皮膚感覚の不思議
山口 創
講談社ブルーバックス
第1章 触れる!
第2章 痛い!
第3章 痒い!
第4章 くすぐったい!
第5章 気持ちよい!
第6章 皮膚感覚と心
この本にはだまされました。
「皮膚感覚が『心』を育てる!」という帯の文句、アフォーダンス理論の「アクティブ・タッチ」の紹介、そして、名前だけは知っていても実物はどんなものか分からなかったテンプル・グランディン女史の発明した「締め付け機」の紹介などが載っていて、感覚統合療法にもページが割かれていることから、「新しい(より科学的な)感覚統合理論が載っているのかも」と期待して買ったのですが・・・
アクティブ・タッチの解説については、いかにも古めかしい、モジュールで構成された情報処理システムの中を「感覚情報」が流れていくというモデルが紹介されていて、いきなり読む気をかなりそがれました。(どうにも古くさいと思ったら、案の定、紹介されているモジュール・モデルの出展は1974年のものでした。脳が関わる情報処理モデルで30年以上も前のものというのは・・・もう既に価値がないのと同じでしょう。)
また、痒みに関する章では、それまで実験心理学の本のつもりで読んでいたのに、いきなり「ストレスを原因とする痒みは、親に対する不満が抑圧されて、それが自分への攻撃として現われるのだ」という、こちらはなんと70年以上も前の精神分析的理論を紹介して、「これ以上の原因解明はまだなされていない」と逃げてしまっていたりします。(逃げるなら最初から書かないほうがいいと思いますが・・・)
そして極めつけは自閉症に関する部分。
なんとこの本は、プロの心理学者が2006年に書いているにも関わらず、大学生が「自分の殻に閉じこもって他人との交流を避ける」(原文ママ)ことを「自閉的傾向」とわざわざ太字で書いて、そのような「自閉的傾向」が幼少期のスキンシップの不足によって生じる情緒障害である、という信じがたい内容を延々と書いているのです。
すると、乳児期に母親とのスキンシップが少なかった大学生は、多かった大学生よりも、人間不信や自閉的傾向が強く、また自尊心が低い傾向にあることがわかった。
これらのことからも、子どもの頃に両親とどれだけスキンシップしたかは、意識していなくとも、将来にわたって、その人の心に影響を及ぼし続けるということができるのである。
(中略)
親にほとんど抱かれたりあやしてもらったりすることのない子どもは、寝ているときに頭をベッドに激しく打ちつけたり、自らの体を傷つける自傷行為に走ることがある。
また、一九七〇年代にアメリカの心理学者プレスコットは、たくさんの非行少年たちを調査した結果から、体への接触や触れ合いの不足は、抑うつや自閉的な行動、多動、暴力、攻撃、性的逸脱などの情緒障害の原因にあると考えた。(初版207~208ページ)
・・・ごめんなさい。
これは一体何十年前の本なのでしょうか?
ブルーバックスは内容のクオリティの高低の差が著しいというのはよく言われる話ですが、率直にいって、この本は自閉症に関する内容は最低だと言わざるをえないですね。
もちろん、「新しい感覚統合理論」なんてものは書いてあるはずもなく、やはり何十年も前の理論が丸写しで浅く「紹介」されているだけで、得るものはありませんでした。
それどころか、感覚統合理論に関連してこんな記述があり、さらに読む気が萎えてしまいました。
同じような考えで、子どもをきつく抱きしめる抱っこ療法も効果をあげているようだ。(初版213ページ)
抱っこ療法が「はやった」のも、これまた何十年も前のことだと聞いています。
そして私の知る限り、抱っこ療法はその効果を実証できなかったために、現在ではマイナーな療育法として細々と続けられているだけだと理解しています。著者がどんな実験・調査結果をもって「効果をあげているようだ」と書いているのか、ぜひとも教えて欲しいものです。
結局のところ、本書は、大部分が他人の研究を無批判につなぎ合わせただけで、しかもその中に20~70年以上も前の非常に古い(そして既に廃れているような)ものが多く混ざり込んでいるために、「現代の目」から見て、明らかに時代遅れな内容が数多く含まれています。
特に自閉症に関する記述では、触覚刺激の与え方について多少興味深い内容がみられるものの、不正確な記述があまりにも多く、誤解を招きかねないので、よほど自閉症について十分に理解されていて、誤りが誤りだとちゃん分かって内容を選別できる方以外にはおすすめできません。
これほど期待を裏切られた本も珍しいです。
最後に、私が最初に興味を引かれた(本書を買ってしまうきっかけになった)「締め付け機」の写真を引用しておきたいと思います。
↑テンプル・グランディンが開発したとされる「締め付け機」
※その他のブックレビューはこちら。
情報をあつめ、総合的にどちらがいいかを考えて答えをだしたいと思っております。
ふと思ったのですが、プロの心理学者がだしているような本にそのような不適切な情報が載り、それが世に出される過程で出版社の編集の手にもかからず書店に並ぶというのはまかり通るものなのでしょうか?
心理学協会みたいなところからの査定とか入らないんでしょうか?なんでもありなんでしょうかね。表現の自由?うーん。。。。
そうですね、本当に大切なことは、信頼できる情報を数多く集めて、その中から自分が納得できるものを選んでいくことだろうと思います。
それと、この本の内容?についてですが、恐らく、この本の中身をチェックするのはちょっと難しいんじゃないかとは思います。
というのも、書いてあることが支離滅裂、ということはないからです。
書いてあることが古い、というのが問題なので、よほどこの分野に精通している編集者でない限り、問題点を指摘するのは難しいように思います。
それに、たとえ内容が古くても、著者が仮にそれが正しいという信念を持っているとすれば、それをあえて修正する「権限」は編集者にはないのではないかとも思います。
ですから、読むほうがちゃんと正しいものを見分けるしかないと思いますね。
特に心理学や認知科学の分野では、そういった「目」が求められる場面が多いと感じています。
コメントありがとうございました。
ご指摘のとおり、私が書いたレビューはあくまで私の経験に基づくものですので、参考程度に読んでいただければと思います。