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2006年09月06日 [ Wed ]

そらパパ詳細プロフィール

<はじめに>
 この詳細プロフィールは、読者の方への、一種の「履歴書」のようなつもりで書いています。
 当ブログ内には、心理学の理論に関連する内容や、書籍や他の方が主張されている療育理論に対する批判的考察が多く含まれていることもあり、読者の方が記事内容について判断するための1つの情報として、私の持っている心理学方面のバックグラウンドがどのようなものであるのかを示すべきなんじゃないか、ということで、この詳細プロフィールを設けることにしました。
 言うまでもなく、本プロフィール内容は実際には記事の価値や信頼性を高めるものでも低めるものでもなく、上記のとおりシンプルに読者の方に追加の情報を提供するものです。

 私は自閉症児の父親ではありますが、心理学や療育で食べているわけではなく、心理学に関してはアマチュアです。このブログの内容を実際の療育に活かすにあたっては、ぜひとも専門家の指示もあわせて受けるべきですし、そこで意見の対立があった場合は、実際の療育現場に立っている専門家の意見を最大限に尊重し、最終的には自分の判断で何をすべきかを決めていく必要があると考えています。



<そらパパ 詳細プロフィール>

 認定心理士(日本心理学会)の資格を取得しました。(ID 17668)

  認定心理士証
  ↑そらまめちゃんイラストの部分は本来は顔写真です。

 本を出すことができました。

 

 自閉症−「からだ」と「せかい」をつなぐ新しい理解と療育
 著:そらパパ・神谷 栄治
 新曜社
 2007年5月29日発行

 

 自閉症の子どもと家族の幸せプロジェクト
  〜お父さんもがんばる!「そらまめ式」自閉症療育
 著:そらパパ
 ぶどう社
 2008年7月28日発行


 某国立大学文学部第4類(行動学)心理学専修過程卒業。
 心理学関連の取得単位の概要は以下のとおりです(認定心理士の科目区分による)。

心理学概論 4単位
心理学研究法 8単位
心理学実験 8単位
知覚心理学・学習心理学22単位
比較心理学・生理心理学 6単位
人格心理学・臨床心理学 8単位
社会心理学・産業心理学 2単位
卒業論文 8単位


 卒業論文テーマ:自己組織化モデルの和音知覚への適用−適応過程としての和音知覚

 卒論

 取得単位の多くを占めている「知覚心理学・学習心理学」の中身は主として(広い意味での)認知心理学であり、卒業論文の内容もこの領域を扱っているため、これを加算すると全体の約半分、30単位を認知心理学によって取得していることになります。
 心理学実験では、行動分析学ではおなじみのラットの迷路学習やスキナー箱を使った強化スケジュールの実験に加え、プライミング効果のような認知心理学の基礎的な実験も行なっています。
 また、人格心理学・臨床心理学の単位の中で多くを占めているのは精神分析です。

 卒業論文のテーマは、和音知覚の「学習」の成立を、コネクショニスト・モデル(ニューラルネット、PDPモデル)の一種であり、当時としては新しかった「コホネンの自己組織化モデル」という学習モデルを使って研究するという内容でした。

 大学在学中、国家公務員採用一種試験(心理職)にも合格し(二次の面接は未受験)、大学院への進学もあわせて考えるなど、心理学方面への就職もかなり考えたのですが、最終的には心理学とは無関係の民間企業への就職を選択しました。もし公務員になっていたら、今ごろは療育サービスを「提供する側」になっていたかもしれません。

 現在は、外資系金融機関で管理職をやっています。
 いまのオフィスは特に「外資系」らしい部門で、上司を含む多くの仕事相手は外国人で、普段の仕事の約60%、メールの約80%が英語という感じです。留学経験などは特になく、英語は仕事の中だけで身に付けてきました。

 そして、プライベートでは一児の父です。
 一人娘は発達指数で30あたりをうろうろしている重度の精神遅滞を伴う自閉症です。現時点での療育の最終目標はサポートのある特別な環境(作業所等)を前提として、自立生活が送れるようになることです。

 このブログを立ち上げたのは、娘の療育のために試行錯誤を繰り返している中で、多少の心理学の素養を持った私が療育について考えたり実践したりしていることが、もしかすると同じようなチャレンジをしている他の親御さんの役に立つといったこともあるかもしれない、と思ったことと、何より、自分自身が毎日の療育に対して、より大きな意義や問題意識を感じながら取り組めるようになるかもしれない、と感じたことが大きいです。
 今のところ、その目的は不十分ではありますが達成できているんじゃないかと感じています。今後とも当ブログをよろしくお願いします。

posted by そらパパ at 20:55 はてなブックマーク | コメント(37) | トラックバック(0) | 雑記
この記事へのコメント
履歴を拝見して、わがくにの臨床心理学会は貴重な人材を逃したのだとつくずくかんじます。
わたしは学習心理学の出身なので学習理論には多少はつうじていますが、知覚、認知の領域の勉強が不足していて、日々感心しながらあなたのブログ絵勉強させていただいています。今後とも宜しくお願いいたしまう。院生たちいもつねずねあなたがたの扱っている子ども達の保護者にはこのように凄い方がおられるのだと常々言い聞かせています。いよいよわがくににも行動療育の時代が到来です。
Posted by don at 2006年10月05日 18:05
don様

