2006年11月18日

わかった瞬間、頭がよくなる アハ!体験(ブックレビュー)



わかった瞬間、頭がよくなる アハ!体験 4つの間違い探し
監修:茂木健一郎
きこ書房

最近、NHKのドキュメンタリー番組の司会をやったり、「脳を鍛える」系の本の監修をやったりとメディアへの露出が増えている、脳科学者の茂木健一郎氏が監修した新しい「脳を鍛える」本。

と、こうまとめてしまうと流行に乗った安易な脳トレ本かと思ってしまうのですが(そして、もしかすると出版する側の志としてはそのレベルに留まっているのかもしれないのですが)、実はこれまでの類書には見られない非常にユニークな特徴を持っているだけでなく、さらにはもしかすると自閉症とも関連があるかもしれないという注目すべき本です。

「脳を鍛える」というと、最も有名なのは東北大学の川島隆太教授の「脳を鍛える大人のトレーニング」シリーズですが、川島メソッドの基本コンセプトは、彼の「比較的単純な知的作業を繰り返し行なうことで脳が活性化される」という知見に基づき、音読や単純計算を中心としたトレーニングを毎日行なうことにあります。

それに対して、茂木氏が提唱する「アハ!体験」とは、環境のもつ「意味」を自覚的に「発見・更新」する体験のことを指します(と私は考えています)。川島教授のアプローチと比較すると、脳の情報処理的側面に焦点が当たっており、より「認知科学的な脳トレ」だと言えると思います

これだけでは分かりにくいでしょうから、茂木氏自身が「アハ!体験」として紹介している事例をリンクで紹介しておきましょう。


↑日本テレビ「世界一受けたい授業」バックナンバーより。

http://ascii24.com/news/i/topi/article/2006/06/22/663018-000.html
↑ソニーの博物館で開催されたアハ!体験の展示会の紹介記事。

ここで紹介されている画像は、一見するとただのインクのしみにしか見えません。ところが、「ここには実は絵が隠されているんですよ」と聞かされると、私たちは一生懸命この画像を見つめて、そこに何らかの「意味」を見出そうとします。
そして、ある瞬間、突如としてそこに「意味」が立ち現われます
今までインクのしみにしか見えなかった画像が、その瞬間以降は確かに意味のあるものとして知覚されるようになります。つまり私たちはこの画像に「意味」を「発見」する瞬間を自覚的に体験し、かつそれによって私たちの知覚はもう戻れないような形で「更新」されてしまうのです。(しかも、この「意味」は画像に純粋に含まれていたというよりは、私たちの脳が能動的に作り上げたものだと言えます。)

本書で取り上げられている「アハ!体験」はこれとは少し違い、2つのそっくりな写真の中にある4つのまちがいを探す「まちがい探し」になっています

これが「アハ!体験」になる前提として、私たちにとって、提示される2つの写真が一見「同じにしか見えない」ところにあります。そこから、「実は4つのまちがいがあるんですよ」と聞かされ、意識的に違いを探し、そしてそれを「発見」する瞬間が訪れます。この「アハ!体験」によって私たちの知覚は「更新」され、2つの写真が確かに違うものとして理解されるようになるわけです。

ところで、「インクのしみが別の何かに見えてくる」というのは、視覚から入ってきた情報に対して、脳が過去の記憶などを動員して「意味」を付加する、そしてその与えられた「意味」によって知覚そのものが再構成されてしまうという体験です。
それに対し、本書で取り上げられているような「まちがい探し」は、脳が「同じ映像が2つ並んでいる」と決め付けてしまった「知覚」を一旦解体し、「同じ」だったものを「違う」ものに再構成する体験です

私は、この過程は、当ブログで解説している「一般化障害仮説」ともつながってくると考えています。
なぜなら、「瞬間瞬間に体験する微妙に異なった環境知覚を『一般化』して、常に環境を安定した『同じもの』として再構成する能力」は、脳の一般化処理能力の極めて重要な側面の1つだと考えられるからです。

そして、茂木氏自身も指摘するとおり、本書の「まちがい」は意外に派手な違いが多いです。大きな木がごっそりなくなっていたり、建物などが明らかに異常な位置にずれていたりしても、なかなか私たちはそれに気づくことができません。
これは、私たちが環境を知覚するときに働かせている「一般化処理」が実は相当に強力なものであることを示唆しています。
本来は違うものを見ているのに、それを脳が「同じもの」として再構成してしまっているので、それを本来のとおり「違うもの」として見る、つまり「一般化処理」の枠組みから逃れようとするためには大変な努力すら必要になるのです。

私たちの普段の認知活動のなかで「一般化処理」が当たり前に、かつ強力に働いているということは、とりも直さず、その「一般化処理」が十分に働かなければ、私たちが簡単には想像できないくらい困難な状況を招くのではないか、という推測につながります。
そして、そのような一般化処理の不全な状態こそが自閉症の本質なのかもしれない、というのが、私が考えている自閉症の「一般化障害仮説」です

本書は、私たちの脳で行なわれている「一般化処理」の一端を実感するきっかけになると思いますし、そんな堅苦しいことを離れても、「写真を使った本格的な間違い探し」というのはなかなか斬新で面白いです。
立ち読みすると全部解きたくなって思わずレジに持っていってしまうこと請け合いです。(^^)

p.s.最後に1つ少し大胆な?仮説です。
もし自閉症児が私が考えるとおり、本当に「脳の一般化処理が相対的に弱い」のだとすると、知的能力の高い自閉症児は、本書の間違いさがしを健常児よりもすばやく解くことができるはずだ、という可能性が出てきます。
残念ながら私の娘は間違い探しで遊べるほど知能が高くないので試せないのですが、もしどなたか本書を購入して、試した方がいらっしゃったら結果を教えていただけると興味深いです。

※その他のブックレビューはこちら
posted by そらパパ at 12:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | 更新情報をチェックする
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