2006年10月06日

新しい認知心理学から自閉症を考える(2)

ここで、「認知過程のシミュレーション入門」が指摘する、自閉症の「一般化障害仮説」の部分をもう一度引用してみます。
 自閉症では、a1.抽象能力の低下と、a2.個別的で単純な知識をよく記憶しているという独特な症状が観察されている。他方、b1.いくつかの大脳領域で神経細胞の密度が薄くなっている。しかし、驚くことに、b2.学習と記憶に不可欠な海馬や扁桃核や嗅脳などの領域では、神経細胞の密度が濃くなっている。これら4要件のうちで、a1とa2は矛盾しているように思われる。b1とb2はまったく矛盾している。このような矛盾を、どのように要件を関係づけてみると解決できるだろうか? もちろん実験的に究明したいのだが、どのような変数を設定して、どのように操作したら適切なのか、さっぱり見当がつかない。このようなときにこそシミュレーションが必要になり、有効である。
 学習(learning)と言うときには、経験したデータから変数間の関係をできるだけ正確に読み取ることができる抽象化(abstraction)の能力を意味する。同時に、その関係を新しいデータに応用することができる一般化(generalization)の能力も意味している。自閉症が表しているa1とa2の矛盾は、抽象化の能力は現れているが、一般化の能力が現れていないと考えると、かなり理解しやすくなる。シミュレーションの結果によると、驚くことに、情報量が適度に限定されていることが、一般化が可能になるための必要条件だった。過大または過小の情報量を与えられたときは、一般化の能力が損傷されてしまうのである。そうだとすれば、b1なのにb2だという矛盾こそが、自閉症を形成している中核の問題ではないかと見当がついてくる。つまり、一方の領域では、神経細胞の密度が薄くなって情報処理能力が低下している。ところが、他方の領域では、神経細胞の密度が濃くなって処理情報が増大している。このようなアンバランスが、一般化する能力を阻害しているのではないかと考えられる。そうならば、自閉症に実践的に働きかけるときは、関与させる情報量をできるだけ小さくして、繰り返しフィードバックを与えて、処理能力の活性化と増強を促進してゆくことが必要な心得になると理解できる。

(初版23~24ページ)

非常に教科書的に書いてあることもあり、ちょっと難解ですね。
少しずつかみ砕いて説明したいと思います。

実は、この引用部分は、いわゆる「二重解離」と呼ばれる問題とその解決法の例として紹介されている内容の一部です。
「二重解離」というのは、ある事象について、一見矛盾するような複数の特徴が同時に現われることをいいます。
この引用部分では、2つの二重解離について問題提起されています。

1つは、「自閉症児は広い意味での抽象能力は劣っているのに、細かい記憶などは優れている(ことがある)」という問題。(二重解離①

もう1つは、「自閉症児の大脳のある部分は萎縮しているが、海馬や扁桃核のような『学習・記憶』に関わる部位はむしろ発達している」という問題です。(二重解離②

私はここに、あと2つ、二重解離を追加したいと思います。

1つは、「自閉症児の多くが『ことば』に致命的な遅れを持つ一方で、アスペルガー症候群の子どもにはことばの遅れが少ない。しかし他の多くの『自閉的症状』は共通している」という問題。(二重解離③

もう1つは「自閉症児の多くは発達の途中まで一見『正常』に育つのに、ある時点から社会適応性が急に伸びなくなる。むしろ退行することもあり、『折れ線現象』と呼ばれる」という問題です。(二重解離④

なぜ、二重解離を特に重視するのか?
それは、仮説モデルの妥当性がもっとも端的に現れる問題だからだ、といえます。
ある現象を説明できそうな仮説というのは、実はいくらでも作ることができます。でも、現象の本質をとらえていない未熟な仮説は、その現象が内包する二重解離の矛盾を説明することができません。
逆にいえば、二重解離を1つのモデルでシンプルに説明できる仮説があるとすれば、その仮説の妥当性は高いと推論できるわけです。

例えば、ニュートン以前は、物体が落下するのは「物体の性質」だとされ、天体が落下してこないのは「別の物体だからだ」とされていました。つまり、これら2つの現象は別のモデルを使って説明されていました。
これに対し、ニュートンは「万有引力の法則」という仮説によって、「リンゴは落下する」のに「天体は落下しない」という矛盾、つまり二重解離を、同じ法則=モデルで説明することに成功しました。
二重解離問題を解いたニュートンの運動力学が、その後数百年にわたって物理学の大理論として君臨したのはご存知のとおりです。(今でも高校まではニュートン物理学ですね。)

ですから、自閉症にみられる、この4つの二重解離問題をすべて1つのモデルで説明できるような仮説があったとすれば、その仮説の妥当性はかなり高いだろう、と考えられるわけです。

今回のシリーズ記事は、この難問を解くチャレンジでもあります。
では、どんなアプローチが考えられるでしょうか?

これらの二重解離の問題は、すべて基本的には「脳の中」が関連することがらです。
ですから、これらを説明するためには、脳における認知処理やその発達について何らかのモデルを仮定し、そのモデルに基づいて健常児と自閉症児のどこが違うのかを描き出し、それを実際の臨床知見と照らし合わせて妥当性を検証するという、「脳の情報処理モデル仮説」を立てるアプローチが必要になるでしょう。
そして、このようなアプローチで自閉症の問題に迫っていこうというのが、「認知心理学」がとる立場だといえます。

しかし残念ながら、これまでの自閉症理論の多くは、それほど有効なモデルを提示できていないように思われます。

(次回に続きます。)
posted by そらパパ at 21:14| Comment(0) | TrackBack(0) | そらまめ式 | 更新情報をチェックする
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