いつもながら恐縮です。
妻のブログにもお声をかけていただきありがとうございます。

「ぶら下がり」については、「怖がってやらない」という話を妻から聞いていたので、家では娘が喜ぶ楽しい運動遊びの合間に軽く「ぶら下がり」を入れて、ぶら下がりに暴露させるようにしていました。それが多少効果があったかもしれませんね。

自閉症児はことばが通じにくく、また、罰に対して特にネガティブに反応するということを考えれば、技法として行動療法を採用しないということは考えられません。
あとは、行動療法が語れない自閉症の「なぜ」の部分について、認知心理学が謎解きに挑んでいくということなのだと思います。

それに関連して、今日から、自閉症の機制についての新しい仮説を書き始めることにしました。今回は特に気合が入っています。気が向いたときにでもご笑覧いただければ幸いです。
Posted by そらパパ at 2006年10月05日 22:44
そらパパ様
つい先日まもなく3歳になる娘が自閉症と診断されました。そらパパさんのような先輩がいらっしゃることに心から感謝しています。私も娘が障害を克服しながら成長する過程をともに喜びながら、早期発見、早期療育が可能な世の中を作るために貢献していきたいと思います。
Posted by 喜喜麒麟 at 2007年08月04日 11:37
喜喜麒麟さん、はじめまして。

他のコメントでも書きましたが、子どもの障害を真正面から受け止め、ともに生きていく確信を得るまでには、一定の時間がかかると思います。

そして私は、障害は「克服」するものではなく、共存し、折り合いをつけていくもの、あるいは逆に(その障害をもつがゆえの、ある種の強みを)「伸ばして」いくものだと考えたほうがいいと思っています。なぜならは、障害をもつ子どもにとって、その障害は排除すべき悪魔のようなものではなく、その子の人間性そのものだという側面を持っているからです。具体的な問題行動や発達課題は「克服」していくべきものかもしれませんが、障害そのものを「克服」しようとすることは、ある意味とても「しんどい」ことだと思います。

今後ともよろしくお願いします!

Posted by そらパパ at 2007年08月05日 20:48
はじめまして。
私は、自閉症の2歳児のママです。
2歳1か月で、自閉傾向と診断されて今2か月を過ぎたところです。

色々と調べて、今自分たちで何ができるか考えてるところなのですが・・
主人と意見が違い、毎日夫婦喧嘩。

けれどもお互いに、子供が大事なのは変わりなく・・
今・・苦しい毎日です。

主人はABAをしたいというのですが、夫婦二人でできるものではないと思ってます。
それに・・私にはパニックのときの消去ができないんですね・・。
ブログを読んで、消去の勉強はさせていただきました。
本当に参考になりました!!

何故・・ココにたどりついたかというと、最近のABAの状況を検索してPRTでヒットしたのがココでした。
ロバートの古典的な行動療法よりも、まだ効果は定かではないPRTの方が子供にとっていいのかな?と私なりに思っているとことです。

がしかし・・子供に選択肢を与えても、子供を自由にしてしまうだけなのかな?とも思い・・

PRTを実践するにあたって何かいい本がないかな?と思ってます。
残念ながら・・私は英語は読めません。

あとひとつ・・
そらまめパパさんにとって、療育ってなんですか?
私は、心理士さん・保育士の言うことにいつも温さを感じています。

親の負担を考えての言葉なのかもしれませんが、成長します・焦らずにのんびりと・・なんて言われても焦っちゃいますよ・・。
具体的な方法を提示してくる心理士さんに、最近出会いましたがそれまでは真っ暗でした。

またのぞきにきますね!!
Posted by 花子 at 2007年12月25日 02:34
花子さん、はじめまして。

ABAは、夫婦でも、1人でもできますよ。
もちろん、ロヴァースが求めていたような集中介入は無理だと思いますが、毎日の子どもに対するかかわりをABA的にすることは、むしろすぐにでも取り組むべきことだと思います。
(ABA=集中介入、とは考えるべきではありません。ABAは本来、もっと懐の深いものだと思います。)

PRTは、私の知る限り日本語のテキストは出ていませんね。私は英語のテキストは持ってはいるものの読めていないので、詳細は説明できませんので、ご了承ください。

療育で、「焦らずに」と言われるのは、やはりある意味で真理です。

・療育は短期的に盛り上がって燃え尽きてはいけません。じっくりと継続的にやって初めて効果があります。

・どんなに療育しても、結局「子どもの成長」がなければ結果が出ないこともあります。

・でもその一方で、「子どもの成長」のための基礎作りとして、療育が不可欠だということも事実です。

・つまり、療育というのは子どものスキルをダイレクトに形成するものというよりは、子どもが発達してスキルを獲得できるように、そっと背中を押してあげるようなものだと想います。

療育が意味がないなんてことはもちろん絶対にないのですが、2倍の療育をやれば半分の時間でスキルが獲得できるというものでもありません。
最終的には、療育は「子どもの発達のペースに寄り添って、それを支えてあげるもの」だと思います。
(言い換えると、支えてあげないと伸びないことが障害なのだ、ということもできると思います。)

私にとっての療育・・・難しいですけれども、今の私、家族にとっては、普段の子育ての一要素ということに過ぎないとも言えます。
娘の子育てにとって普通に必要なことだから、療育をする、それだけのことだと言ってしまえばそれだけだからです。

これからもよろしくお願いします。
Posted by そらパパ at 2007年12月26日 01:46
ご返事ありがとうございます。
やっぱり、ABAは効果があるのですね!!
(主人が私を説得するのに、1か月を費やしています。)

