2006年12月14日

幼児期の療育を考える(22)

「本を読むときに注意したいこと」の続きです。

d) 不適切なサンプリングや評価方法に基づく数字を誇示していないか。

「全体に対する成功率」が載っていたとしても、まだそれだけでは不十分です。
例えば、ある商品について「商品アンケートはがきを返信してくれた人」をベースに「満足度」を計算した場合、そもそも「アンケートに返事をしてくれた人」というのは、多くの場合、効果があって喜んでいる人でしょうから、見かけの「満足度」が高くなってしまいます。(効果がなかった人の多くはアンケートに返信したりしません)
療育の評価の基準が「親から見て改善があったと感じた人の数」だったりする場合も、多くの親はそもそも最初から期待を持って療育を受けさせているのであり、「こんなに療育をがんばったのだから効果があって欲しい」という願望も持ちがちであることから、実際には変化がなくても、「良い効果が出ている」と感じる場合がしばしばあります。

このように、一見、統計的に正しそうなやり方で「素晴らしい効果がある」といった内容が紹介されている場合も、眉に唾をつけてじっくり検討しなければならないのです。


e) 一般的な知見との矛盾はないか。

この辺りから、本の内容だけではなく、外部の情報や知識を動員した読み方になってきます。

例えば、「自閉症の原因は水銀の摂取にある」という説があったとします。この理論が、いくら著書の中で論理的に説明されていて、その水銀を排除すると「素晴らしい効果がある」と解説されていたとしても、この説には明らかにおかしな点があります。

それは、水俣病との関連です。
かつて水俣では大規模な有機水銀中毒の公害事件があり、多くの子どもが胎児の時点から大量の水銀の暴露を受けました。
それによって、確かに脳障害が現われました。でもそれは、脳性麻痺に類似した症状であって、自閉症とはかなり異なった様相を呈しています。水俣では自閉症の子どもが多い・増えたという疫学的な調査結果は出ていません。

さらに、日本人は一般的に他の国よりもはるかに多い魚を食べ、日本はその結果として水銀摂取量がかなり高い国ですが、日本において、他の(魚をあまり食べない)国と比較して自閉症の発生率が高いという調査結果は出ていません。もし本当に水銀が自閉症の一義的な原因だとしたら、日本の自閉症発症率は世界の中で際だって高くならないとおかしいはずなのです

このように、いくつかの「一般的に知られている知見」、あるいは科学的な常識と照らし合わせることによって、自閉症の原因が水銀であるという仮説の妥当性は低いという判断ができます。

(同様に、鉛が原因だという説も、かつてはガソリンや塗料に鉛が含まれていて今は含まれていないことから、自閉症が減少傾向になければおかしいのにそうではないことから否定されますし、「水銀と鉛の複合」という説も同様に否定されます。自閉症を環境からの汚染だと主張するタイプの仮説に対しては、このような疫学的視点を持つことが「批判的に読む」ためには有効でしょう。)


f) 他の有力な療育法や実験心理学の知見との矛盾はないか。

たくさんの療育本や関連する心理学の分野の本に触れていると、やがて、信頼できる自閉症の理論の大枠が見えてきます。
もちろん、こういった過去の知見が必ず正しいとは限りませんが、少なくとも、これらの知見は多くの研究者によって繰り返し検証される中で生き残ってきた「タフな知見」であり、かなり高い信頼性を持つと考えられるでしょう。

仮に、新しく出てきた「理論」が、これらの「過去のタフな知見」と矛盾している場合、第一に疑うべきは「過去の知見」ではなく、「新しい理論」であることは当然です。
言ってみればこれは、「過去のタフな知見」に対して、「新しい理論」が果敢にチャレンジをしているという構図になるわけですから、「新しい理論」は「過去のタフな知見」を科学的に実証できる形で反証しなければなりません。つまり、「過去のタフな知見」に反する「新しい理論」を主張するときは、「新しい理論」のほうに「過去のタフな知見」を反証する義務があるのです。決してその逆ではありません

そういったチャレンジなく、単にエピソード主義的に「この新しい理論を支持する結果が出た、だからこの理論が正しくて過去の知見は間違っている」というのは、論破しているようでいて何の論破にもなっていないわけです。

