プロチチ 第1巻、第2巻
イブニングKC
逢坂 みえこ
今日はひさしぶりにマンガのレビューです。
雑誌「イブニング」に掲載中のマンガですが、先日、単行本の第2巻が出たので、早速購入して読んでみました。
作者の逢坂みえこさんといえば、レディースコミック全盛期に数多くの作品をリリースしていたことが記憶に残る漫画家です。
90年代前半頃に「ヤングユー」を愛読していた(笑)私としては、逢坂みえこさんといえば「ベル・エポック」です。
ベル・エポック
ヤングユーコミックス
逢坂みえこ
(左から、単行本全巻(中古)、文庫本第1巻、文庫本全巻(中古)です。)
この「ベル・エポック」というマンガは、アイドル雑誌の編集部で働くヒロインと、彼女をとりまく人たちの仕事と恋愛を描いた作品で、基本的にすべて1話完結型の短編集的構成になっています。(そういえば、ヤングユーって、もともと連載作品を含めて「全作品読みきり」というのをウリにしていましたね。どうでもいい豆知識ですが(笑))
いま読むと、たった10年ほどしかたっていないマンガなのに、生活観や価値観などに少し時代を感じさせるところがあったりして驚きますが(それだけ、この10年~15年くらいの間に、日本が貧しくなったんだなあと思います)、内容的にはさすがの安定感と面白さです。「プロチチ」つながりで読んでみても面白いと思います。
・・・さて、少し話が脱線しましたが、実はそれほど「脱線」でもなかったりもします。
というのは、「ベル・エポック」でも今回の「プロチチ」でも、登場人物や舞台こそ違え、扱われているテーマはほとんど同じなんじゃないか、と感じているからです。
それは、
・仕事とプライベートとの葛藤であり、
・それを解決するための「周囲の理解と支援」であり、
・その「理解と支援」の双方向性(一方的に支援される関係なのではなく、互いが互いに支えらあい、助けられあう関係性)です。
そういった視点から読み解くなら、「プロチチ」は、21世紀版の「ベル・エポック」である、と言えるんじゃないかと思います。
「ベル・エポック」では、ヒロインである綺麗は、殺人的に多忙な雑誌の編集部でキャリアを重ねることと、恋人である音無との関係を深めていくことの間で葛藤し続けます。
そんな中で、会社の同僚や関係者、友人からの支援を受けてなんとかそれらを両立させていくわけですが、一方で、綺麗自身も周囲から頼られ、多くの人の葛藤を理解し、支える存在として描かれます。
「女性がキャリアと恋愛と家庭、すべてに前向きにぶつかっていって、双方向的な理解と支援の関係を周囲と作っていくことで、すべてを手に入れるサクセスストーリー」、これが、「ベル・エポック」のストーリーの中核です。
これ、要は「男社会のなかで頑張る女性」っていう話なわけですから、今となるとちょっとテーマとしては古い感じですよね。
かつて隆盛をきわめたレディースコミックでは、キャリアと恋愛の両立、というのは超王道のテーマでした。そういったテーマへのリアリティと共感性が失われていったことと、レディースコミックの衰退は、間違いなく軌を一にしたものでしょう。
では、「いま」リアリティのある舞台設定とは、何でしょうか?
それに対する逢坂みえこさんからの答えが、この「プロチチ」なんだ、と私は感じます。
つまり、「コミュニケーション力こそが社会で生きるための決定的スキル」という「コミュ社会」が急速に台頭する現代のなかで、そのコミュニケーション力に困難のある(つまり社会的弱者としての)ASDの人が、仕事とプライベートとの葛藤のなかで、社会の中に役割、アイデンティティを確立していくための挑戦、それを描いたのが、この「プロチチ」なんだと思うわけです。
主人公の直は、周囲とのコミュニケーションがうまくいかず、大学を優秀な成績で卒業したにも関わらず、職場で孤立し職を転々としていきます。
一方、ヒロインの花歩は、結婚式の二次会で偶然出会った直の実直さにひかれ、直と結婚し、子どもをもうけます。
そして、子どもが生まれ、育児休暇を終えた花歩が職場復帰し、失業中だった直が「専業主夫」となって一人で育児をすることになった日に、たまたまネットから自分がアスペルガー症候群という発達障害であることを「発見」する、そこからこの「プロチチ」の第1話は始まります。
このまんがを読んでいて、いろいろ思うところがあります。
主人公は社会性の困難から、あらゆる場面で失敗を繰り返し、まさにピンチの連続です。
そんななか、マンガのなかでは、それらの失敗が致命的なものになる前に、周囲の理解や支え、あるいは偶然の事件などによってぎりぎりのところで切り抜けて、なんとかハッピーエンドになる場面がしばしば出てきます。
特に、第2巻のストーリーの中心となっている、バイト先の書店の店長などは、まさにそういう「ピンチをハッピーエンドに変えてくれるような理解ある存在」の典型でしょう。
↑バイト先の書店の店長が、パニックを起こす主人公・直に対し「困っています、助けて下さい」という「魔法の言葉」を教えるシーン。
でもそれが、少し引いて見たときに「奇跡に近いような偶然」に見えてしまうのが、ある意味とても切ない。
世知辛い今のご時世に、職場で、ここまで広い心をもって、失敗を許容し、アルバイトの主人公が仕事に自信を持てるようになるまでじっくり待って育ててくれる、そんな環境が手に入る「確率」がどのくらいあるのだろうか。
そして何より、周囲に誤解されまくり、「甲斐性」もない、主人公の良さに気づき、人生を共にしようと考えてくれるようなパートナーを見つけられる「確率」はどうだろう。
私は「ベル・エポック」を、「バブルの頃に、きっとあちこちに転がっていたよくあるサクセスストーリー」として読んでいましたが、この「プロチチ」については、「コミュ社会である現代に、必死に探したらどこかで見つかるかもしれない、奇跡のようなサクセスストーリー」として読んでいる私がいます。
いい話です、本当に。
男性漫画誌で、仕事よりも育児の側に重心をおいてストーリーを展開するというバランス感覚も、いま、このタイミングでASDを取り上げるという時代感覚も、素晴らしいものがあると思います。
多くの方に、読んでいただきたい本です。
でも同時に、その「奇跡のようなストーリー」に、切なくなる作品でもあります。
きっと、この「プロチチ」の示す方向に、未来があると信じて。
私も読みおわりました。コミックとして、読ませるなあ~巧みだなあ~、と思った後に来るのは、おっしゃるような『切なさ』ですね。確かにこんな奇跡は、そんなに起こらないだろう。けれど、もっとささやかな「ラッキー」はあるかも知れない。あってほしい。今度、一般の方向けの講演頼まれたから、その時も紹介してみようかな。それと、関わる当事者の子ども達には、この「魔法の言葉」を伝える事に、改めてがんばろうと思いました。はい。
ご無沙汰してます。
コメントありがとうございます。
そうですね。
このマンガは、フィクションとして割り切って「楽しく」読むのか、もしかしたら現実にあるかもしれない「奇跡の物語」として読むのか、それも含めて、いろいろ考えさせられますね。
でも、いろんな方に読んでいただきたいマンガだと思いました。