この時期の療育というのは、とにかく思いつくまま量だけ与えていればいいというものではなく、かと言って困った行動にだけ対応していれば十分というものでもないでしょう。
ここで目指すべき当面の目標は、やがてくる幼稚園や学校での生活にむけて、集団のなかで適応し、自律的に生活できるようになってもらうことです。問題行動の解消も、集団生活に対応できるような行動を「代替行動」として提示することとセットに考えるのがいいと思います。
ここでは、療育すべき領域を大きく次のように分け、それぞれについて発達水準に見合った療育を行なっていきます。
①コミュニケーション
②認知力
③生活自立
④社会性
⑤時間
⑥余暇
この療育課題の分類については、佐々木正美先生の「自閉症のすべてがわかる本」を参考に作成しました。
なお、繰り返しになりますが、上記のような具体的なテーマを持った療育に取り組む前に、前章でご紹介したような「感覚統合」「鏡の療育」「ママは味方メソッド」などを通じて、粗大運動や感覚に著しい問題がないこと、自分のボディ・イメージがうまく把握できているように見えること、課題が遂行できるようなレベルで母親との愛着形成ができつつあること、といった原初的なスキルが獲得できていることが求められます。
これらの形成がまだの場合は、前章の療育メニューへの取り組みを続けることが必要になるでしょう。
①コミュニケーション
コミュニケーションとは、他人との意思の疎通です。
自閉症児にとって最も重要で基礎的なコミュニケーションスキルとは、まずは要求を表現することです。
自分が何かを欲しているのに、それを誰にも伝えられず、手に入らないというのは非常に辛いことですね。要求を表現できない自閉症児は、常にそういう状態におかれています。ですから、要求を表現する方法を教えることは、この段階にある自閉症児に対して、もっとも優先していいことだと言えるでしょう。
ところで、コミュニケーションを考えるとき、その方法を「ことば」に限る必要はまったくありません。むしろ、自閉症児にとって音声による言語を覚えることが非常に難しいことである、という事実を考えるとき、ことば以外のコミュニケーション方法を提供することにはとても大きな意義があるといっていいでしょう。ことばが出るのを待っていなくても、コミュニケーションは教えられますし、教えるべきだと言えます。
ここで登場するのが、自閉症児の特性を考慮し、自閉症児のために開発された絵カードによるコミュニケーション技法「PECS」です。
PECSのコンセプトは非常に簡単です。たとえば要求表現であれば、ほしいものを示す絵カード(その物のイラストや写真がプリントされた小さなカード)を用意し、子どもがそのカードを手にとって大人に渡すことが「私はそのカードが意味するものを欲しい」というメッセージになる、というコミュニケーションを教えるのです。
絵カード1枚1枚には「あいまいさ」がなく、また絵カードになっていることで、一般に「視覚優位」であると言われる自閉症児にとって音声による言語よりもわかりやすくなっていること、「絵カードを渡す」というのは体を使った動作なので、発話よりも「プロンプト」がずっと容易だということなど、PECSには自閉症児にコミュニケーションを効率的に教えるための工夫がたくさん盛り込まれています。
実際、かなり重い自閉症児であっても、年齢が低くても、もちろん音声によることばがまったくなくても、こちらのことばによる指示が通るようになっていなくても、PECSによる要求表現は、多くの場合非常に短い期間(数日から2~3週間)で教えることができます。
ことばによるコミュニケーションが成立するようになるまでには、多くの場合、時間がかかります。でも、おなかがすいたりのどが渇いたりすることは待ってはくれません。欲しいものが手に入らなくてパニックするという悪循環を定着させてしまうよりは、ことばではなく絵カードであっても、要求を簡単に表現できるようになったほうがいいに決まっています。
ことばのスキルアップは、絵カードによるコミュニケーションを教えるのと並行して、じっくり取り組んでいけばいいのです。(絵カードを使うようになっても、音声言語の発達が抑制されることはなく、むしろコミュニケーションの意義に気づくというプラスの面があるという実験結果も出ています。)
(次回に続きます。)