実は・・つ○きの会の定例会に先日出席したばかりなんです。
でもやはり私には、なんだか異様な雰囲気にしか感じられなくて・・本当に戸惑ってしまったんです。

ココのブログに辿りつく少し前から、勉強する気になって・・
私に合ったABAはないか?と思っていたとこなんです。
PRTを知ったのは、定例会のときに代表が話していたのと具体的な話をしてくださった心理士さんも言っていたのがPRTのことだとすぐにわかりました。

そらまめさんのブログを主人に見せようと思います。
かなり焦っているので、きっと『ゆっくりと成長する』というのが見えてないんです。

それでもナンチャッテABAでも、2か月で発語が現れトイレまで(チーって言って)誘ってくるようにはなったんです。
「パパ」「ママ」=親ではなく、パパママという名前の人という意識ですが、それでも写真でも実物でも見分けがつくようになり呼ぶようになりました。

もう少し・・主人がリラックスしてやってくれれば・・って思うんです。

長々とすみません・・
自閉症でも親の気持ちのわかる息子なので、どうにか暗い我が家から脱出したいんです。

そらまめパパさんの意見、参考になりました。
ありがとうございました。

Posted by 花子 at 2007年12月26日 23:23
花子さん、こんにちは。

自閉症児の療育に、ABA的な働きかけは欠かせないと思います。
ただ、そういう意味では、TEACCHでもABA的働きかけをやるという意味では同じですね。

つ○きの会に代表される、ロヴァース的な集中介入アプローチについての私の意見は、このブログのあちこちに書いてありますが、たとえばこちらを参照ください。

http://soramame-shiki.seesaa.net/article/25581910.html
http://soramame-shiki.seesaa.net/article/25400588.html

私は、「家庭で親だけが行なうロヴァース的集中介入」には、基本的には懐疑的です。
それは、挫折してしまう危険性が高いことと、労力に見合った結果が得られる可能性は必ずしも高くないこと、そして何より、親だけでなく子どもにも負担が重く過酷なものであること、などが理由です。

でも、このあたりは(上の記事にもあるとおり)個々人の価値観の領域に入ってくるものだと思います。
ABA的働きかけは(特に導入の初期において)劇的な成果をあげることがあることも事実です。
自分のペースを守りながら、「楽しく」療育を継続してください。
Posted by そらパパ at 2007年12月27日 23:38
はじめまして。自閉症のパニックの対処法を調べていて。こちらのホームページにたどり着きました。私は三人の子供を持つ母ですが。長男6歳小学校一年生が、一年前、小学校にあがる前の、修学時面接で自閉症スペクトラムまたは広汎性発達障害との診断を受けました。小学校にあがってからも、言葉の教室に通ったりしていますが。最近、パニックを起こすようになって。悩んでいます。先日も、夏休みの宿題をさせていて。パニックになりました。宿題をさせないわけにもいかず。その日は宿題をさせず。勉強のことにも触れずにおきましたけど。何がいけなかったのか。どうするべきだったのか。長男とのやり取りを思い返しては。関わりをどう変えてやれば。長男が。宿題をこなしていけるのか。悩んでいます。昨日書いたブログです。
 
