実は、このような考え方は、これまで何度か触れてきたギブソンの「生態学的心理学」、より俗っぽくいえば「アフォーダンス理論」から自然な形で導かれるものです。
ギブソン理論によれば、私たちが周囲の環境を知覚するやり方は、少し昔の認知心理学が考えていたような「間接知覚」ではありません。
そうではなく、環境との過去の相互作用によって発見され記憶されたさまざまな「環境要素の意味、価値」が、同じような環境におかれたときにダイレクトに知覚されるのです。
今回の議論につながるように別の角度から説明すると、私たちの環境に対する関わりかたというのは、環境についての情報が脳内にコピーされて「バーチャル世界」が作られ、さらにそのバーチャル世界に対する脳の反応が筋肉を動かして環境に働きかける、というような脳内の仮想世界を介した間接的なものではなく、環境と直接相互作用するという経験によって環境のさまざまな「意味」や「価値」を学習し、その学習内容を必要に応じて(別の機会にも)直接活用するというより直接的なものである、ということです。ギブソン理論から説明される脳の役割とは「ヒトの身体と環境との相互作用に対する調整機能」であって、バーチャル世界を構築してそれを(間接的に)操作することではないのです。
ここで出てきた「環境のさまざまな『意味』や『価値』」のことを、ギブソン理論ではアフォーダンスと呼びます(多少厳密さには欠ける定義ですが)。つまり、私たちの発達の過程とは、環境のさまざまなアフォーダンスを学習し利用できるようになる過程であり、私たちが「能力」とか「スキル」と呼んでいるのはアフォーダンスを知覚し利用する力であり、私たちに知覚される環境とは、アフォーダンスに満ち溢れた世界なのです。
ひるがえって、自閉症という障害について考えてみます。
これまで当ブログでも書いてきましたが、現象面から自閉症という障害を一言で説明するとすれば、それは「環境との相互作用能力の障害」である、と私は考えています。さらにその原因となる脳の情報処理における障害のモデルが、「一般化障害仮説」です。つまり、
①脳の情報処理における「一般化能力」の弱さによって、
②脳が環境からの雑多な入力の中から環境に適切に働きかけるためのルールを見つけることに失敗することで、
③環境との相互作用能力に著しい障害が生じ、←今回の議論はここ
④いわゆる「三つ組の障害」をはじめとする具体的な症状が現出する。
ということです。
次回以降は、今回の視点から、自閉症という障害をどうとらえ、そこから、広い意味での「療育」とはどうあるべきなのかを考えていきたいと思います。
※参考図書
ギブソンのアフォーダンス理論を学ぶためにおすすめできる本は、例えば次のものです。
(関連記事 1, 2, 3, 4)
アフォーダンス―新しい認知の理論
著:佐々木 正人
岩波科学ライブラリー
知性はどこに生まれるか―ダーウィンとアフォーダンス
著:佐々木 正人
講談社現代新書JEUNESSE
エコロジカルな心の哲学―ギブソンの実在論から
著:河野 哲也
勁草書房 双書エニグマ
(次回に続きます。)
思いが交錯しながら、楽しく読ませていただいてます。
さて、私が心がけている 「環境への働きかけ」 に関連した
2冊の書籍を紹介させてください。
書名:わかりやすさの本質,条例のある街
著者:野沢和弘
今回のシリーズ記事、原稿はようやくだいたい最後まで書き終えました。
現時点では、記事数は全部で12回分になる予定です。
のんびり続けていきますので、よろしければお付き合いください。
いつも見させてもらっています。
以前、金沢大学医学部小児科の新井田先生が「自閉症ってなんだろうー脳科学が解き明かす自閉性障害の正体ー」という講演をされました。たぶん、脳の配線が違っていますよということだったと思います。
そらまめさんの記事を読んでいて、なんとなく思い出したので、書いてみました。失礼します。
確かに、自閉症というのを脳科学から説明する1つの言い方として「配線が違っている」という表現は正しいのではないかと思います。
私は、その「配線の違い」というのを、もっと踏み込んで具体的にどんな脳のネットワークの違いなんだろうかということに興味があります。(その1つのアイデアが、「一般化障害仮説」です。)
これからもよろしくお願いします。