2006年10月23日

新しい認知心理学から自閉症を考える(12)

これまで、一般化障害仮説に基づく、健常者・カナー型自閉症者・アスペルガー型自閉症者、それぞれのモデルについて見てきました。

一般化障害仮説 健常者モデル
↑健常者の環境知覚モデル。

この「健常者の環境知覚モデル」では、抽象化処理と一般化処理のバランスが取れているため、環境を適切に知覚し、働きかけ、さらにそのフィードバックを受けるという「フィードバックループ」が適切に機能し(大きなサイクルが健全に回る状態)、環境との相互作用による学習が問題なく進みます。

一般化障害仮説 「弱い一般化処理」の自閉症モデル
↑カナー型自閉症者の環境知覚モデル。

一方、上記のモデルは「弱い一般化処理」の(カナー型)自閉症モデルです。一般化処理能力にダメージを受けて弱まっているため、環境からの入力を再構成して一般化された「ルール」を学習できないために、環境とのフィードバックループが回らず、環境に適切に知覚し、働きかけるスキルの発達が著しく阻害されます。


一般化障害仮説 「強すぎる抽象化処理」の自閉症モデル
↑アスペルガー型自閉症者の環境知覚モデル。

そして、このモデルは「強すぎる抽象化処理」の自閉症モデルです。こちらのモデルでは、一般化処理は正常範囲の能力を持っているものの、そこに情報を送り込む抽象化処理が「強すぎる」、つまり本来ノイズとして無視すべきような細かい情報まで常にどんどん送り込んでしまうような状態になっているため、やはり一般化処理がパンクし、自閉症特有の「環境との相互作用がうまくできない」という各種症状を発現します。
ただし、全体的な情報処理能力は決して低くはないため、知的な遅れは大きくありません。このモデルはアスペルガー型(高機能)自閉症のモデルだと言えるでしょう。

続いて、これらとの比較のために、自閉症ではない精神遅滞のモデルを同様に考えてみます。

一般化障害仮説 自閉症でない精神遅滞のモデル
↑自閉症でない精神遅滞の環境知覚モデル。

この第4のモデルがこれまでの「自閉症のモデル」と異なるのは、抽象化処理、一般化処理の両方がダメージを受けており、全体的な情報処理能力は落ちているものの、2つのモジュール間の情報処理能力の間にはアンバランスが生じていない点にあります。

この状態では、環境から情報を取り込み蓄積する「抽象化処理」、そこからルールを発見する「一般化処理」、いずれの処理能力も小さいのですが、両者の連携はうまくいっており、環境との間で小さな(でも、適切な)フィードバックループが成立しています。

そのため、環境に対する関わり=相互作用の発達は「遅れる」ことはあるものの、「異常」な状態にはならないと考えられます。

言うまでもなく、このモデルの状態から、2つのモジュール間の情報処理能力のバランスを少しずつ崩していくと、やがて「(知的障害の重い)自閉症」と呼ばれる領域に入っていくでしょう。
つまり、自閉症スペクトラムというのは、健常者と自閉症者との間の連続性のみならず、自閉症と精神遅滞との間にも連続性があるということを含めた概念として捉えなければならない、ということです。

ここまでの議論を整理するために、先に掲載した「自閉症スペクトラムマップ」を、改めて掲載しておきます。
上記で解説した4つの図によるイメージとあわせて整理すれば、理解がより深まるのでないかと思いますので、再掲することにしました。

自閉症スペクトラム・マップ

ここで、自閉症スペクトラム(精神遅滞→健常のエリアの左上にある「赤-オレンジ-ピンク-紫」の領域)に注目してみると、大きく、次のような3つ(ないし4つ)の領域に分かれていることがわかると思います。

・一般化処理能力に遅れのないケース
   → ことばのあるアスペルガー症候群
   (その中でも特に処理能力の高いエリアは「天才型」としました)

・一般化処理能力にやや遅れがあるが抽象化処理能力が高いケース
   → ことばが遅いが知能水準はある程度高い「高機能自閉症」

・一般化処理能力の遅れの大きいケース
   → ことばが著しく遅れる「低機能自閉症」


 それぞれの区分内でも、左上(アンバランスが大きい)ほど「自閉性」が強く、右下(アンバランスが小さい)ほど自閉性は低くなると考えられます。
 その一方で、左下から右上に向けての軸は「全体的な脳の処理能力水準」を表しており、左下に進むほど知的な障害が重く、右上に移るに従って知的には健常に近づいていくということを意味しています。

(次回に続きます。)
posted by そらパパ at 22:56| Comment(4) | TrackBack(0) | そらまめ式 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
そらパパさん、こんにちは。
今回の記事、ものすごく解りやすかったです!
環境知覚モデルの図によって、自閉症スペクトラム~自閉症以外の精神遅滞~健常者の違いが、よく解りました。
また、自閉症スペクトラムの概念についても、改めて納得です!
Posted by いっくんママ at 2006年10月24日 13:08
いっくんママさん、

コメントありがとうございます。
そうですね、今回ご紹介しているモデルは、少なくとも自閉症の問題の理解を深めるという意味では、けっこういい線をいってるんじゃないかと思っています。

とても長い記事になってしまって申し訳ありませんが、最後までお付き合いいただければ嬉しいです。(^^;)

Posted by そらパパ at 2006年10月24日 23:57
広汎性発達障害傾向のありそうな男児の父です。
興味深く読ませて頂きました。

ただ少し疑問に感じる点があるためコメントさせていただきます。

カナー型自閉症者とアスペルガー型自閉症者とでそれぞれ別の環境知覚モデルで説明されていますが、ダメージの位置が違うので発症原因は別である可能性が高そうに見えます。

原因は別だけれど、抽象化処理と一般化処理のアンバランスになることにより同様の症状を発症するということですよね。

ところがカナー型自閉症とアスペルガー型自閉症が別の原因だとするとこの二つの発症の相関関係が説明つかないと思うのですが。
(カナー型のお子さんの親御さんがアスペルガーという事例はよくありませんか)

まったくの素人が口幅ったいことを言うようで申し訳ありません。
Posted by ruby at 2007年09月04日 00:59
rubyさん、はじめまして。

ここでの仮説では、カナー型とアスペルガー型はまさに連続体として考えていて、「別の原因」とは考えていません。

ダメージの位置は、「例えば、仮に」矢印を一箇所に向けているだけであって、このイメージ図でいえば実際にはあらゆる場所にダメージの矢印は(大きさを変えて)描くべきところでしょうし、さらには、このイメージ図自体がその部分については単純化していると言えます。(自閉症における脳のダメージは、ネットワークのあり方のダメージであると考えられますが、そもそも脳のネットワークはこの図ほど単純に抽象化と一般化というモジュール構造では本来表現できません。)

ちなみに、手前味噌になりますが、この仮説については拙著「自閉症」でより詳細に考察しなおしていて、本ブログに掲載されているのは少し古いバージョンになります。もし機会がありましたら、そちらもご覧いただけると、この仮説をより詳しくご理解いただけるのではと思います。
Posted by そらパパ at 2007年09月05日 00:16
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