本当のTEACCH―自分が自分であるために
内山 登紀夫
学習研究社
1 入門編 TEACCHプログラム入門
TEACCHプログラムの基本
自閉症とは何か
TEACCHの九つの理念
2 実践編(1)TEACCHの本当の現場
TEACCHの組織とサービスの概観
TEACCHの幼児教育チャペルヒルセンターのプレスクール(就学前プログラム)
TEACCHセンターのサービス
シャーロットTEACCHセンター
3 実践編(2)地域との連携
カロライナ生活・学習センターCarolina Living & Learning Center(CLLC)
就労支援プログラム
教育との連携
メンタープログラム
TEACCHクライアントのインタビュー
TEACCHと他の組織との連携
4 専門編 TEACCHをもっと理解するために
ショプラー先生へのインタビュー
メジボフ教授へのインタビュー
TEACCHへの批判と誤解に答える
もう一度TEACCHの理念
これは実に画期的。
TEACCHのすべてが分かる本と言ってもいいのではないかと思います。
といっても、TEACCHの療育法が書いてある本ではないので、本書を買ったからといって具体的な療育に取り組めるということはありません。
そうではなく「TEACCHとは何であり、何でないのか?」という疑問に、飾りなく網羅的に答える本になっているという意味で、「TEACCHのすべてが分かる本」と呼べるのではないか、と思うのです。(ただし、同じTEACCH系で殿堂入りしている「自閉症のすべてが分かる本」と比べると、文字が多くてかなり堅い本です。)
著者は、佐々木正美先生とならび日本におけるTEACCH界の中心的存在である内山先生。非常に有名な先生ではありますが、意外にもTEACCHに関する単独著作は、私の知っている限り本書が初めてなのではないでしょうか。
余談っぽい書き出しになってしまいますが、本書はタイトルがあまりよろしくないと個人的には感じます。
「本当の」というのは「ほんものの」とかと同様、非常にデリケートな単語で、使い方を誤ると簡単に「いかがわしい」イメージに堕します。それは、この言葉が、主観を客観に強制変換するような志向性を持っているからで、しばしばカルト的真理を押し売りするようなときに使われるからでしょう。
私も、実は本書を手にとる前、もしかするとこの本は、TEACCHの理念の「『本当の』素晴らしさ」を独断的に押し売りする本かもしれない、という一抹の不安を感じていました。
もちろん、私のそんな不安はまったくの杞憂で、オビでの佐々木先生の推薦文にあるとおり、「幅広く入念に著述され」、「誤解の余地がない入門書であり、同時に高度な専門書」でした。そして、自閉症児療育にかける想いと情熱を理性で抑えているような本書の文体にも非常に感銘を受けました。
TEACCHの理念についても、「声かけは必ずしも積極的に推進しない」とか「完全統合がベストだとは言い切れない」といった賛否両論存在するような考え方についても明確に書かれていますし、ノースカロライナ州におけるTEACCHの実態についても、素晴らしい部分だけを抜き出すことなく、例えば本格的な早期診断の順番待ちが1年以上になってしまっているとか、ジョブコーチがマンツーマンで付く就労支援プログラムの適用を受けている自閉症者は費用の問題でわずか20人程度しかいないなど、TEACCHの最前線においても現実と限界があることが率直に記述されています。
巻末にある「TEACCHへの批判と誤解に答える」のセクションも、不必要な他の療育法への攻撃はなく、あくまで慎重な言い回しに終始し、淡々と批判に対する意見、立場が表明されている辺りは、著者の知性と誠実さを特に強く感じる部分です。(それでも、先生の「熱い想い」が抑えきれずにそこかしこに現われていて、本書の中で一番面白いセクションになっているのですが)
そんな、格調さえ感じさせる内容に対して、タイトルはちょっと筆がすべったような印象を受けます。
本書のコアターゲットとなると思われる、TEACCHの理念、実態、全体像を美辞麗句なしに客観的に知りたいという「知的な」読者は、このタイトルにはちょっと「引いて」しまうのではないかとおせっかいにも心配してしまいます。(「TEACCHの真実と現実」といったタイトルなら内容に合っているような気がしますが、これだと売れないですか?笑)
