAによる音声模倣をベースとしたことばの訓練(しばしば非常に長い時間がかかります)と比較して、PECSを高く買っている最大の理由はこの効率性の高さにありますが、それは言い換えるならば、「コミュニケーションのノーマライゼーションをしている」ということなのです。

PECS以外にも、たとえばスケジュールを口頭で伝えるのではなく絵カードで表示するとか、社会の「暗黙のルール」のようなものを「暗黙」のままにしないで文書化・視覚化して繰り返し練習する「ソーシャル・ストーリー」なども、自閉症児の特性にあわせた「新しい道具の提供」だと言えると思います。

(次回に続きます。)
posted by そらパパ at 22:47| Comment(2) | TrackBack(0) | そらまめ式 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
そらぱぱさん、お久しぶりです。出版された本を読ませて頂き、そらぱぱさんがこのブログで発信してきた療育論やコンセプトを理解できた気がします。環境への働きかけが困難になっているという自閉症児の本質が理論的にすっきり理解できた気がします。
 例えが乱暴ですが、携帯電話は現在様々な機能を有して便利になっていますが、それも各地に設置されている基地局が整備されていて、その電波を正常にキャッチできてこそ初めてその機能を存分に生かせるわけで、これが出来ない携帯電話は通信機器として機能しなくなります。電波を正常にキャッチできない端末は精々中にインストールされているアプリで遊ぶか、また通信で初めて機能するソフトは誤作動したりするのが想像されます。なんとなく自閉症児の行動に似ているような・・・
このブログでよく取り上げているPECSですが、私の息子にも取り入れており、以前にかなりの問題行動を改善できたと書き込みをしたことがありました。
ただ、同時期に保育園に通うようになり、実はつい最近まで夜泣き、原因不明の癇癪がひどく続いておりました。療育施設等の様に障害者向けの構造化がされていない通常の保育園に預けるのはやはり敷居が高かったようです。5日前くらいから突然というくらいに落ち着いて、機嫌も良くなってきたのですが、本当にこれで良かったのか悩んでいます。
スモールスッテプでシンプルな環境である程度までスキルを伸ばしてあげずに健常児と一緒の環境にいきなり放り込むのは無謀な気がしますが、一方で普段子供と長く過ごしている母親にも休息は必要で、保育園を療育施設のように変えるのも困難なことですから、今後保育園の先生方とも話し合いの場を取りたいと考えております。療育センターがそのまま保育園の機能を有してくれたらいいのになあと思ってしまいますが、なかなか実現は難しいでしょうね。
Posted by やまお at 2007年07月04日 21:53
やまおさん、こんにちは。

そうですね、今回の記事で触れている「環境への働きかけ」なども含めて、拙著がいろいろなことを考えるきっかけになれれば嬉しく思います。

妻のブログで具体的な話が出ていますが、うちの娘も、構造化されていない幼稚園での毎日にはストレスがたまっているようです。
幸い、あまり引きずらない?のが娘の強みで、家に帰ってくればけろっとして楽しく遊んでいますが、娘は娘なりに苦労しているんだろうな、と思います。
そしてそんなときは、やまおさんも検討されているとおり、ただ現状をなげくだけでなく、可能な限りその「現状」に介入して、娘にとってのニッチを広げていけるように働きかけるのが、親としてやらなければならないことなんじゃないだろうか、と考えています。(それは簡単なことではないですが・・・)

子どものQOL向上のために、お互いに頑張りましょう!
Posted by そらパパ at 2007年07月05日 21:09
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