脳のなかの幽霊
著:V.S. ラマチャンドラン、サンドラ ブレイクスリー
角川書店
第一章 内なる幻
第二章 「どこをかけばいいかがわかる」
第三章 幻を追う
第四章 脳のなかのゾンビ
第五章 ジェームズ・サーバーの秘密の生活
第六章 鏡のむこうに
第七章 片手が鳴る音
第八章 存在の耐えられない類似
第九章 神と大脳辺縁系
第十章 笑い死にをした女性
第十一章 「双子の一人がおなかに残っていました」
第十二章 火星人は赤を見るか
タイトルにもあるとおり、本書は、現実には存在しないものを脳が認識してしまうという、さまざまな不思議な症状を科学的に解き明かしていくという内容です。
いまシリーズ記事で書いている「一般化障害仮説」を考えていくなかで、少しずつ、脳のしくみと自閉症の問題がつながりをもって見えてくるようになってきました。そのため、脳科学に対する興味も高まっています。
そんなタイミングで読んだ本書は、私が脳について考えているイメージがけっこう正しそうだ、ということを確認させてくれるものでもありましたし、新しいことをいくつも発見することもできました。
シンプルに科学啓蒙書として読んでも相当に面白く、やはり評判に間違いなしといったところでしょう。
「現実には存在しないものを脳が認識する」というのは、具体的にはどういうことでしょうか?
そのもっとも端的な例が、第二章で登場する、いわゆる「幻肢」と呼ばれる現象です。
これは、事故や病気などで手足を切断した患者が、切断後も切断した手足が「存在する」ことをありありと感じたり、その手足に痛みを感じたり、さらには実際にその幻肢を動かしているという感覚があったりすることをいいます。
著者は、この幻肢の痛みを鏡を使った簡単な装置を使って取り去る方法を発見したことでも有名です。
ただ、この幻肢の話題だけを読むと、こういうことがごく特殊な環境におかれた人にだけ起こることのように考えてしまいがちですが、第三章に出てくる簡単な実験で、こういった「ありえないことをありありと感じてしまう」ことは普通の人でも簡単に起こることが示されます。
二つめの錯覚は助手が一人必要で、最初の錯覚よりもさらに不気味である。まず、びっくりおもちゃかハロウィーン用の小道具を売っている店でゴム製の手を買う。次に段ボールで縦横60センチの「壁」をつくり、それを目の前のテーブルに置く。右手を壁の後ろに回して隠し、作り物の手を壁の前に置く。友達にあなたの手と作り物の手の同じ場所を同時にたたいてもらい、そのあいだあなたは作り物の手をじっと見る。何秒かたつうちに、たたかれる感覚が作り物の手から入ってくるのを感じる。あなたは自分が見ているものが肉体を持たないゴム製の手であることを承知しているので、異様な感じがするが、あなたがそれを知っていることは、脳が感覚をゴム製の手のものだと解釈する妨げにはならない。この錯覚もまた、身体イメージがどれほどはかなく、どれほど容易に操作されるかを如実に物語っている。(初版96ページ)
この「衝撃的な」実験の話題の後も、「見えていないのに見えている」という「盲視」という現象や、視覚の左側をまったく無視する「半側無視」の患者に鏡を見せて、自分の左半身が右の視野に入るようにしたらどうなるかという実験(その結果は本当にびっくりするものでした!)、親や配偶者のことを「別人がすり替っている」と思い込むカプグラ妄想、側頭葉のてんかん発作によって「神」を体感するようになった男の話など、興味深い話が満載です。
そして、これらの不思議な脳のふるまいが指し示していることは、基本的には1つです。
それは、脳は世界をありのままに知覚しているわけではなく、限られた環境からの情報を記憶と照合し、もっともありそうな「解釈」を選択することで世界を理解しているということ、そして私たちが一般には「自由意志」と感じているような考えも、このような無意識下での「解釈」によってかなりの部分は支配されているということです。
もう1ついえることは、上で引用した実験でも分かるように、脳の「解釈」は非常に動的でリアルタイムで、たったの数秒か数十秒で変化してしまうくらい柔軟性を持っている、ということです。
これらの示唆は一見小さいようでいて、現代の還元主義的な脳科学の硬直性への強烈な疑問を投げかけています。そして逆に、私がいま「脳のモデル」として強い関心を持ちつづけている、ジェフ・ホーキンス氏の考え方の妥当性を強く支持しているようにも感じます。
実は、本書には自閉症の話題がちょっとだけ出ています。ただそれは、特異な才能をもった「イディオ・サヴァン」の話題としてだけですから、特に意味のある取り上げ方だとは言えないでしょう。
また、最終章のクオリアの話など、著者の専門である「神経医学」以外の話題を取り扱っている章では、他の章と比べて少し内容のクオリティが低いかな?と感じる部分もありました。
とはいえ、多少なりとも脳や心の不思議に関心を持っている人なら、夢中になって読めることは間違いないでしょう。
おすすめです。
おまけ:
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