いつものように僕はだらだらして。
全然勉強を始めようとしないので、はやくしてしまいなさいと、
声かけをして、僕は重い腰をあげ、机にむかいました。
今日はお墓参りに出かける予定だったから。
早くしないと出発時間も迫っていたので。
旦那に側について、勉強を見てもらい、私はおもちゃのバーゲンへ出かけました。
おもちゃを買ってくるから頑張っておくのだよ〜。
私が出かけて行く時、すでに旦那はお怒りモード。
私は毎日なので、なれていますが、それでも昼までかかるとさすがにイライラ。
家事は僕の勉強の為、そっちのけ、怒ってはいけないと思いながらも。
だんだんお怒りモードになってしまうのでした。
しかし、旦那は一時間で、すでにお怒りモード。旦那は気が長いと思っていたのに、なんでだろ〜。
そんな事を思いながら、30分程でバーゲン会場を後にし、すごい安い〜!
と大興奮で買い物を終え、家に帰ってー
さあ、お墓参りに出発だ〜と思って慌てて家に帰ってきました。
しかし、まだ僕は勉強を終えていない上、旦那にもうゲームせんでよろしいと、叱られて、
へこんでおりました。
あぁ〜せっかく喜ぶと思って、タマゴッち買ってきたのに、一緒にできなくなってしまいました。
母もどうにか救済できないものかと、旦那に、お家に帰って読書感想文の清書をできたら、
ゲームしてもいいよと言う事にしたら駄目かなぁ〜。そう相談して。
なんとかお怒りをといてもらいました。
そして、家に帰ってきたので、ラストチャンスの感想文をする?と聞くと、
すると言って机についたので、丁寧にかかないと読めない字でかいたらやりなおしになるからね。
と声かけをして、僕も丁寧に書くから〜と、のり気。
昨日、頑張って考えた感想文を原稿用紙に写していきました。
丁寧に書いてねと、説明していたのに、読み返すと、さっぱりわからない。
なので、もう一度きれいにかこうと。
消しゴムで消しました、すると急に、二番目が近寄るからできないとか、
集中できなくなってきて、八つ当たりをし始め、全然やらなくなってしまいました。
これは今日はできないな。
そう思って、そんなにいらいらしてたら、丁寧に字が書けないと思うから、
もう今日はしないでいいから。
といいましたが、急に変な呼吸をし始め、泣きだしパニックになってしまいました。
やるったら、やる〜!
それなら、頑張れるの?
うん。
でも呼吸がすごく早く。
やっぱり、これはいつもの意地をはってる感じではなさそう。
今日はもうできそうにないよ。お風呂でも入って、普通に息ができるようになる方が大事。
とお風呂に入れてシャボン玉遊びをさせました。
呼吸はお風呂で遊び始めると、すぐ、もとどおり。
あぁ〜よかった〜。もう勉強にはふれないでおこう。そのあとは。
テレビを見てのんびり過ごしました。
旦那はお風呂に来た時の僕の様子を見て、昔、幼い頃、自分も感情のコントロールができず、
そんな感じに喧嘩したりしたら、よくなったいたから、心配いらないといいますが。
私にはそんな経験がないから、よくわかりません。
女の子にくらべ、男の子は感情のコントロールができるようになるのまでに
時間がかかると言う事なのでしょうか?
よくわからないから、今日はびっくりしました。
なにがいけなかったのかなぁ?なんで書けなくなったかなぁ?と僕に聞くと、
妹が邪魔したから、出来なくなって。それで悲しくなったんだ。
頑張るつもりだったのに。と言っていました。
私の言葉がストレスになったとは思うのですが。
もしかしたら、私が夕飯の支度をしている時間だったので、
二番目に意地悪されたのかも知れないなぁ〜。
救済してやろうと思って感想文の清書という課題を出したのに、かえって救済するどころか、
ストレスになってしまいました。ごめんよ〜。
でも、夏休みの宿題大きな課題は全然一つも終わってないのだから、
いいかげんやらないと、大変な事になってしまうのだよ。
それが説明しても、よくわからないのか、やろうとしないから。
仕方ないのだけど。どんな風に持っていけば、子供が自分からやってくれるのか、
本当に難しいです。今、一番、効果的なのは、ご褒美作戦なんだけど。
それもなんか最近は効かなくなってきて。
あたまをかかえます。どうしたら出来るようになるのかなぁ?

昨日書いたブログです。自分の子供の事が。解らなくて。自分の子供のときのことを思い出しても。理解できなくて。どう対処したら良いのか。かわいい子供のことだから。真剣に悩んでいます。どうしたら、やるべき事が身についていくのでしょう?パニックを起こさずにすむのでしょう?よかったら、このケースで、教えてください。
Posted by みつば at 2008年08月15日 09:08
みつばさん、はじめまして。

大変お悩みのようですが、私はアマチュアの父親でしかありませんので、個別の相談に責任をもってお答えすることができません。

なので、以下は私の個人的な「感想」としてお受けとめください。

お子さんが起こしたのは、俗にいう「過呼吸」なのではないでしょうか。だとすれば、強いストレスを感じたときに、体が防御的におこす反応のひとつなのでしょう。

学校の授業というのは、徐々に抽象度が増してくるため、PDDのお子さんにとって、あるところを境に急に理解が困難になることがあるようです。
もし、お子さんが今の授業や宿題に「ついていくのが困難だ」と感じるようになっていたとしたら、それを何とかやらせようという働きかけは、強いストレスになるかもしれません。

あまり、明確なアドバイスにはならないのですが、まずは、お子さんの現状をじっくりと見つめなおすところから始めてはいかがでしょうか。
あまり難しく考えなくていいのです。
宿題をやらせてパニックが起こるなら、その宿題のどの要素がパニックのきっかけ・原因になっているのかを考えればいいと思います。

そして、「こうあるべきだ」という基準を最初から用意せずに、「子どものいまある姿」をじっくりと見て、「子どもにとっていい方向」に向かわせていくことが大切だと思います。

・・・抽象的になってしまい、すみません。

そういえば書き忘れていましたが、一番有効な「パニックの対処法」は、「パニックが起こるようなきっかけ・原因」を作らないことです。
Posted by そらパパ at 2008年08月15日 20:24
そらパパさん、お返事ありがとうございます。
パニックの原因を作らないことか〜。
確かにあの時は家事もしないといけない時間で。
ずっとついていてやれないのに、指示だけ出して。
その場を離れ、という感じでしたからね。
それがいけなかったのかなぁ。
助けを呼ぼうにも呼べなくなってしまったのでしょうね。
自己反省中です。
夏休みに入る前。お友達にいじめられたときにも同じ事になっていました。
今までは、そんな事がなかっただけに。
とっても
心配で。親として、どうかかわっていくのが、子供にとって良いのかと悩みます。
かわいい子供の事ですから。
どうにかしてやりたい気持ちでいっぱいなのです。
色んな記事。すごく参考になります。
そらパパさんもすごく勉強されているんですね。
私も、そらパパさんの書かれている記事が、まだ難しすぎて良くわからない事もあるので。勉強しないといけませんね。頑張りますね。
それから、そらパパさんはよいお父さんなのでしょうね。
仕事もしながら。こんなに詳しく勉強して、ブログも立ち上げて。
子供とも関わって。そんな、そらパパさんの子供に対する姿勢、頭が下がります。
それに何だか勇気がわいてきますよ。
またちょこちょこ質問させてください。よろしくお願いします。
Posted by みつば at 2008年08月16日 09:55
みつばさん、

