2006年10月27日

新しい認知心理学から自閉症を考える(13)

ここまでで、コネクショニズムの心理学が注目する自閉症への仮説に私なりの解釈を加えた「一般化障害仮説」の大枠をご紹介することができました。

ところで、仮説というのは、理論内での整合性が取れていることが確認できれば、次に、現実の事象をうまく説明できるかという観点から検証されなければなりません

この仮説は既に、自閉症の4つの二重解離(①社会適応は悪いのに個別的な記憶は優れている、②脳の中に萎縮している部分と発達している部分がある、③ことばの有無や知能などに著しい幅を持つにも関わらず多数の共通症状を持つ「自閉症スペクトラム」を形成している、④順調に見える発達の過程から退行して自閉症になるような「折れ線現象」が見られる)という難問を合理的に説明しています。
さらに、一般化処理に失敗したときのニューラルネットの挙動(過剰な適応/誤ったルール化/ルール化の失敗)と自閉症児の学習困難との間に強い類似性があることも分かっています。

このように、仮説の説明力としては相当なものがあると言っていいのではないかと思いますが、改めていくつかのトピックについて考察を加えたいと思います。

1) 自閉症の三つ組の障害

まずは、ローナ・ウィングが提唱した「自閉症の三つ組の障害」から考えていきたいと思います。

a.社会性の障害
 既に「名前を呼ばれたら振り返る」というルールの獲得の話題で書いたとおり、社会性というのは、複雑な環境とのフィードバックループの中から、「環境との相互作用」のやりかたを一般化し、ルール化していくことに他なりません。特に、ヒトとの間で適切なやりとりを学んでいくためには、さまざまなルールを相互作用の中で学んでいく必要があるでしょう。そのフィードバックループが回らない状態になっていれば、社会性の獲得に著しい障害が出るのは当然だと思われます。

 ここで、この「社会性の障害」に、さらにやや専門的な考察を加えてみます。

 自閉症児に特に困難が生じるのは、計算論的には「非線形分離課題」と呼ばれる、例外や条件や階層があって、単純な論理が適用できないようなルールの学習です。
 例えば、「一般的にはうそはついてはいけないが、正直に話すと他人を傷つける場合は、うそをついたほうがいい」とか「一般的には一度口にいれた食べ物は出すべきでないが、ガムはしばらくかんだら出さなければならない」とか、もっと複雑なものでは、「一般的に笑うことはいいことだが、法事のときは笑ってはいけない。でもお斎(法事の後の食事)では笑ってもいい、ただし大笑いは良くない」といったルールが「非線形分離課題」に該当します。

[ガム問題]のマトリックス
 食べ物が
ガム以外

ガム

口から

出さないOKNG
出すNGOK

↑この表に1本の直線を引いて「OK」と「NG」をきれいに分離することはできません。つまり、この課題が「非線形分離課題」なのです。(もし直線で分離できる場合、そのような課題は「線形分離課題」と呼ばれます。)

 ちなみに、いわゆる「心の理論課題」もこの非線形分離課題の複雑な例の1つだと言えるので、別に心の理論だけを特別視して「これこそ自閉症の原因だ」などと考える必要はないと言えます。(そういう意味では「心が読めない」のは「一般化障害」が原因でおこるさまざまな二次障害の1つの過ぎないのであって、自閉症の「原因」と呼べるような一次障害ではないと考えられます。)

 そして、このような「非線形分離課題がうまく解けない」という現象は、コネクショニスト・モデルで一般化・ルール学習をシミュレーションするときに使う「フィードバック付き多層ネットワーク」で、中間層が薄い(階層が浅い)場合に起こります。
 例えば上記の「ガム問題」は、中間層がゼロの場合には絶対に学習できないことが証明されており、少なくとも1層の中間層が必要です。「心の理論」のような複雑な入れ子構造をもった非線形分離課題を解くためには、恐らくさらに厚い中間層を持ったネットワークで的確に一般化処理を行なう必要があるはずです。
 つまり、非線形課題を解くことの失敗と、一般化能力に障害があることとの間には、強い関連性があるのです

 社会のルールを学ぶことはとりもなおさず複雑な非線形分離課題を解くことであり、一般化処理に障害を受けたネットワークは非線形分離課題が解けなくなる、という2つの事実を考え合わせれば、脳の一般化処理に障害が生じ、複雑な非線形分離課題を解くことができず、そのために複雑な社会のルールが学習できないということが自閉症の「社会性の障害である」という結論に自然に帰着します。


[関連文献]

1) 自閉症の三つ組の障害などについて書かれた、もはや「古典」。


自閉症スペクトル―親と専門家のためのガイドブック
著:ローナ・ウィング
東京書籍 (レビュー記事


2) 古い本ですが、自閉症児が困難を示す「非線形分離課題」の典型例が大量に掲載されている資料集として、意外な存在価値を示す新書。


自閉症
著:玉井 収介
講談社現代新書 (レビュー記事

(次回に続きます。)
posted by そらパパ at 22:30| Comment(2) | TrackBack(0) | そらまめ式 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして、marcといいます。
読んで思ったことを書きます。

自閉症者は、「ガム問題」などを全てマトリックスにして、いくつも暗記して対応すればよいと思います。一対一対応の理解をたくさん増やすことで般化していけばよいと思います。

高機能自閉症者は、心の理論も暗記して、対応できている人もいるので、心の理論を学習課題にしていけばよいと思います。
Posted by marc at 2015年12月10日 13:14
marcさん、

コメントありがとうございます。

そうですね、本来はマトリックスをすべて暗記していくのがいいですが、その組合せが膨大なものになってしまって、現実的ではなくなるという問題があるのだと思います。

その制約の中で、できるだけ多くの「難しいルール」を覚えていこう、というのが、ソーシャルスキルトレーニングなのだと思っています。
Posted by そらパパ at 2015年12月14日 21:24
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