子どもにおもちゃの片づけを教えるとき、散らかっている部屋でいきなり子どもに「片付けなさい」と指示を出してもうまくいきません。「片付け」には、それぞれのおもちゃを片付けるべき入れ物なり場所なりを確認し、おもちゃをその中に入れて、さらにそれを収納場所にもっていく、といった長い手順が含まれます。このような長い手順を頭からいきなり教えることはとても難しいのです。
これらを全部ゼロから「プロンプト」でやらせるというのも、あまり効率的な方法ではありません。
そこで、ABAではどう考えるかというと、「片付ける」という手順を小さないくつもの手順(スモールステップ)に分けます。そして、その手順の最後の1つから教え、だんだんと前の手順までさかのぼっていきます。
つまりこの例でいうと、最初はそれぞれのおもちゃを箱にしまうことや、しまった箱のほとんどを収納するのを親がやってしまいます。そして、おもちゃ箱を1つだけ残しておいて、それを収納場所に持っていくという最後の手順、それが終われば片づけが完了するという最後の1ステップだけを子どもに教えます(これなら、プロンプトの技法が効果的に使えます。そしてもちろん、うまくできたら「ごほうび」を与えます)。
そして、それをマスターしたら、全部の箱をしまうことを教え、さらにおもちゃを箱に入れることを教え、そうやってさかのぼっていって、最後に散らかった部屋のおもちゃを一人で片付けるという当初の目標に到達するのです。
このように、長い手続きを含んだ行動をを小さな手順(スモールステップ)の連なり(チェーン)に分解し、それを後ろからたどるように教えるやりかたを、「バックチェイニング」と呼ぶのです。
ちなみに、このバックチェイニングは、サーカスや水族館などで動物に複雑な芸を教えるときにも使われるやり方です。
次に、ここまであえてあいまいな書き方をしてきましたが、ABAで与える「ごほうび」について考えていきたいと思います。
g. 一次強化子から二次強化子へ
ここまで、「ごほうび」という言い方をしてきましたが、ABAでは「ごほうび」のことを、強化のために使うものという意味で「強化子」と呼びます。
何が強化子になるのかは、子どもによって違います。ですから、ABAに取り組むにあたっては、まずは何が子どもにとって強力な強化子になるのかを見つけるところから始めなければなりません。
強化子には大きく分けて2種類あります。1つは「一次強化子」と呼ばれるもので、生得的な欲求と関係のある強化子です。要は食べ物、飲み物のたぐいですね。あとは、休憩や「痛み・恐怖から逃れること」なども、一次強化子としての機能を持っています。
もう1つは「二次強化子」と呼ばれるもので、これは生得的な欲求とは関係なく、後天的・社会的に「ごほうび」として機能するようになる強化子です。ほめられること、注目されること、遊んでもらえること、達成感などが二次強化子になります。二次強化子は「社会的強化子」と呼ばれることもあります。
自閉症児へのABAでの療育を開始するにあたって、最初に使うのは一次強化子です。
自閉症児は社会性に障害があり、「ほめられる」といった社会的なごほうび(二次強化子)がうまく強化子として機能しにくいことが多いと言われています。
こちらがいくら「ほめている」と思っていても、子どもがそれを「ほめられて、うれしい」と理解し、喜ぶことができなければ、それは子どもにとっての「ごほうび」、つまり強化子になることはないので、ほめられた行動が強化されることにはならないのです。
ですから、最初は必ず一次強化子を使うところから始めましょう。
もっとも一般的なのは、子どもの好きな食べ物を小さく砕いて、一口サイズよりもさらに小さく、食べたことは分かるけれどあっという間に消えてしまうくらいの大きさにして、それを課題がうまくいくたびに与えるというやり方です。(もちろん子どものおなかが空いているときにやらなければいけません!)
大切なことは、一次強化子を与えるときに、同時に「よし!」とか「いいよ!」とか「すごいね!」とか「正解!」のように、シンプルなほめことばをかけることです。最初にどんなほめことばを使うかを決めて、常にその言葉をかけ続けるのがいいでしょう。
やがて、子どもの中でほめことばと一次強化子が結びつくことによって、ゆっくりとほめ言葉が「二次強化子」としての力を持ってくるようになります。そうすれば、一次強化子を与える機会を減らし、二次強化子(ほめ言葉)を使う機会を増やしていけるようになります。
ここでも大切なのは、一次強化子を完全にやめてしまわないことです。完全にやめてしまうと、「ほめ言葉をかけてもらっても何ももらえない」という状態になって、ほめことばをかけられて喜ぶことが「消去」されてしまうかもしれません。ほめ言葉をかけながら課題を最後まで終わったら「おやつタイム」にする、といった工夫が必要ですね。
(次回に続きます。)