コメントありがとうございます。

先日のコメントをふまえて、1点、ものすごく乱暴で大胆なお話をさせてください。

PDDなどの「特別なニーズ」に応える教育・療育というのは、あらゆることを「当たり前」ととらえずに、子どもの視点から、ゼロから見直して考える必要があります。

今回、パニックのきっかけは「宿題をやらせようとしたこと」だったんですよね。

ここで、今お話した「ゼロからの視点」を当てはめて考えてみると、

・常識としては、与えられた宿題は「やるべきもの」です。

・でも、もしかするとお子さんにとっては、いま与えられている宿題は「やるのが非常に辛いもの」であって、「やろうとするとパニックせざるをえないもの」になっているかもしれません。

・だとすると、場合によっては、その宿題は、お子さんの「特別なニーズ」に照らした場合、もしかすると「やらせてはいけないもの」であるかもしれないのです。

これは、ものすごく乱暴で、ムチャな意見だと思います。
やっぱり、親にしてみれば、宿題はやってもらったほうがいいし、宿題をやらないで学校に行ったら子どもは叱られてしまうだろうし、勉強にもついていけなくなるかもしれません。

・・・でも、「そういう視点も(可能性として)持つなど、いろいろなことを考えて子どもの教育環境を創っていく」ことが、PDDのお子さんの教育のためには、大切なんじゃないかな、と思います。

・・・上記も、アマチュアの父親としての戯言ですが、私自身が療育でいつも考えていることなので、もし参考になれば幸いです。

ちなみに、こういったお話は、以前ご紹介した「発達障害の子どもたち」にもいろいろと出ています。

http://soramame-shiki.seesaa.net/article/77420734.html

これはいい本ですよ。
ご参考までに。
Posted by そらパパ at 2008年08月17日 22:24
先日は、本の紹介をありがとうございました。早速探して。
書店になかったので。取り寄せてもらったりして。
途中まで読みました。発達障害って治るものなの? とびっくり。
環境を整えてやることで、遅れているところが、伸びてくるのですかね?
知識がないもので、あんまり書かれている事が、スーッと頭に入ってこず。
色んな言葉につまづいては。調べて。と、
でも。色々読んだ中では。解りやすいのかもしれません。まだ途中まで。
飛び飛びでしか読んでいないからかもしれませんが。
時間をかけて、ゆっくり読んでいきたいですよ。プレッシャーを与えることって。
発達障害の子にはいけないことなんですね。それは。わかりましたね。
それから、自信を持たせるかかわりも。とっても大切なんですね。
私も、もっと勉強しないといけませんね。本のご紹介ありがとうございました。
Posted by みつば at 2008年09月03日 06:26
みつばさん、

早速読まれたと聞いて、嬉しく思います。

「治る」っていうことばは、表紙の帯のキャッチコピーにも使われていますが、この帯は杉山氏本人が書いたものではないと思いますし、ちょっと誤解を呼びやすい感じですね。

杉山氏がいっているのは、「障害というのは、何か問題があって、それが社会生活に支障をきたすときに障害と呼ぶ(そこまでいかない場合は「個性」)のだから、もしも療育の成果として、社会生活に支障がない程度に適応できれば、それは障害が個性のレベルに変わり、「障害が治った」と考えてもいいことになる」ということだと思います。

私も、それはそのとおりだと思います。
そして、同じ意味において、療育の成果として「障害が『良くなる』」(つまり、社会適応が良くなり支障が少なくなる)ことも、普通にあることなんだ、ということですよね。
Posted by そらパパ at 2008年09月03日 22:43
はじめてコメントさせていただきます。発達障害、中でもLDのことを学びたくて、(中3の長男がLDです。)関連書籍をいろいろ読んでいるうちに、そらパパさんの著書「自閉症」を知りました。タイトル「自閉症」となっていますが、発達障害全般に対しても示唆に富む内容だと思いました。大まかではありますが、脳の仕組みについてのイメージを持つことができ、息子の学習における困難の本質について今までと違った見方をすることができそうです。また、療育の考え方、具体的な方法論も、学習(広義の学習ではなく、学校の勉強という狭義の意味での学習です。)の取り組み方に大いに参考にできそうです。「アマチュアならではの大胆さとロマンティシズム」でこれからもどんどん「大なた」を振るっていってください。
Posted by Megan at 2008年09月06日 17:16
Meganさん、はじめまして。

コメントありがとうございます。また、拙著をお読みいただきありがとうございます。

私自身予想していなかったことですが、1冊めの本「自閉症−「からだ」と「せかい」をつなぐ新しい理解と療育」は、自閉症臨床の世界に限らず、いろいろな分野の方から反響をいただいています。
ありがたいことです。

私はアマチュアですので、特定の流派や学派に属することなく、いろいろなことを考えたり、書いたりすることができます。
そうやっていろいろなことをこのブログで書いて、ご意見やご批判を受けながら、自分の考えと実践を磨いていければと思っています。

