4.最初の目標-環境とのかかわりの足場をつくる
1) 私の経験から
今から2年半ほど前になりますが、2歳前の自分の娘が「おそらく自閉症だ」と気づいて、何とか療育を始めようと思ったとき、私は、娘がまったくこちらからの働きかけに反応しない、こちらのアクションを受け入れないことに途方にくれました。
療育には、大きく分けて「フォーマルトレーニング」と「カジュアル(フリーオペラント)トレーニング」の2種類があります。
前者は、「課題の時間」を設定して、いすに座らせて問題を解かせたりするような療育のスタイルを指し、後者は、着替えとか食事とか遊びといった日常生活の中に「療育の機会」を見つけ、そこでの関わりかたを工夫して療育効果があがるように働きかけるような療育のスタイルを指します。
この2つをうまく組み合わせることが、家庭での療育を成功させるコツだと思います。
ただ、どちらのタイプの療育をやらせるにしても、その前提として、子どもがこちらからの働きかけにある程度反応できる、ということが想定されています。仮に、何かをさせようとして課題を放り投げたり違うことをしようとしたとしても、まだそれは「反応がある」だけマシで、そのネガティブな反応を前向きなものに変えていく道が残されています。
ところが、当時の娘は、ただその場で泣き叫ぶ以外には自分から何かを要求することもなく、親に近寄ってくることもなく、もちろん目も合わず、無理やり目を合わせたりかまおうとするとするりと逃げてしまい、おもちゃを与えても無関心、良くてなめたりかじったりするだけ、という、まさに「何から手をつけていいのか分からない」状態でした。
このような状態の自閉症児のことを、アスペルガー症候群、自閉症スペクトラムの提唱者として有名なローナ・ウィングは「孤立型」の自閉症児と呼びました。孤立型とは読んで字のごとく、社会や対人関係から孤立して、あたかも周囲に誰もいないかのように行動する自閉症児の類型です。比較的重い自閉症児が発達の初期にみせる典型的な状態だといえるでしょう。
※ちなみに、ウィングが提唱する他の自閉症児の類型には「受身型」(他人からの指示には反応するが自発性に乏しい)と「積極・奇異型」(指示も通り自発性もあるが、他人に対する行動は奇異である)があります。「孤立型」→「受身型」→「積極・奇異型」の順に、発達水準の高い自閉症児が取りやすい行動類型だと言われています。
しばらく試行錯誤を繰り返してみて、気づいたことがありました。
子どもに「何かをさせよう」と思ったとき、私たちは、子どもが「その『何か』が(訓練すれば)できる状態」になっているのかどうかをじっくりと観察しなければなりません。
三輪車にも乗れない子どもに補助輪のない自転車に乗ることを教えるのは無茶でしょうし、アルファベットも読めない人に英語で論文を書かせるというのも不可能なことです。そういった「高い目標」に到達するためには、遠回りに見えても、階段を一段一段上るように基本的なスキルから順番に伸ばしていき、その目標が「訓練すればできる」状態にまでたどりつかなければならないのです。
そんな風に考えたとき、「何から手をつけていいか分からない」娘に対していま教えるべきことは、具体的なスキルをいきなり教え始めようとすることではなくて、非常に原始的なレベルでこの世界・この環境を知覚し、かかわりを持つための基礎力(足場)をつくることだ、と気がついたのです。
そして、この考えは正しかったのではないかと、今振り返ってみて感じます。
ですので、この記事でも、最初に「環境とのかかわりの足場をつくる」という、一般的な療育を始めるためのさらに前の段階から療育プログラムを考えてみたいと思います。
既にある程度の年齢に達したお子さんや、比較的障害の軽いお子さんの場合、このステップは不要でしょう。ただ、そうだとしても、私たちがふだん考える「当たり前」という価値観から脱却して、これから紹介しようと思っているような視点を持つことは、その後の療育において意味のあることなのではないかと思います。
(次回に続きます。)
小学5年生の最重度知的障害を伴う自閉症・こうくんの母です。
今回の記事にとても共感しました。
療育をはじめる前の足場つくり・・・本当に、私はそれを整えるためだけにここ数年をついやしてきたように思います。
自閉症療育の「当たり前」すら全く通じない子供でした。(今も型破りですが)
今後の記事を楽しみにしています。
リンク先のブログも拝見させていただきました。以前、TEACCHの視察旅行の記事を拝見させていただいたことがあるブログでした。
我が家の娘も、運動を除けば最重度になってしまうくらい重い自閉症児なので、置かれた立場は似ているのではないかと思います。本当に、最初は「自閉症の療育書」すら使えないんですよね。
今回の記事は以前の記事の再構成版なので、ご期待に沿えるかどうか分かりませんが、読んでいただけると嬉しく思います。
これからもよろしくお願いします。