私たちから見て「何から手をつけていいか分からない状態」というのは、子ども自身からみるとどんな状態だと考えられるでしょうか。
それは恐らく、「(自分のおかれている状況が)何が何だかわからない状態」だと言っていいのではないでしょうか。
ヒトに限らず生物というのは、生きていくために必要な環境に対する働きかけをどん欲に学習していきます。例えば、エサがあるところには近づきますし、敵と味方を区別して違う対応を取ったりもします。自分に利得を与えてくれる存在(親や仲間)がいれば、積極的に働きかけてその「利得」を最大限に得ようともするでしょう。なぜならば、それが生き残りのために絶対に必要なスキルだからです。
ところが、子どもが外から見て「何から手をつけていいか分からない状態」にある、ということは、こういった最も基本的な生物の活動状態にさえまだ至っていないと判断せざるを得ません。
なぜこのような原始的な活動すら、自閉症児は阻害されてしまっているのでしょうか?
そこで自然に出てくる結論は、この段階の自閉症児は、おそらくまだ自分の周囲の環境、外界を適切に知覚するところまでたどり着いていないのではないか、ということです。
環境を当たり前に知覚している私たちには想像が難しいかもしれませんが、生まれたばかりの赤ちゃんは、視覚、聴覚、触覚、平衡感覚などから入ってくるノイズだらけの雑多な入力から、自分の体の存在やその周りに広がる「環境(世界)」の存在を「発見」していかなければならないのです。
もちろん、進化したヒトの脳は、この非常に難しい課題をスムーズにこなしていけるだけの力を持っているのですが、重い自閉症児においては、その能力にも障害があると思われます。ですから、私たちにとって当たり前に思える「環境を適切に知覚すること」のために、特別に頭をしぼって働きかけを行なっていかなければならないのです。
では、具体的にはどうすればいいのでしょうか?
「自分」が活動する世界としての環境、つまり、そこに存在するものに働きかけ、生き残りに必要な活動を行なっていく「場所」としての環境を知覚するためには、大きく分けると次の2つのスキルを伸ばしていく必要があると考えられます。
・ボディ・イメージを作ること。
・操作の対象としての環境に気づくこと。
私たちヒトのように「からだ」を持った存在が環境とかかわるための出発点は、「自分のからだの存在に気づくこと」「自分のからだと外界との境界に気づくこと」「『自分』と『外界』との関係に気づくこと」です。
ここで、最初の2つが「ボディ・イメージ」と関係し、最後の1つが「操作の対象としての環境」と関係します。
もっとくだいて言えば、自分の「からだ」に気づいて、自分の「からだ」をとりまく「環境」に気づいて、その「環境」を自分が操作できることに気づく、という3段階のステップこそが、この段階の療育で伸ばそうとしている認知スキルなのです。
この段階で適用される療育技法は、主に次の2つです。
・感覚統合
・鏡の療育
ところで、ここでいう「環境」には、本来ヒトが含まれています。言うまでもなく、ヒトにとってヒト(他人)は、環境の中にある、生き残っていくために関わっていかなければならない最も重要な存在です。
その一方で、自閉症児はヒトとのかかわりにおいて極めて深刻な困難を抱えているのも事実です。ですから、この最初期の療育では、あまり欲張らずに、ヒトと関わるための最低限の働きかけを考えましょう。
・「ママは味方」メソッド(母親への愛着形成)
まずはこの3つの方法について考えていきます。
この段階の目標は「何から手をつけていいか分からない状態」から「どんな形であれ、こちらからの働きかけや環境の変化に対する反応がある状態」に変えていくことです。
(次回に続きます。)