これからもよろしくお願いします!
Posted by そらパパ at 2008年09月06日 22:56
 はじめまして。
 そらパパさんのホームページに出会い,あっという間に1時間半たってしまいました。まだまだ読み続けたいけれど,時間が迫っているのでお気に入りに登録したところです。
 私は小学校教員ですが,支援学級担任は2年目で,この春初めて自閉症のお子さんの担任になります。とてもかわいい。私にできることは何か,何からしたらいいのか,ずっと考えています。知りたいことやわからないことがいっぱいで,気になった本を購入してみたり,研修に参加してみたり,少しずつ勉強しています。楽しいです。話したいことはたくさんありますが,焦っても仕方ありません。また少しずつコメントさせていただこうと思っています。
 そらパパさんが,自閉症のお子さんの親御さんであること,心理学に通じていらっしゃること,そしてなおかつ,プロでなくアマチュアだからこそ何かにとらわれる事なく色んな立場の方の見解にふれ,お子さんにとってどうすることがプラスになるのかを探求し続けていらっしゃる事を知り,いっきに読みふけってしまったのだと思います。
 私は2児の母親です。そして,学校のスタッフとしても仕事をしています。20年間,通常学級を担当していましたが,色々なことにぶつかり,悩みも多くありました。辞めようかと悩んだことも1度や2度ではありません。でも,今がとても楽しいのです。もしかしたら,今までの私はこれからのためにあったのではないかとさえ思うくらいです。
 いっきに書いてしまいましたが,自閉症のお子さんの前では,ただの素人です。これからが全て勉強です。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
Posted by 竜馬 at 2010年04月04日 11:29
竜馬さん、

はじめまして。
コメントありがとうございます。

当ブログは、素人の親でしかない私がこつこつと勉強しながら書きためてきたものです。
不勉強な部分や守備範囲の偏り等、多々あると思いますが、多くの方の目にふれて、何か少しでも「考えるきっかけ」になればとても嬉しく思います。

特別支援教育の現場は、竜馬さんのような、多くの熱意ある教育者の皆さんによって支えられていると、現に特別支援学校に娘を通わせている身として、心からそう感じます。

これからもよろしくお願いします。
Posted by そらパパ at 2010年04月04日 13:02
初めまして、こんにちは。まめっこと申します。

私は30代で二児の父親やってます。
長男がアスペルガー症候群と診断され、色々と療育をしている真っ最中です。(私は仮面うつ病ですし(^^ゞ))

そんな中で、貴殿のこのページを色々と参考にしていたら、自分もサイトを作成したくなって作ってしまいました。

中身は療育のこととその他諸々ですが、作成するにあたり、やはり参考にさせていただいたことと、同じような方々に参考にしてもらいたいと思い、こちらのページをリンクさせていただきました。

よかったら、私のページもリンクして頂けるとうれしく思います。

今後も、精力的にがんばってください。

では。
Posted by まめっこ at 2010年05月12日 00:49
まめっこさん、

コメントありがとうございます。
また、リンクしていただきまして、ありがとうございます。

実は、相互リンク的なことはここ当分やっていなかったのですが、今回せっかくお申し出をいただいたので、リンク切れ等を見直したうえで、まめっこさんのページも「Visitors' Page」に加えさせていただきました。

これからもよろしくお願いします。
Posted by そらパパ at 2010年05月12日 22:33
そらパパ様のブログに、助けられております小池田です。紹介されている本は、特に最初に行動分析学入門を読みましたので、基本的な考え方が理解でき、そらパパ様の著書、また明るい療育相談室、家庭で無理なく楽しくできるコミュニケーション課題、実践に生かしております。今回、また、そらパパ様に教えて戴きたいのですが、日常言葉を使ってコミュニケーションしない自閉症の人でも、手を添えて紙に、また指導によっては空中に自分の気持ちを書き言葉にする力があり、そういうケースをたくさん見てきたという方のホームページを読んだことがあり
ます。今考えると何故か、そういうことはあるのかも知れないと、実はなんとなく信じていたのです。日々の療育とはまた別の次元で。私は、スタッフがトンデモ本に翻弄されていることに感情的に混乱しましたが、そらパパ様の科学の目が必要であるという揺るぎない立脚点からのアドバイスや、本の紹介により思考整理できてきました、故に、自閉の方の書き文字について、そのホームページを読んで、そういうことはあるかもしれないと漠然と自分が信用した根拠は、それを提唱している人の学歴にあるのではないかと気付いた次第です。情けなくも権威主義を批判しつつ実は私も同じ穴のムジナであった訳です。自閉症の方の書き文字についての科学的根拠がない本や論者の情報、すでにブログにあれば申し訳ないのですが、教えて戴けないでしょうか。
Posted by 小池田 江美 at 2010年05月24日 10:42
小池田さん、

コメントありがとうございます。
また、拙著やブログにて紹介した本を選んでくださり、嬉しく思います。

さて、「手を添えて」の部分についてですが、これはいわゆる「FC(ファシリテイティッド・コミュニケーション)」と呼ばれるものであるように思われます。

FCについてのエントリは当ブログにいくつかありますが、そのほとんどが、FC界でもっとも有名な「東田直樹」さんにまつわるものです。(例えば以下のエントリです)
http://soramame-shiki.seesaa.net/article/111078158.html