(次回に続きます。)
posted by そらパパ at 22:45| Comment(4) | TrackBack(0) | そらまめ式 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いつも鋭い考察や絶え間ない研究心に頭が下がります。先日も歯磨きの方法など、参考になるお話をありがとうございました。理論的でいつも関心しますが、一つだけそらぱぱさんの療育に関して気になるところがあります。「早期集中介入はしない」と言われていますが、自閉症が脳の障害ならば、私は自閉症の「治療」もしくは「療育」とは、脳のリハビリだと思っており、早ければ早いほど脳の機能を回復、あるいは機能を高める確立が上がると思います。ただ、当然乱暴に知識やスキルを身につけずにリハビリに臨むのは危険ですし、かえって状態を悪くすることもあると思います。脳梗塞で半身が麻痺してしまった知り合い(56歳です)いますが、彼は機能が回復することを信じて懸命にリハビリを行った結果、9割8部ほど機能が回復したようです。私が見る限り普通に歩いていますし、箸も普通に持っているように見えますが、彼からすればやはり以前のようにはいかないところもあり、若干の違和感はあるようですが、生活にはほぼ支障がないと言っています。リハビリは楽なものではありませんでしたが、あのまま何もしなければ機能は回復しなかったともいえるでしょう。確かにリハビリで回復する保証もないし、かえって悪くすることもありますが、専門家のもとで多少の負荷をかけながら無理なくリハビリをこなすと何らかの機能の回復の確立は上がると思います。ですから、私は幼い自閉症児には早めの「リハビリ」は有効だと思いますし、「早期集中介入」は必要だと考えます。もちろん理論的で質の高いセラピーが絶対条件ですが。今やそらぱぱさんの影響はこのブログを訪れる方々にとっても少なからずあるはずです。そこをどうお考えか教えて頂けたら幸いです。
Posted by やまお at 2006年12月15日 03:20
やまおさん、こんにちは。

ABAの早期集中介入に対する私の立場は、このシリーズの第17回で詳しく書きましたので、そちらをご覧ください。

http://soramame-shiki.seesaa.net/article/25581910.html

簡単にいえば、私は「早期」介入は100%支持しますし、ABAに効果があることも確信していますが、早期「集中」介入が現実的かつ十分に有効な方法かどうかには疑問がある、という立場です。

早期リハビリが効果があることと、早期集中介入に効果があるかどうかは必ずしもイコールではないと思っています。脳や体が損傷を受けた直後は、脳は一時的に可塑性が高くなると考えられています。ですから、直後のリハビリは非常に有効だというのは理のとおった話です。この辺りの話は、以前ご紹介した「脳のなかの幽霊」にとても興味深く紹介されています。

それに対して、自閉症の場合は、確かに幼いほど可塑性は高いとは思いますが、リハビリのケースのように短期間で劇的な効果が出るような脳の状態にあるという確証はないと思われます。

早期集中介入が向いている子どもももちろんいるでしょうし、それに取り組むことを否定するものでもありません。大切なことは、子どもをしっかりと観察して、最適と思われる働きかけをすることです。私は早期集中介入を選ばず、娘の「世界を構成する知覚力」を伸ばすことを目指して環境の構造化のほうに力を入れましたが、もちろんそれも絶対的なやり方だとは思っていないです。
Posted by そらパパ at 2006年12月15日 23:13
そらぱぱさん、お返事ありがとうございます。よくわかりました。未だに障害の構造や原因が不明なまま完全な「療育」を提唱するのは危険だし、これこそ唯一無二だと主張する理論やセラピー等はそらぱぱさんの言うとおり、「とんでも理論」であるでしょう。私は現時点では「確立」高い療育方法を選択しているだけで、絶対だとも思っていません。現在はABAのセラピーと公的な療育機関のグループ療育と自宅の若干の構造化を組み合わせています。ABAのセラピーはロヴァース式のような週40時間という量はこなしておらず、1回のセラピーに2時間、週3回といった程度で、後は妻が空いた時間にちょっとしたマッチングや模倣の訓練をしているくらいです。このセラピーはK大学のABAを研究している教授の元に訓練された学生を派遣してもらっています。この訓練で取得したスキルが公的機関の療育で汎化されるといったサイクルができている気がしています。そこの先生達からはこの機関に通所し始めた頃から比べると格段に認知が上がっているという報告を受け、指示に従い、椅子に座って手をあげて療育に参加し、人間を見るようになったと注目されているようです。家でABAのセラピーをしていることは知らないと思いますが、療育に通いだしたこの半年間でここまで改善した子供はいないそうです。ですが、まだ一般生活を営めるレベルには程遠くまだまだ先は長い気がしますが、あの雲をつかむような、また宇宙人でも相手にしているような状態からすると成長しているわが子の姿に妻共々感動しています。奥様のブログも拝見しましたが、そらまめちゃんは「ヤクルト」「お茶」などの言葉を発して要求するようになったそうで、「そらまめ式」療育での効果かも知れませんね。いつも誠実なコメントに感謝します。それでは
Posted by やまお at 2006年12月16日 11:06
やまおさん、

いいタイミング(普通は「できるだけ早期」)に適切な療育をすれば、自閉症児は伸びると思います。
やまおさんのお子さんも、そのタイミングで実施するABAがとても効果があったんだと思います。
我が家はまだまだですが、ことばについては以前も書いたとおり、認知力や外界への関心や理解などの「外堀」を埋めて徐々にやっていくしかないと開き直りながらのんびりとやっています。
Posted by そらパパ at 2006年12月16日 17:06
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