さらに言うと、サブタイトルの「自分が自分であるために」が真に意味するところは、私の読解力不足のせいか、結局最後まで分かりませんでした。
ともあれ、本書はこれまでの多くのTEACCH書ではよく分からなかった、「TEACCHの全体像」が手にとるように分かる、画期的な本だと思います。
TEACCHに強い関心のある方はご存知だと思いますが、毎年、ノースカロライナに行ってTEACCHを視察・体験する研修ツアーが開催されています(私も行こうか検討したことがありました)。本書の内容は、実践部分を除けば、もしかするとそのツアーで得られるものを上回るのではないかと思います。
私がこの本で初めて知った事実には、例えば次のようなものがありました。
・TEACCHはフロイト理論による自閉症療育へのアンチテーゼとして生まれた。
・故ショプラー教授は「冷蔵庫のような親」論で悪名高いベッテルハイムに師事していた。
・TEACCHは「理論」を非常に重視しており、最も拠って立つのは、いわゆる「認知革命」によって登場した、方法論的行動主義に基づく認知心理学である。
・アンディ・ボンディ氏はノースカロライナで学び、TEACCHの経験を積んだ後にPECSを開発した。
・TEACCHでは、課題ができたという「達成感」を、強化子として最重要視している。
・ノースカロライナにおいても、TEACCH部が自閉症療育をすべて取り仕切っているわけではなく、診断後に2回程度の教育セッションを行なった後は、プレスクールや学校との連携をコーディネートするのが主たる役割である。
・ノースカロライナといえども、自閉症児の療育に使われている予算額は「常識的」なものである。
・ショプラー教授は「自閉症児専門の学校」といったものの設立は、自閉症者の社会からの孤立につながるため一貫して反対してきた。
・アメリカでは公的な療育コストの一部は公的な健康保険から拠出されている。
とにかく、学ぶところの多い本です。
療育技法の表層的な理解を超えて、TEACCHの本質に迫りたい方には絶対におすすめです。
(ショプラー教授の亡くなるわずか数か月前のインタビューが載っているというのも、本書の非常に感慨深い部分です。)
最後に思いっきり余談。
「TEACCHは訓練するからダメ。『おくれを共に生きる姿勢』(意味不明)が大切」とか言っている人は、本書のような本を読んで、それからTEACCHに文句を言わないと恥をかくと思いますよ(笑)。
※その他のブックレビューはこちら。
http://www.eonet.ne.jp/~skado/book3/truePECS.pdf
です。
コメントありがとうございます。
ブログを通じたネットコミュニケーションは、元記事がどんなに古いものであっても、たった1つのコメントによって「新しい話題」として生まれ変わる点が素晴らしいと思っています。
ご紹介いただいた本書に関するPDFレポートは、以前に読ませていただいていました。
TEACCHは包括的な療育プログラム全体を指し、PECSは具体的な療育技法を指すので、この2つを「比べる」というのは、その行為自体がPECSについて何らかの誤解を前提としているのだろう、というご指摘はまったくそのとおりだと思います。
ただ、ショプラー氏やメジボフ氏は、この、やや擬似問題的になってしまっている質問を「ボンディ氏の療育スタイルとTEACCHの療育スタイル」といった形に「翻案」して、適切な回答を寄せられているように感じます。
また、最後のご指摘、「PECSは文法にこだわる」については、PECSはある程度、「絵カード1枚=音声言語における1単語」という機能的関係に(ABA的に)こだわりを持っているという印象です。つまり、「音声言語の単語」を「絵カード」に置き換えただけで、それ以外はできるだけ「本来の口語会話」と同じにしよう、という意図を感じます。その点を「文法にこだわる」というのであれば、あながち間違ってはいない指摘なのかな、と感じます。
例えば、PECSでは「りんごが欲しい」と「りんごがある」の「りんご」に同じ絵カードを使い、「欲しい」と「である」の絵カードを併用することで意味の使い分けを求めますが、そこにはやはり「絵カード=(汎用性のある)単語」「並べ方=文法」といったこだわりを感じるわけです。
http://soramame-shiki.seesaa.net/article/20769999.html