私はFCは、好意的にいっても「非常に疑わしい」と考えています。

ただ、「音声言語では会話できないが書き文字ならコミュニケーションができる」というのは、自閉症の人の特性を考えると、一概にインチキだとは言い切れないのではないかと思います。
そういう人が「ホンモノ」かどうかは、周囲に促されたり、「誰かの手を借りたり」することなく、自らすすんで文章を書いてコミュニケーションしているか(つまり、コミュニケーションの意欲があるか、必要性を感じてコミュニケーションをしているように見えるか)というところで判別できるだろうと思います。
逆にいえば、書き文字でコミュニケーションしているように見えても、周囲が無理やりやらせているようだったり、誰かが手を添えないと書けなかったりする場合は、かなり疑わしいんじゃないかと思います。
Posted by そらパパ at 2010年05月24日 21:48
そらパパ様、ありがとうございました。紹介して戴いたエントリを読みながら、樹海に足を踏み入れたようでもあり。ただとても良く分かったことは、目の前の子どもさんと向き合って、成長を願う働きかけをしようとしたら、今、向き合っているのは自分であるのだから自分を信じること、己のできなさを感じるのであれば、子どもさんの課題を見直したり、行動をアセスメントし、対応についてはスタッフ同士周知徹底を図る、また当然にご家族様とその都度話をしていく、基本が一番大事ということでした。しかし、ありがとうございました。ふと、何かにたやすく足をとられてしまう自分の危うさを自覚している時に、適切なアドバイスと情報提供を頂きたくて。いつもありがとうございます。今後とも、どうぞよろしくお願い致します。
Posted by 小池田 江美 at 2010年05月25日 14:00
小池田さん、

コメントありがとうございます。
ご指摘のポイントはとても大事ですね。
目の前のお子さんと向かい合うとき、一番大切なことは、「目の前のお子さん」だということ。
当たり前なのですが、世間には「そうじゃないよ、目に見えない世界が大事なんだよ、そこにはあなたの知らない可能性や夢があるんだよ、知らないのは罪だよ」といったささやきがあふれていると思います。

「内面」というものを、まったく否定するものではありません。でも、その「内面」も、結局は「目に見える行動・反応」として現われてこそ、あるいは「目に見える働きかけ」として形になってこそ、意味があるわけですね。
Posted by そらパパ at 2010年05月26日 20:36
そらパパ様、本当にそうですね。 
私は良いことではないのですが、情報に疎く、今回初めて日木流奈君の映像を観て考えさせられました。
あの状況に(NHKの放送です)至るまでに、あのご家族に何らかの支援は無かったのか、寧ろ、邪悪なささやきだけがあふれていたのかという行き場のない憤り。しかしまた、私自身が王様は裸だと言える勇気を持とうとは思ってきたけれど、裸に見えない自分になる可能性を内包している怖さも自覚しました。
でも、そらパパ様、あの時の流奈君が当たり前に享受できたはずの時間、楽しい遊びの中で、笑った、見てる、自分から手が出たと一喜一憂する大人との時間が失われていたことがなんとも一番、打ちのめされることです。
今後もまた、色々、ご相談させて戴きます。よろしくお願い致します。
Posted by 小池田 江美 at 2010年05月28日 14:49
小池田さん、

はい、こちらこそ今後ともよろしくお願いします。

日木流奈君の映像には、いろいろ考えさせられますね。
Posted by そらパパ at 2010年05月28日 22:45
そらパパさん、はじめまして。
大阪在住の自閉症児(6歳)の父親です。
そらパパさんのブログや本は、先輩パパの取り組みとして、非常に参考にさせていただいています。
最近、息子が小学校に上がるに際し、改めて特別支援教育や発達障害に関する情報を集めているのですが、情報環境の不整備がどうにも気になります。例えば、現在、内閣府の方で障害者制度改革の審議(障害者基本法の改正を含む)が昨年からなされているようですが、こんな重要な情報をこの2月に大阪YMCAのセミナーで初めて知りました。
また、小学校への入学相談に際しても、教育サイドと医療サイドの間で、あまり情報交換がなされていないのも気になります。
療育は基本的に親の自助努力が中核になるとは思いますが、健常の子よりも子育てが大変な分、情報環境についてはもう少し行政がバックアップしてほしいなあ、と、正直、思います。
そらぱぱさんをはじめ、皆さんはこんな思いをされたことはないのでしょうか?
Posted by おーさかパパ at 2011年02月08日 22:04
おーさかパパさん、

コメントありがとうございます。

ご質問の件ですが、行政に頼っていられないなあ、自分たちで頑張らないといけないなあ、と思うことはしばしばありますね。

まあ、それでも、支援のための法や制度や施設は、とりあえず誰でも利用できたりアクセスできたり(予約でいっぱいだったりはしますが)する状態にはなっていると感じていますから、あとはそれをいかに有効に活用していくのか、というところをきっちりおさえていくのが「親の仕事」なのかな、と楽観的に考えています。

どんなことにもパーフェクトはないので、与えられた条件や制限のなかで最大限の効果を得られるように工夫していく必要があって、それが「療育」そのものでもあるんじゃないだろうか、というのが私の考え方です。
Posted by そらパパ at 2011年02月09日 23:25
そらパパさん、お返事有難うございました。

「与えられた条件・制約の中で最大限の効果を」というのは、確かにその通りですよね。
今までそういう気持ちで妻と頑張ってきた積りなんですけど、う〜ん、少し疲れが出たんでしょうか(笑)。

ただ、我が家は、今まで絵カードやスケジュール等による「我が子の発達促進」に重点を置いてきたんですけど、今後はそれだけじゃなくて、行政や同じ立場の親御さんとの連携、祖父母の理解促進といった、「外部環境の整備」にも取り組んだ方がいいのかな、と考えています。

