メリットの法則――行動分析学・実践編
著:奥田 健次
集英社新書
まえがき
第1章 その行動をするのはなぜ?
1.実用的な心理学
2.奇声をあげるアキラくん
奇声をあげたら、お母さんと離れ離れに/通常学級に入学したアキラくん
陥りがちな「循環論」の罠/原因を「行動随伴性」で考える
3.身近な例で考える行動分析学
すぐに弱音を吐くタカシさん/「甘えているから」では、問題は解決しない
第2章 行動に影響を与えるメカニズム(基本形)
1.原因と結果を「真逆」に考える
「症状」と「行動」は異なる
2.行動とは何か?
「試験勉強」「破壊行為」は具体的でない
行動の前に原因がある「レスポンデント行動」
3.行動を強める「強化」の原理(基本形)
「好子」出現の強化/「嫌子」消失の強化
4.行動を弱める弱化の原理(基本形)
嫌子出現の弱化/好子消失の弱化
5.四つの行動原理で、あらゆる行動を説明する
第3章 行動がエスカレートしたり、叱られても直らないのはなぜ?
1.行動の直後に何が起こったのか注目せよ
2.なぜダイエットが難しいのか
3.行動が消えてしまうメカニズム(消去の原理)
恋に敗れて、行動が消去される
4.とても大切な消去の原理
5.社会生活に重大な変化を及ぼす「強化スケジュール」
6.強すぎる消去抵抗、消去バースト
消去の連続に耐える
7.叱られても止められないのはなぜ?(回復の原理)
失敗はこうして繰り返す
8.「アメとムチ」という発想を捨てよう
「ムチ」の副作用
第4章 行動に影響を与えるメカニズム(応用形)
1.日常の行動はもっと複雑
人間の行動をより深く理解するために
2.行動を強める強化の原理(応用形)
嫌子出現「阻止」の強化/嫌な思いをしないために
好子消失「阻止」の強化/持ち物が増えると悩みが増える
3.行動を弱める弱化の原理(応用形)
嫌子消失「阻止」の弱化/好子出現「阻止」の弱化
「じっとしている」は死人にもできる
4.阻止の随伴性に伴うリスク
5.強迫性障害を形成するメカニズム
不安を引き起こす刺激を与え続ける/刺激を自動的にシャットアウトする
6.阻止の強化による強迫性障害
7.エクスポージャーを行動分析学でとらえ直す
不安を減らそうとしてはいけない
第5章 行動は見た目よりも機能が大事
1.行動の機能は四つしかない
物や活動が得られる/注目が得られる/逃避・回避できる/感覚が得られる
2.同じ行動のように見えるが同じ行動ではない、という落とし穴
機能の重複
3.家庭での問題から(不登校の連鎖、そして回復へ)
3兄弟の不登校/不登校を支える行動随伴性/学校に行かない兄は「かわいそう」
“心の中身"は不毛な議論
4.ウソを簡単に見抜く方法
(1)学校を休むと家で遊べる(物や活動)
(2)母親と一緒にいられる(注目)
(3)学校に嫌なことがある(逃避・回避)
(4)機能が複合している場合、シフトしていく場合
5.てんびんの法則
家庭で過ごす理由/おのずと学校に行く確率を高める方法
6.奇声をあげる男の子
7.嘔吐を繰り返す女の子
8.リストカットがやめられない女子学生
第6章 日常にありふれた行動も
1.トークンエコノミー法
トークンエコノミー法とは何か/お店がポイントカードを作る理由
視覚的な達成感/トークンエコノミー法は「さじ加減」が決め手
手応えのある仕事/トークンエコノミー法のバリエーション
不登校と「そもそも」論/「ワクワク感」を大事にしよう
ポイントを減点するレスポンスコスト
2.FTスケジュール
ニューヨークでのこと/「わんこそば」方式/強度行動障害者の施設において
その日のうちに現れる明確な効果/迷信行動/迷信行動とエクスポージャー
3.“任意の努力"を目指して
「したからやる」行動随伴性を
あとがき
参考文献
ABA界?では知らない人がいないであろう有名人、奥田先生の新刊です。
当ブログでも、何冊かの奥田先生の本を過去にレビューしており、その中で下記の2冊は「殿堂入り」させています。
叱りゼロで「自分からやる子」に育てる本(レビュー記事)
自閉症児のための明るい療育相談室ー親と教師のための楽しいABA講座(レビュー記事)
さて、そんなわけで今回の本ですが、かなりかっちりした「教科書」的内容のABA本になっています。
「好子」「嫌子」、それぞれの出現と消失による強化・弱化、そして「消去」といったABA(行動分析学)の基本中の基本となる概念の説明から始まり、それらに基づいたさまざまな具体的な実践技法がコンパクトに紹介された本です。
私がこの本を読んでいて、特に興味深く感じたのは以下の3点です。
まず1点目は、本書では、行動分析学の理論の説明だけでなく、「ヒトの行動の因果関係についての考え方を抜本的に転換することが、行動分析学の理解のためには不可欠である」という話が繰り返し登場することです。
