2006年10月17日

新しい認知心理学から自閉症を考える(8)

前回みたような、抽象化され一般化モジュールに流し込まれる情報が「多すぎる」ことによって一般化に失敗することが自閉症の原因である、というモデルなら、冒頭で書いた自閉症に関する二重解離の問題を解決することができます。

①自閉症児は広い意味での抽象能力は劣っているのに、細かい記憶などは優れている(ことがある)という問題。

②自閉症児の大脳のある部分は萎縮しているが、海馬や扁桃核のような『学習・記憶』に関わる部位はむしろ発達しているという問題。


なぜなら、「抽象化される情報が多すぎる」ということは「細かい個別的なことをよく記憶している」ということと矛盾しませんし、海馬や扁桃核(記憶や学習に関連する脳領域)が発達していることとも整合性があります。それでいて、自閉症の問題である「一般化能力(社会に適応する能力)の障害」もきれいに説明できるのです。

私が追加した、残る2つの二重解離についても考えてみます。

③自閉症児の多くが『ことば』に致命的な遅れを持つ一方で、アスペルガー症候群の子どもにはことばの遅れがない。しかし他の多くの『自閉的症状』は共通しているという問題。

④自閉症児の多くは発達の途中まで一見『正常』に育つのに、ある時点から社会適応性が急に伸びなくなる。むしろ退行することもあり、『折れ線現象』と呼ばれるという問題。


③に関連するポイントは、この仮説で自閉症の原因と考えられている、「『抽象化』され蓄積される情報量が多すぎて、『一般化』処理能力を超えてしまう」という記述の「抽象化される情報量が多すぎる」という部分は、あくまで相対的なものである、ということです。

つまり、「脳にダメージを受けて『一般化処理』の力が(健常者と比べて)弱い」という、「弱い一般化処理のモデル」を考えることもできますし、逆に「『抽象化処理』を担う脳が発達しすぎて、健常者と同等の処理能力を持つ『一般化処理』でも間に合わない」という、「強すぎる抽象化処理のモデル」を考えることもできるのです。要は、「抽象化処理能力>一般化処理能力」というアンバランスが発生すれば自閉症になる、と考えているわけです。

そして、前者が典型的なカナー型自閉症、後者が典型的なアスペルガー症候群(高機能自閉症)のモデルだと考えることができるのではないか、というのが私の考えです。

もちろん「抽象化処理が強すぎる」ということと、「一般化処理が弱い」ということは、それぞれ「正常範囲内」から「著しく異常」な状態まで、あらゆる段階をとる可能性があるでしょう。つまり、「抽象化処理」と「一般化処理」のアンバランスの度合いも、さらには全体としての脳の情報処理能力も、さまざまなレベルを持つことが考えられます。
このように、絶対的な脳の情報処理能力の高低と相対的な抽象化/一般化処理のアンバランスの組合せにより、自閉症がさまざまな態様を取ることが、「自閉症スペクトラム」なのだと思われます。

ここで再び思い出すのが、以前、「『こころ』の本質とは何か」に出てきたこの表です。

 関係の発達
遅れあり

正常

認識の発達

遅れ
あり
(低機能)
自閉症
精神遅滞
正常アスペルガー
症候群
正常


この表自体は「関係の発達」という概念が結局同語反復だという問題がありましたが、私はこの表には何かピンと来るものがあり、時々意識に上っていました。
今回の仮説で、やっとこの表の上と左に、脳の機能レベルにまで下りた記述を書き込めます。(ここまで来るのは長かった!)

 抽象化>一般化の
アンバランス
あり

なし

全体的な
情報処理能力

低い(低機能)
自閉症
精神遅滞
高いアスペルガー
症候群
正常


長くなったので、残る④の二重解離については、次回触れたいと思います。

[関連文献]


「こころ」の本質とは何か
著:滝川一廣
ちくま新書 (レビュー記事

(次回に続きます。)
posted by そらパパ at 22:31| Comment(0) | TrackBack(0) | そらまめ式 | 更新情報をチェックする
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