2006年10月26日

新しい認知心理学から自閉症を考える(12-c)

前回、そして今回の記事では、ジェフ・ホーキンス氏のモデルをベースに、これまで説明してきた「一般化処理障害仮説」を少し拡張して解説しています。

大脳は、非常に小さなコンピュータ(柱状構造)が膨大に集まった情報処理システムだといえます。そして、その柱状構造が横方向(同じ階層)と高さ方向(上下の階層)にそれぞれ広がって、抽象化処理・一般化処理を行なうようなピラミッド型の階層をもったネットワークを形成していると考えられます。

並列接続と直列接続

さて、ここで考えてみましょう。
ここに、ピラミッドを作るためのブロックが100個あるとします。
このブロックを使って作れるピラミッドの形は1つしかないでしょうか?

そんなことはないですよね。
私たちはこのブロックから、「大きくて低い」ピラミッドを作ることもできますし、「小さくて高い」ピラミッドを作ることもできます。ただし、ブロックの数には限りがありますので、「大きくて高い」ピラミッドを作ることはできません。もしどうしても作りたければ、ブロックの数を増やすしかありません。

ここで、「ピラミッドの大きさ(横の広がり)=並列接続」が「抽象化処理能力」、「ピラミッドの高さ=直列接続」が「一般化処理能力」にそれぞれ関連していると考えると、これまで自閉症の姿として繰り返し述べている「抽象化処理>一般化処理」というアンバランスな状態は、脳のネットワークが「大きくて低いピラミッド」を形成している状態としてとらえることができるでしょう
(このように考えた場合は、「弱い一般化処理」「強すぎる抽象化処理」の違いというのは、「広がりが大きくて低いピラミッド」という形は同じで、使われているブロックの数が違うと理解できます。)

なぜそうなってしまうのかというのはまた別の議論になりますが、可能性として考えられるのは、既に以前の記事で簡単に考察したとおり、胎児期・乳児期の脳細胞の「刈込み」が失敗することによって脳がニューロン(神経細胞)でいっぱいになり、直列接続のためのネットワーク(軸索と樹状突起)を広げるためのスペースがなくなってしまうことなどが考えられます。ニューロンが増えるのはいいことのように思えますが、ネットワークのためのスペースを埋めてしまうような状態になると、かえって脳の発達にはマイナスに働きます。そして、脳ネットワークが深い階層構造を作るためには、この「ネットワーク」が複雑にはりめぐらされることが絶対に必要なのです。

それでは、このような「(階層が浅い)低いピラミッド」となってしまった脳ネットワークは、どのような挙動を示すでしょうか?
そのために、まずは大脳の持っている機能を単純化して考えたいと思います。
大脳を階層構造でとらえた場合、最下層には感覚処理のための感覚野と筋肉を動かすための運動野が、その上にはさまざまな感覚と運動とを統合・連携させる運動連合野があり、最上位にはより抽象的な思考や概念操作、言語、自己意識、時間感覚、社会性といった「ヒトらしい」処理を行なうための前頭前野があると考えられます。(ものすごく乱暴な整理ですので、脳の実態というより概念図とお考え下さい。)

大脳機能の単純イメージ

ちなみにこの図は、それぞれの部位が別のシステムだということを意味しているのではなく、それぞれの部位の「柱状構造」がやっていることは同じでも、階層ごとに処理される情報が違ってくることによって、結果としてこのような「機能の違い」が生まれる、ということを表しています。

それではここで、本来の階層の深さ(ピラミッドの高さ)が構築されずに、脳ネットワークが、一般的な状態よりも「大きくて低い」ピラミッドになってしまった状態を考えます。

そうすると、感覚野・運動野といった低い階層には多くのニューロンが割り当てられて並列処理が過剰になり、一般化が不十分で雑多な「感覚情報」が脳内を駆け巡り階層を登ってくる一方で、高次の階層の深さ(ピラミッドの高さ)が不足するために十分な一般化処理がなされず、本来前頭前野が行なうべき言語や概念操作、非線形分離課題を内包する複雑な社会性の学習などが阻害されると考えられます。
これは、「抽象化処理が過剰すぎて一般化処理が追いつかない」というこれまでの説明を、脳ネットワークのはたらきという別の角度からより具体的に述べているとも言えます。

自閉症の大脳では、おおよそこのような事態が起こっているのではないか、というのが、私が今考えていることです。

この(少し拡張した)仮説の優位な点は、自閉症児の感覚異常、多動、イディオ・サヴァンといった、単純な「一般化の障害」という観点からはやや説明が難しい自閉症の症状に対しても、合理的な説明を与えることが可能だという点にあります。

一方、特に脳の機能局在を重視する立場の方から見ると、大脳のモデルがあまりにもシンプルに過ぎる、という批判もあるかもしれません。
でも実は、脳の部位ごとに固定的な専門分野があると考えるのは「古典的計算主義」に近いモジュール志向の立場であって、今回の仮説のベースにあるコネクショニズムではあまりそうは考えません。「機能局在」に見えるのは、脳が感覚入力・運動出力をつうじて環境と相互作用したことによって自己組織化した結果でしかないというのが私の立場です。(もちろん、遺伝的にどの部位にどういった機能が局在しやすいかというのはあるでしょうが)

次回の記事からは元の論旨に戻り、「一般化障害仮説」から自閉症のさまざまな症状を説明していきたいと思います。

(次回に続きます。)
posted by そらパパ at 23:06| Comment(2) | TrackBack(0) | そらまめ式 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 私の本業である、リハビリの世界でも、大脳の古典的機能局在では説明できない現象が、画像的にも医療的にも実証され、臨床応用されてきました。
 脳卒中片麻痺へのCI療法は、抑制系の{抑制}介入によって、手指を支配、していた領域が、肩を支配していた領域等をのっとって勢力を広げ、手指の動きが円滑になる、という療法です。磁気刺激も、同様です。老人でもこんなことが普通に起きるのですから、大脳皮質の機能の可塑性(故の怖さ)は、かなりなモノでしょうね。
 怖さとは、逆に、折れ線型の方や、カナータイプでは、言語を使うべきところが、のっとられている、という説明が、容易につくことです。だからして、言語野とされているところの障害が静的な画像で証明できないわけです。
 それが、崩壊、という現象でしょうし、それを防ぐために入力を吟味し、崩壊の兆候を見せたら早期の原因究明、対応が必要なのだと思います。
 子供が、書字・描画で崩壊をおこし、そういうこともあるわよ、では済まず、様々な調節の末、ようやく持ち直してきたところです。
 脳が、固定的な機能を保持できているのなら、こういう現象は起きないですね。
Posted by しまなみ at 2013年06月27日 12:46
しまなみさん、

コメントありがとうございます。

脳は実はとても可塑的で、通常、大人の脳がそうでなく見えるのは「動的安定」状態にあるだけだ、というのは、相当確度の高い仮説だと私も思っています。

だから、その全体処理系としてのバランスが崩れることが、自閉症の問題の1つでもあるんじゃないか、というのが、ここで書いている「一般化障害仮説」のポイントの1つにもなっていますね。
Posted by そらパパ at 2013年07月02日 00:07
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