心の潜在力 プラシーボ効果
広瀬 弘忠
朝日選書(朝日新聞社)
1 プラシーボ効果とは
2 人のつながりの中で
3 劇的な評価の変遷
4 なぜ効くのか
5 期待から実現へ
6 伝統医療のなかで
7 心理療法の核に
8 奇跡を呼ぶ力
目次だけ見るとオカルト本っぽい雰囲気もしますが、実は相当にまじめな本。
逆に、こういった本を読むことが、いんちきなオカルトに引っかからないためにとても大切です。
ところで、本書のタイトルにもなっている「プラシーボ効果」ということばはご存知でしょうか?
「プラシーボ」とは、日本語では「偽薬(ぎやく)」といい、薬の治験などの際に使われる薬効を持たない薬のことをいいます。
例えば糖の錠剤とか、生理食塩水の点滴とか、小麦粉の粉薬といったものが、プラシーボとして使われます。
新薬の治験の際は、被験者となる患者を2つの群に分けて、片方に新薬を与え、もう片方にはその新薬と見た目が同じプラシーボを与え、経過を観察します。実験群(新薬を与えたほう)の経過が、統制群(プラシーボを与えたほう)の経過よりも統計的に有意に良ければ、新薬には効果がある、と判定されるわけです。
このようなプラシーボを使った新薬の治験は、広く一般的に行なわれています。
ところが不思議なことは、本来薬効をまったく持たないはずのプラシーボを与えた患者が、しばしば薬効がある薬を与えられたかのように回復することがあるのです。この「偽薬なのに効いてしまう効果」のことを「プラシーボ効果」と呼びます。
プラシーボ効果が実在することは科学的に観察される事実です。つまり、「効くだろう」と思って薬を飲めば、たとえその薬が実際には「効かないクスリ」だったとしても、実際に「効く」ということがしばしば起こるのです。
本書で引用されている劇的なプラシーボ効果の報告をご紹介してみます。
ある病院に、末期がんで余命数日と診断された患者が入院してきた。
彼は、その病院ががんの新薬「クレビオゼン」の臨床試験を行なっていると知り、それが効くと固く信じてその病院にやってきたらしい。
本来、臨床試験には余命3か月以上の患者しか参加できなかったのだが、患者の強い願いを受け、医者は彼にクレビオゼンを注射した。
すると、彼は翌週には立って歩けるようになり、腫瘍の大きさは半分になっていた。10日後にはがんの症状は消えてしまった。
ところが、数週間後に彼は医学雑誌で、クレビオゼンの効果は眉唾だという記事を読み、クレビオゼンの効果を疑いだした。すると急速にがんが勢いを取り戻し、また元の病院に入院することになった。
医者は彼に、「そんな記事を信じてはいけません。今度注射するのは効果が2倍になった『スーパークレビオゼン』です」と言って、実際にはただの水を注射した。
すると彼の腫瘍は再び消え、彼の症状は回復した。
その2か月後、その患者は再び新聞記事を読んだ。そこには、臨床試験の結果、「クレビオゼン」には効果がまったくなかったということが書かれていた。
彼は記事を読んだ数日後に再び入院し、その2日後に死亡した。
もちろん、このような「エピソード」には、えてして各種の誇張が含まれているにせよ、このエピソードには、プラシーボ効果がどんなものであるのかが非常に分かりやすい形で示されています。
簡単にいえば、「良くなるだろう」と信じることで、実際に「良くなる」ことができるのです。
プラシーボ効果がなぜ起こるかについては諸説あり、本書の詳細部分に入ってしまうのでここでは深入りしません。ご興味のある方はぜひ本書をお読みください。
最後に、自閉症の療育という観点から、本書から得られるものについて少し書きたいと思います。
1つは、自閉症児に心理療法を施すことの意義についてです。
本書の7章では心理療法がとりあげられていて、「心理療法の効力の大部分は、広い意味での『プラシーボ効果』によるものではないのか?」という主張がなされています。
つまり、カウンセリングを受けるということは、「プロのカウンセラーに話を聞いてもらって、『良くなりますよ』と言ってもらえること」です。
「プロ」なら自分を治してくれるだろうという期待感、そして実際にその「プロ」から「良くなりますよ」と言われて、「自分がこれから良くなること」を確信することができます。すると、患者の心的状態が変化し、それが体の状態にまで変化を及ぼし、実際に「良くなっていく」わけです。
ここではカウンセラーが与える「言葉」が、「プラシーボ」として働いている、と考えられます。
このようなカラクリが心理療法の本質だとすると、言葉が通じない、あるいは言葉によって意思を通わせることが難しい自閉症児に、言葉を中心とした従来型の心理療法を施すことは意味がなさそうだということが分かります。
もう一点、これは本書では特に掘り下げられてはいませんが、プラシーボ効果の原因として一般に言われていることは、「期待して観察すると良くなったように見える」ということがあります。
何らかの療法を施して、それが効果があるはずだと期待して子どもを見ると、たとえ実際には何も変わらなくても、少し良くなったような気がしてしまうものです。
そういった可能性について知っておくことは、いろいろな療法の効果を観察するときに大切なことだと思います。
(ちなみに「良くなるだろう」と期待して相手に接していると、実際に相手が良くなるという効果もあり、これは教育心理学の世界ではピグマリオン効果と呼ばれます)
ともあれ、ヒトの心と体の不思議なつながりを考えるきっかけとしても、とても興味深い本だと思います。自閉症との関係は強くありませんが、読み物としておすすめします。
参考:Wikipediaの「プラシーボ効果」
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