妻がよく悩んでいるのが、「周りからなかなか理解されない」ということなので、外部環境を整えることで、多少、妻のやりにくさ・精神的負担を軽減できれば、それが療育にもいい効果を及ぼすように思います。

「行政による情報環境の整備」はやや考えが飛びすぎでしたが(笑)、息子が小学校という大きなフィールドに出て行こうとしている中、我が家の外にも目を向けていきたい、そう思っています。
Posted by おーさかパパ at 2011年02月13日 09:24
おーさかパパさん、

幼少期の療育が「本人の力を伸ばす」ことが中心になり、そこから学童期に入っていくあたりで徐々に比重が「社会とのかかわりをうまく作っていく、外部の支援体制を最適化する」ことに移っていくことは、自然なことだと思います。

そして、それは同時に、「療育」のなかに、自分たちだけではコントロールできない要素が増えていくことも意味します。
ですから、当然思うようにいかなくてストレスを感じることも増えていきますよね。

こういった状況にどう対応するかというのはいろいろな考え方ができると思いますが、私が共感するのは「やれることはやって、あとはなるようになると楽観的になる」という考え方です。
すべてはコントロールできないんだ、ということを前提にしつつも、自分たちができることはしっかりやって、それでも先のことは分からないという不確実さを受け止める、そういう気持ちになれればいいな、と自分自身にも言い聞かせています。
(おっしゃっているような、家族の日々の支援がやりやすくなるような工夫というのも、「外部への働きかけ」としてとても大切で有効だと思います。)
Posted by そらパパ at 2011年02月13日 20:00
そらパパさん、コメント有難うございました。

「やれることはやって、あとはなるようになると楽観的になる」。う〜ん、深いですね。私は、まだまだ、心の修行が必要なようです(笑)。

でも、仰られるように、親が、前向きでかつ楽観的なスタンスを保ち続けるのは、確かに大切ですよね。そのような状態であってこそ、ABAやTEACCH等の療育手法も適切に運用できますし、外部からの適切な支援も引き出せるように思います。

それにしても、お仕事や、お子様の療育にお忙しい中、色々とご助言頂きまして有難うございました。

これから、そらパパさんのご一家にたくさんの幸せが訪れますように!

我が家は、明日、小学校との打合せです。頑張って(かつ楽観的に)行ってきます(笑)。
Posted by おーさかパパ at 2011年02月15日 21:06
そらパパさん

こんばんは。
そらまめ式の本、読ませて頂きました。

私も実は大学の専攻が心理学科でドロップアウトした身なのですが、自閉症、発達障がいの方との出会いをきっかけにもう一度学校に入りなおして学ぼうとしています。

挫折しかけましたが、そらパパさんの本との出会いをきっかけにもう一度学んでいきたいなと思っております。

パワーを沢山頂いて感謝です!
これからもよろしくお願いいたします。
Posted by コトッキー at 2011年05月22日 22:47
コトッキーさん、

コメントありがとうございます。
また、ブログで拙著のレビューを書いてくださって、ありがとうございました。

心理学ということでいうと、ツイッターの心理学クラスタも相当に刺激的で面白いですね。

また、発達障害とのかかわりということでいえば、行動分析(を筆頭とする行動主義心理学)をしっかり学ぶことが実践につながっていくのかな、と素人ながらに思います。

今後ともよろしくお願いします!
Posted by そらパパ at 2011年05月22日 23:08
そらパパさん

こんばんは。
気付いたことを少し綴ってみました。
トラックバックさせて頂きます。

http://ameblo.jp/kotokey/entry-10904134619.html

お時間ある時に読んでいただいて、
感じたことあればコメント等も是非お願いいたします。
Posted by コトッキー at 2011年05月26日 23:32
コトッキーさん、

改めてのコメントありがとうございます。

さて、自閉症の人の認知の仕組みについての議論ですが、この問題、いろいろ概念を持ち出して語るのは易しいのですが、ともするとトートロジーになりやすいという問題があると思っています。

私自身も心理学としては認知畑出身なので、こういった問題意識(自閉症の人の情報処理はどうなってるのか?)は、特に最初の頃は強く持っていろいろ考えました。

実は、その考察をまとめたのが、拙著の1冊めになります。
また、その1冊めの内容の元になっているのが、こちらの記事になります。

http://soramame-shiki.seesaa.net/article/24739116.html

できるだけ、目に見えない概念を増やさないようにして、自閉症という障害の情報処理上の問題を説明しようと試みたものです。
Posted by そらパパ at 2011年05月29日 21:40
そらパパさん、はじめまして。

特別支援級に通う小学3年生の娘がいる、いけともと申します。

数年前から、そらパパさんのブログを参考にさせていただいております。
特に、購入する本はほとんどそらパパさんのブックレビューで決めているような気がします。

最近ブログを始め、そらパパさんの著書から「受容の6段階」を引用させていただきました。

http://ike-tomo.blog.so-net.ne.jp/2014-11-19

問題ありましたら、ご連絡をお願い致します。
そらパパさんのブログのように、情報の質と量を充足させていきたいのですが、まだまだです。

以上、よろしくお願い致します。
Posted by いけとも at 2014年11月19日 22:42
いけともさん、

コメントありがとうございます。

また、いつもブログにお越しくださりありがとうございます。

ブログへの引用ですが、拝見させていただきましたが特に問題ないと考えますので、よろしくお願いいたします。
Posted by そらパパ at 2014年11月27日 23:20


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