2006年11月09日

新しい認知心理学から自閉症を考える(21)

当ブログ史上?最も長いシリーズ記事となった今回の「一般化障害仮説」ですが、ようやくまとめの最終回です。

一般化障害仮説 モデル図

私たちは、環境に働きかけ、環境から、働きかけに対するフィードバックを含めたさまざまな入力を受けます。
私たちの脳は、この環境からの入力に対して、大きく分けて「抽象化」「一般化」という2つの情報処理を行ないます。

この脳の情報処理のモデルは、新しい認知科学の方法論である「コネクショニスト・モデル」、つまり脳のネットワークのコンピュータシミュレーション研究によって導き出された知見です。

それぞれの情報処理過程の内容を簡単に説明すると、「抽象化」とは個別の経験をどんどん蓄積していくこと、「一般化」とは蓄積された個別の経験から将来に向かって適用できるような「ルール」を導き出すことを指しています。

これらの情報処理が適切に行なわれることで、私たちは環境を理解し、環境に対してより適切な相互作用ができるのです。

そして、環境への働きかけとそれに対するフィードバック、それらの情報を処理する脳のプロセス、これらがすべてうまく働いて環境との相互作用が繰り返される状態、つまり環境とのフィードバックループがうまく回っている状態が、健常者のモデルを表しています。

これに対して、自閉症者のモデルは、例えばこうなります。

一般化障害仮説 自閉症のモデルの例

自閉症者の問題は、脳の「一般化処理」の力が相対的に(抽象化処理と比べて)弱いことにあると考えられます。
これにより、抽象化されただけの個別の記憶は優れているのに、それを「ルール化」して環境と適切にかかわる(もちろん、ことばや社会性、コミュニケーションもこれに含まれます)ことができなくなると考えられるのです。

自閉症とは、この「抽象化>一般化」という脳の情報処理能力のアンバランスにその本質があります。ですから、全体的な脳の情報処理能力は低くないのにアンバランスがある、といったような状態もありえます。このような場合はいわゆるアスペルガー症候群(ないし高機能自閉症)に該当すると考えられます。
つまり、この仮説は自閉症がなぜスペクトラム障害として現れるかをシンプルに説明します。

 抽象化>一般化の
アンバランス
あり

なし

全体的な
情報処理能力

低い(低機能)
自閉症
精神遅滞
高いアスペルガー
症候群
正常


この仮説は、脳がどんなときにどんな風に「一般化」に失敗するのかといった問題をコンピュータシミュレーションによって実験・確認することができるだけでなく、自閉症児に見られる、一見矛盾するようにみえるさまざまな知見(二重解離問題)を解くことができ、さらにそれ以外の一般的な自閉症児の行動や症状も説明できることから、妥当性はかなり高いと考えられます。

そして、この、コネクショニスト・モデルから導かれる自閉症の「一般化障害仮説」に基づく、自閉症児療育の基本方針は次のようになります。

①構造化
 環境からの重要な情報を目立たせ、無駄な情報を排除する。
②(方法論的)行動療法
 子どもからの環境への働きかけに明快なフィードバックを与える。
③無理な汎化を求めない
 無理な汎化は習得したスキルの崩壊につながるリスクがあると理解する。
④「注意を向ける」ことを最初に訓練する
 注意を向けて活動することで、初めて脳は変化し「学習」する。
⑤できれば早期介入
 早く始めるほど効果的。でもいつ始めても効果はある。
⑥小さく始めて、大きく育てる
 最初は単純なことから教えることで複雑なことも学習できるようになる。

この方針一覧を眺めたとき、TEACCHの療育方針・理念と極めて近いことに驚きます。
TEACCHは認知心理学をベースにしつつも、基本的には現場の経験から骨格を固めてきた療育法ですが、今回の仮説は、TEACCHの方法論の妥当性、合理性、先見性を理論面から支持するものになっているといえるのではないでしょうか。

今回の仮説の理解を深めるために有効だと思われる書籍を、再度ご紹介しておきます。

[重要関連文献]

1) コネクショニスト・モデルの考え方(コネクショニズム)に関する入門書


考える脳・考えない脳―心と知識の哲学
著:信原 幸弘
講談社現代新書 (レビュー記事

ロボットの心―7つの哲学物語
著:柴田 正良
講談社現代新書 (レビュー記事

シリーズ心の哲学〈2〉ロボット篇
編:信原 幸弘
勁草書房


2) コネクショニスト・モデルに関する本


脳 回路網のなかの精神―ニューラルネットが描く地図
マンフレート シュピッツァー
新曜社 (レビュー記事

自閉症に働きかける心理学〈1〉理論編
著:深谷 澄男
北樹出版 (レビュー記事

コネクショニストモデルと心理学―脳のシミュレーションによる心の理解
著:守 一雄 ほか
北大路書房


3) 環境とヒトとの相互作用について深く理解するための本。


環境に拡がる心―生態学的哲学の展望
著:河野 哲也
勁草書房 双書エニグマ (レビュー記事

遊びを育てる―出会いと動きがひらく子どもの世界
野村 寿子
協同医書出版社 (レビュー記事

アフォーダンス-新しい認知の理論
著:佐々木 正人
岩波科学ライブラリー


4) TEACCHと構造化に関する本


自閉症児のための絵で見る構造化 パート2―TEACCHビジュアル図鑑
佐々木 正美
学習研究社 (レビュー記事

本当のTEACCH―自分が自分であるために
内山 登紀夫
学習研究社 (レビュー記事

自閉症のすべてがわかる本
佐々木 正美
講談社 (レビュー記事

5) 大脳の階層モデルについて考察した本


考える脳 考えるコンピューター
著:ジェフ・ホーキンス
ランダムハウス講談社 (レビュー記事
posted by そらパパ at 22:48| Comment(0) | TrackBack(1) | そらまめ式 | 更新情報をチェックする
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