行動分析学を一般の人が正しく理解することは、簡単なようで難しいことのようである。どうもそれは、原因と結果を考えるときの時間の流れが、通常のわれわれの生活で考えるモノの見方と「真逆」だからであろう。通常のわれわれの生活では、結果の前に原因がある。(中略)だから、ある行動が起きる理由について考えるとき、人はその行動の前に何が起きたのかを考えようとしてしまう。
ところがヒトや動物の行動の原因について考えるときは「真逆」に見なければならないのである。つまり、その行動がなぜ起きるのかについての理由を考えるよりも、その行動の結果として何が起きたのかを考えなければならないのだ。(諸般28~29ページ)
↑こちらは、上記引用部分に続く部分です。体の中にある「原因」が、表に見える「症状」を引き起こす、という「医学モデル」を紹介し、この医学モデルによって「行動」の原因を理解しようとすることは誤りである、という話が続いていきます。
行動の原因を医学モデルで説明することが、なぜ間違いなのでしょうか?
それは、「そのように説明すると、即座に「循環論」になってしまう」からです。
さて、なぜアキラくんは奇声をあげていたのだろうか。(中略)よく聞かされる説明としては、「興奮状態が高まったから」とか「欲求不満が高まった」というものがあろう。しかし、こうした説明には大きな欠陥がある。「循環論」になってしまうのだ。「奇声をどうして頻発するんだ?」、「興奮状態が高まったからだろう」。「興奮状態が高まったらどうなるの?」、「奇声をあげるだろう」。こんな説明は実用的と言えるだろうか?
循環論ほど役に立たない議論はないのに、世間は循環論を愛しているかのように思われる。(諸般16~17ページ)
「精神が幼い」とか「甘え」とか、それらの類はすべて循環論となる。(初版22ページ)
一般の人は、こういう出来事を「トラウマがあるから青信号でも横断歩道を渡れない」と言いたがる傾向がある。行動随伴性の特徴は、記述概念(ビデオカメラで確認できる事実)だけを使う。「トラウマ」のような概念は、事実に対するレッテルにすぎないので、行動の原因として考えるのは”虎や馬”やなどというより”馬鹿馬鹿しい”ものである。(初版48ページ)
最後の引用などは、奥田節全開ですね(笑)。
こういう、奥田先生らしい痛快な断定が随所に見られるのも、間違いなく本書の魅力の1つです。
さて、そして2点目のポイントですが、ABAの入門書の体裁をとりつつも、実はけっこう専門的で新しい内容が含まれている、ということです。
その最たるものの1つが「阻止の随伴性」です。
これは、言語の発達によってより高次の認知が可能なヒトならではの随伴性で、好子や嫌子の出現・消失の随伴性が生じることを「阻止する」ようなメタレベルの随伴性によって起こる強化や弱化(難しい(笑))のことです。
この阻止の随伴性について、2×2のマトリックスで整理して詳しく紹介した本は、一般向けのABAの本としてはおそらく初めてなんじゃないかと思います。
↑阻止の随伴性のマトリックス。
また、これ以外にも、強迫性障害を暴露法(エクスポージャー)によって治療する働きかけを、この「阻止の随伴性」を使って説明したり、「FT(fixed time)スケジュール」を活用した介入によって、深刻な行動障害(障害の重い人が暴れたりする問題)を即座に解決するケーススタディなど、「入門書」の枠を大きくはみ出した、本書ならではの(かなり専門的な)内容がたくさん詰め込まれており、ABAの本をかなり読み込んでいる方でも、本書からは新しい発見が得られるのではないかと思います。
そして最後に3点目ですが、本書が、自閉症の療育に対して、実例も豊富で、かなり実践的な内容になっている、という点があげられます。
まず、いきなり第1章でとりあげられているのは、「奇声を発する自閉症のアキラくん」のケースです。
そして、第5章では不登校の問題が、第6章ではトークンエコノミー(いわゆるポイント制度)が紹介され、どれも単なるエピソードの紹介にとどまらない応用的、実践的内容となっています。
さらに、第6章の後半では、「FTスケジュール」を活用して、障害の重い人の攻撃行動や、重い自閉症の人の強いこだわりによる行動障害など、「手に負えないような難問」に、新しいABAの視点から解決のヒントを提供する内容になっています。
個人的には、特にこの第6章の後半、FTスケジュールの話題には感銘を受けました。
久しぶりに、「実際の娘への日々の療育に応用できそうな、これまで活用したことのない新しい技法」を知ることができた印象です。
そんなわけで、ABAの考え方から実際の介入方法まで、コンパクトな新書サイズでABAの全体像+実践を学ぶことができ、ありきたりの教科書的内容ではなく、斬新かつ専門的な内容にまで踏み込んでいるだけでなく、随所に「奥田節」が現れてマニアも納得(笑)のこの1冊、これはABAを学ぶ人や療育にかかわる方、すべてにとって有益なものになっていると確信します。
文句なし、久しぶりの新たな「殿堂入り本」の登場です!!
