その際、これまで説明してきた「抽象化」「一般化」というシンプルな概念を、より脳の構造を考慮した構造的なイメージに拡張したほうが理解しやすいのではないかと思い、そのための記事を2回分、はさむことにしました。
ここまで説明してきた「一般化障害仮説」を非常にシンプルに説明するとすれば、「自閉症とは個別の経験を一般化する脳の機能の障害である」ということになります。
このような機能概念レベルの説明は、本質をついていて理解がしやすい一方で、具体的に脳のどんな構造・どんな処理が障害を受けているのかという記述面から考えると少し弱いといえます。そして、具体的な自閉症の障害について考察したり、療育の方法論について考えるためには、もう少し具体的な情報処理のやり方にまで踏み込んでいく必要がありそうです。
今回の内容については、先日ご紹介してジェフ・ホーキンスの「考える脳 考えるコンピュータ」で提唱されている仮説がベースとなっています。また、これまでの記事のコメントでのこうちゃんさんとのやりとり(1, 2)が考えを整理するための大きなヒントになりました。この場を借りてお礼申し上げます。
今回の内容は、大脳が具体的にどんな情報処理を行なっているのかにまで踏み込んだ解説になりますので、コネクショニスト・モデルのシミュレーションに基づいて単純に「抽象化」「一般化」といっているレベルと比べると、新たな(大脳の具体的情報処理についての)仮説を追加することになります。つまり、その分だけ仮説としては「より大胆な」ものになっていると言えます。
ですから、この仮説の妥当性を今後検証していくにあたっては、今回の内容は1つの独立した部分として見ていただければと思います。万一、今回の追加説明の部分に誤りがあったとしても、それは必ずしもここまでの「一般化障害仮説」の骨格が全否定されるということではないはずです。
脳、特に今回の議論の対象となる大脳新皮質については、「柱状構造」という6層からなるニューロンの集まりが1つの「超小型コンピュータ」として情報処理機能の最小単位を構成していると考えられています。簡単にいえば、このような「超小型コンピュータ」をブロックのピースとして連結させていって、ピラミッドのような階層をもった情報処理システムを構築しているのが大脳新皮質だということになります。
ここで、ブロックのピースとして「柱状構造」を連結させ、ピラミッドのような形を作っていくための方法は、大きく分けると2つあります。
1つは「並列接続」で、同じ階層の中での「横の広がり」として連結していく方法です。ピラミッドの例えでいえば、「底面積を広げる」ための連結方法です。
そしてもう1つは「直列接続」で、今の階層の1つ上に新しい階層を作るように連結していく方法です。これもピラミッドでいえば、「高さを高くする」ための連結方法になります。
脳のネットワークでいうと、ここで「並列接続」と呼んでいるの脳ネットワークにはパターン認識の機能があり、これはさまざまなパターンの入力に対して、それぞれ固有の反応傾向で応え、またそれを記憶します。
つまり、この「並列接続」によって構成された脳ネットワークは、「一般化障害仮説」でいうところの「抽象化処理」を主に行なっていることになります。(ニューラルネットのモデルでいえば、コホネンもしくはホップフィールドの自己組織化ネットワークがこれに相当するでしょう。)
それに対し、「直列接続」というのは、下位の階層で「パターン」として既に抽象化された情報がたくさん集まってくるわけですから、その集合体の情報の中から、さらに高い次元での「パターン」を見つけることが仕事になります。また、この階層の上下構造の中では、リアルタイムの感覚入力が上がってくる「下から上」という流れだけでなく、過去の経験や記憶による一種の予測・アドバイスが下りてくる「上から下」という情報の流れがあり、リアルタイム情報と過去の経験を比較しながら環境との相互作用を仲介する機能も持ちます。
つまり、この直列接続によって構成される脳ネットワークは、「一般化処理」により強い関係があることが分かります。(ニューラルネットでいえば、教師信号つき多層パーセプトロンのイメージに近いでしょう)
もちろんこれは非常に単純化した議論で、実際には柱状構造自体が抽象化・一般化の機能を持っていますし、それぞれの柱状構造の接続も、並列的なものと直列的(階層的)なものが複雑に組み合わされていると考えられますが、それらが全体として機能するあり方が、「並列接続的(抽象化処理的)」なものと「直列接続的(一般化処理的)」なものに大きく分けられる、という風にご理解いただければと思います。
(次回に続きます。)