2013年07月15日

NOといえる(ようになる)療育 (9)

このシリーズ記事、後半は、「しない」ということば(拒否の意思表示)を活用したコミュニケーションがなぜ「難しい」のかについて、さまざまな角度から考察しています。

前回、「しない」ということばの「難しさ」の要素の1つとして、「しない」の対象になっている行為を「しない」と考えることができるようになるためには、その行為を「する」という経験を繰り返していなければならない、という一種のパラドックスについて書きました。

今回からは、そこからさらに一歩進んで、よりテクニカルかつ重要な点について考えていきたいと思います。

いままで、いろいろな行為を「する」(やりたい)というコミュニケーションだけを教えてきて、そこから新しく、「しない」(やりたくない)というコミュニケーションを教えようとするとき、重要なポイントは、

「しない」を教えた結果として、「する」を表現できなくなってしまっては無意味。

ということです。

つまり、「しない」を教えるというのは、「する」を卒業して、「しない」だけになればいいというわけではなくて、今までどおり「する」(やりたい)というコミュニケーションができるうえに、さらに「しない」(やりたくない)というコミュニケーションが「追加で」できるようにならなければまったく意味がない、ということです。

これを読んで、実際に自閉症のお子さんを育てている(支援されている)方は思い当たるところがあるでしょう。
自閉症のお子さんは、何か新しいことを教えると、それまでできていたことができなくなってしまうことが多々あります
我が家でも、娘の療育で、これでどれだけ苦労してきたかわかりません(^^;)。

ですから、「しない」のコミュニケーションを教えるときに、もっとも気を使わなければならないことの1つは、「する」(やりたい)というコミュニケーションが消えないようにする、ということです。
もっと端的にいえば、ある行為について「しない」(やりたくない)を教えるとき、「しない」のほうばかりを教え続けるのではなくて、同じ行為について「する」(やりたい)というコミュニケーションも適宜織り交ぜて教えてあげるようにしなければならない、ということです。

ということはつまり、前回と繰り返しになりますが、「しない」を教える対象となる行為は、「やりたい」ときと「やりたくない」ときがそれぞれ一定以上の頻度で現れる、「やりたいときもあればやりたくないときもある」という行為でなければならないことになります。

この条件を満たす行為は、けっこう限られていますよね。

その最も端的な行為は「排泄」だと思いますが、これはこれで、「排泄の自覚とコントロール」という、トイレトレーニングの別の要素がからんでくるので、そう簡単に「しない」を教える行為として採用することはできなかったりします。

「水を飲む」なんていうのは、ある程度条件を満たすかもしれません。(でも、水をそもそも飲まないお子さんだと無理ですよね。)

ともあれ、しっかりふだんの生活を観察して、お子さんごとにカスタマイズされた「『しない』を教えるのにふさわしい行為」を選んで、「しない」(やりたくない)と「する」(やりたい)をバランスよく同時に教えていくことが必要になってくるわけです。

これは、ABAでいうところの「分化強化学習」になるわけですが、ここでまた別の「難しい問題」が表れてきます。(いや、ほんとに「しない」は難しいんですよ。(^^;))

(次回に続きます。)
posted by そらパパ at 21:40| Comment(3) | TrackBack(0) | 娘の話 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 ええ!むずかしいです!
 一年前、ムスメは、食事もトイレも風呂も起床も着替えも全部{しない!}になりました。
 死ぬって…。言葉通りにおつきあいせず、ああ、言葉に振り回されてるのね、と、自閉症療育パターン(TEACCH中心、ちょっとABA)で乗り切りました。後から振り返ると、食事などの生存に重要なことをABAの強化子に使わない、という配慮を先に知っていたことも、地味にグッドでした。デザートやおやつなら、言葉に振り回されても、{できなく}なってたいへんなことになりません。
 いわゆるイヤイヤ期のレベルと明らかに違う、危険な難しいシーズンでした。TEACCH介入をしていくと、一見退行ですしね。従順から意志ある人間に、・・・成長なのですが。
 ま、普通の子のイヤイヤ期を未体験なので、わかりませんが、これだけで、面白い本がかけそうです。むずかしいは、おもしろい!
 
Posted by しまなみ at 2013年07月16日 14:57
しまなみさん、

コメントありがとうございます。

「しない」という意思表示ができることは、間違いなくすばらしいことですが、多くの場合、あるシチュエーションで子どもに「しない」と言われることは、大人にとって都合が悪かったりすることも事実ですよね(^^;)。

まあ、我が家でも、どうしてもやってもらわなければならないことは、たとえ「しない」と言ってきても無理にでもやらせますが、そんなときでも、「やりなさい!」「しない!」という口論ができるのは、子どもの成長の証だよなあ…としみじみと思います。
Posted by そらパパ at 2013年07月23日 22:49
 PECSが得意なのは、道路標識のような表示ですね。青信号赤信号とか、ここは40Kmとか、歩行者専用とか。その場その場ではっきりと提示できます。だから即時性があり、リラックスしたコミュニケーションの基礎になります。(複雑さ、我慢はコミュニケーションの初歩を阻害します。)
 一方、道路標識には、メタなDon’tが溢れているのに、PECSが対象とするひとたちには、それを[内から発する]こと自体が大きな課題であることも、興味深いです。
 ここまで40KM(この先は60km可能)みたいな標識に使われている表現も、Don'Tです。
 この大きなステップを意識した療育がすすめられると、互いのコミュニケーションの質が上がるだけでなく、思春期問題や、自立にも、足掛かりになっていくかな、と思います。
 定型でも、{NO}の調節が、つきつめれば自我の獲得になる時期です。ええ、口論できる幸せが(^^)
Posted by しまなみ at 2013年07月25日 14:45
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