2006年11月06日

新しい認知心理学から自閉症を考える(19)

前回、カナー型に近いと思われる「弱い一般化処理」のモデルの自閉症児への療育にとって最も重要なのは「構造化」だ、という話をしました。

「弱い一般化処理」の自閉症児への介入法

この図で分かるとおり、構造化は「環境からの入力」への介入ですが、もう1つ重要なことは、子どもからの「環境への働きかけ」の結果への介入、つまり、フィードバックです

療育論の最初でも書きましたが、私たちは「環境への働きかけ」と「フィードバック」以外の介入手段を持っていません。
これは行動主義的考え方にもつながりますが、どんな療育法であれ、結局のところ私たちができるのは、「子どものための環境を整えてあげること」と、「子どもからの働きかけに反応すること」の2種類だけなのです。

自閉症の子どもは、環境からの情報を取得、蓄積する「抽象化処理」が相対的に過剰なので、何もしない状態では、環境からのフィードバックは他の雑多な情報にまぎれて「ノイズ」のようになってしまい、適切に処理することが難しいと考えられます。
フィードバックを適切に受け止め、処理することができなければ、環境への働きかけは一方的なものになり、環境を知覚・学習するための「フィードバックループ」が回りません。

そこで、大人の側が「フィードバック」に積極的に介入して、環境に対する働きかけとその結果との間の因果関係を、多義性を排除してくっきりと示すことが必要です。つまり、環境の構造化によって環境からの「情報のコントラスト」を引き上げたのと同じように、フィードバックも構造化する(つまり、何をすればどうなるという構造を明確化する)ことによって、フィードバック情報のコントラストも引き上げる必要があります。

フィードバックの構造化というのは変な言い方ですが、これは実は行動療法(ABA、応用行動分析)による介入にほかなりません
行動療法では、子どもの行動に対して、それが適切であれば即座にごほうび(強化子)を与え、適切でなければ適切な行動に誘導します。これは子どもの側からみると、環境への働きかけに対して、多義性がなく非常に分かりやすいフィードバックを与えていることになりますから、まさに環境からのフィードバックの構造化、フィードバック情報のコントラストの引き上げを行なっていることになります。

3つ目として、「汎化訓練」についても、従来の考え方とは少し違う結論が導かれます。

抽象化処理が相対的に強いために一般化が阻害されている状態とは、常に一般化処理がオーバーフローするリスクを抱えた状態だと言えます。
ですから、あるスキルを構造化された場面で習得したとして、そのスキルの汎化のためにいろいろな場面で訓練を行なった場合、一般化処理がオーバーフローして一般化学習ネットワークが破壊され、汎化がうまくいかないばかりか、そのスキル自体が崩壊してしまう可能性があるのです。これは、理論のところで解説した「折れ線現象」が起こるのと同じしくみです。
この問題は、一般化処理の能力自体が弱い、この「弱い一般化処理のモデル」に該当するカナー型自閉症児において特に顕著なのではないかと思われます。

したがって重要なことは、あらゆるスキルをすべて汎化させて、自閉症児を複雑な社会に適応させていかなければならないと考えるのではなく、構造化された特定の場面(例えば自宅)だけで使えればいいスキルはむしろそのままにして無理に汎化させず、一般化処理のオーバーフローによるスキルの崩壊を防ぐ工夫も同時に考える必要がある、ということです。

どうしても汎化させる必要のあるスキルも、ただ「スキルの汎化」と考えるのではなく、「複数の個別スキルの訓練」として教えたほうがいいかもしれない、という視点を持つ必要があります。
例えば外食なら、「外食一般」を目指して汎化訓練するのではなく、本人が実際に利用する外食店を例えば3店選び、それぞれの店での対応を3つの個別ケースとして教えるほうが、結果として行動も定着し、本人も安心して行動できるかもしれません

自閉症児にとって、どのようなスキルは「汎化可能」で、どのようなスキルは「汎化が難しい」かの判断の際に1つの目安となりそうなのは、繰り返し話している「非線形分離課題への拡張を強いるような汎化でないか?」というポイントでしょう。
つまり、既に獲得したスキルに対して、「例外」や「条件」や「ルールの階層化」が新たに加わるような「汎化」をさせるのは、スキル自体の崩壊を含め、リスクが大きいと推測できます。
これは、スキルを獲得させる時点から考慮すべきでしょう。あとで例外を作らなければならないようなスキルを獲得させるよりも、むしろ限定された場面でしか使えないけれども例外が生じないようなスキルを獲得させたほうがいいかもしれないのです。

また、これは別の見方をすると、自閉症児の快適な生活・人生のためには、一生を通じた環境への働きかけ・構造化のサポートが求められる、ということでもあると思います。
そういった配慮なく、たとえば学校でさまざまなスキルを学んで卒業したとしても、その後は生活のすべてを複雑な社会の中で過ごさなければならなくなったカナー型の自閉症者は、ほどなくさまざまなスキルにおいて「一般化処理のオーバーフロー」を起こしてしまい、学校で身につけたスキルさえどんどん失っていってしまうかもしれません。

以上、カナー型の自閉症児(「弱い一般化処理」のモデルに適合する自閉症児)への療育の3本柱は、以下のとおりとなります。

①構造化
②行動療法
③無理な汎化を求めない


(次回に続きます。)
posted by そらパパ at 22:56| Comment(0) | TrackBack(0) | そらまめ式 | 更新情報をチェックする
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