※ちなみに、この本は、同じ集英社新書の既刊「行動分析学入門 ―ヒトの行動の思いがけない理由」と一緒に読むと、強化・弱化・好子・嫌子などの用語も、本書と共通になっていることもあり、さらにABAへの理解が深まると思います。こちらも、殿堂入りしている素晴らしい本です。
行動分析学入門 ―ヒトの行動の思いがけない理由(レビュー記事)
著:杉山 尚子
集英社新書
※おまけの話題
上記の本の写真を見て気づかれた方もいると思いますが、最近は買った本はぜんぶ一旦電子書籍化して、それからスマホなどで通勤中に読んでいます。
こんな風に裁断して、ドキュメントスキャナで読んでいます。
スマホでは、「Perfect Viewer」というアプリで読んでいます。
紙の本の電子書籍化(いわゆる「自炊」)については、私が別に書いているガジェットブログの記事を参考にしていただければと思います。
※その他のブックレビューについてはこちら。
アドバイス、良書があれば、教えて頂きたいです。ブログ、よ~く拝見させて頂きます。
コメントありがとうございます。
この本は、たとえば「家庭で実施する」といった前提を必ずしもおかずに、割と「無造作に放り投げる」ようにいろいろなテクニックを提示している本であるような気がしています。
FTみたいなのは、本当にこんなのを家庭で実施して、困難な問題行動を解消できるんだろうか?と不思議な感じはしますよね。
ただ、よくよく考えてみると、「パニックしているときにかまう(=強化子を与える)んじゃなくて、おとなしくしているときにかまってあげましょう」という、ABA的にはよく言われるメッセージも、このFTと通じるものがあるようにも思えてきたりします。
ともあれ、この本は具体的なことはあまりかかれていないので、考えるヒントと位置づけて活用するのがいいんじゃないかと思います。
何とか救いたい子、その家族がいます。力になりたい。…本を読んでいる場合ではない、とも言えます。愛知県、特に三河地区に、「専門的な療育」の相談できるところ、ないものでしょうか。色々当ったんですが、「病院へ」「大変ですね」相談できても、答えが一つも返ってこないのです。
とにかく、勉強して力をつけます。本ページを拝見します。ご存じのことで、一助でも頂けたら幸いです。
コメントありがとうございます。
「パニックしていないときにこそ強化する」というのは、ABAを学んでいくなかで最初に出会う「驚きの対応法」の1つなんじゃないかと思います。
それと、何かしてあげたいご家族がいらっしゃるとのこと、お気持ちお察しします。
とはいえ、あくまでも第三者ですから、できることは限られますよね。
私は愛知県の療育事情には詳しくなく、お力になれず申し訳ありませんが、うまく「しっかりかかわってくれる支援者」が見つかることをお祈りさせていただきます。
ABAなどの療育活動を学び合う、家族会のようなものに出会うことができました。ずいぶん焦っていましたが、とにかく冷静になって、コツコツと協力し合うことしか、今はできないのかな、と感じています。
お話ができる方との出会いに感謝。でもこれから真剣に向き合って行きたいと思います。そして、「驚きの対応法」の出会いも、また楽しいです。ありがとうございました。
これからも拝見していきます。よろしくお願いします。
コメントありがとうございました。
いろいろ前進があったようで、嬉しく思います。
実際、私もそうでしたが、いろいろと動いてみると意外と多くの出会いや支援があったりして、想像していた以上にできることが広がっていったりするものだと思います。
これからもよろしくお願いします!