2006年09月13日

心のマルチ・ネットワーク―脳と心の多重理論(ブックレビュー)

今回も、「出張中に読んだ本」のレビューを書いてみたいと思います。


心のマルチ・ネットワーク―脳と心の多重理論
岡野 憲一郎
講談社現代新書

第1章 マルチ・ネットワーク・モデルの基本理論
第2章 マルチ・ネットワーク的な心の働きの特徴
第3章 マルチ・ネットワーク・モデルと従来の心のモデルとの比較検討
第4章 いわゆる「神経ネットワーク・モデル」の基本的な性質
第5章 マルチ・ネットワーク・モデルの基本原則
第6章 マルチ・ネットワーク・モデルは日常心理学をどのように変えるか?

やっぱり古本屋めぐりも悪くないな、と感じた本。

講談社現代新書は私が非常に好きな新書の1つで、本屋でも並んでいる棚をいつも隅々まで見ているので、この本を古本屋で見つけたときはちょっと驚きました。
2000年刊という比較的新しい本で、テーマ的にも興味のあるものなのに、見たのが初めてだったからです。

後で調べてみると、もうこの本は廃刊になっているようです。(ですので、上記Amazonのリンクからも、古本しか買えないはずです)
恐らく第一刷がほとんどさばけなくて消えていった本なのでしょう。心理学に関連する新書でそこまで売れないというのは、もしかするとけっこう異例かもしれません。

ご想像のとおり、中身も一般受けするものとは言い難いのですが、私にとってはとても関心のある話題でした。

この本は、基本的には「精神分析の本」と言えそうです。もっと端的にいえば、「フロイト理論に別の光を当てることを試みた本」とでも言えるでしょうか。
もちろん、著者は精神科医です。

なぜ私がこの本にひかれたのかというと、著者が主張している、心の「マルチ・ネットワーク・モデル」というのは、どうやら私がいま注目している「コネクショニスト・モデル」の考え方に触発されて発案されたものらしいからです。
この理論は現代の神経科学の世界で明らかになりつつある知見の多くを取り入れたものであるということです。
(初版17ページ)

現在行われている研究の中でマルチ・ネットワーク・モデルにもっとも貢献するのが、いわゆる「神経ネットワークモデル neural network model」とか「並行処理モデル parallel distributed processing model」と呼ばれているものです。
(初版102ページ)

特に後のほうの引用で書かれている「ニューラルネットワーク」とか「PDPモデル」というのは、まさにコネクショニスト・モデルで扱われているのと全く同じものですね。

本書の主張を簡単にまとめると、次のようなものになるでしょう。

1.脳の中には、複数の人格が「ネットワーク」として並列的に存在している。
2.それぞれの人格には「心の舞台」につながるスイッチがある。
3.たまたまその「心の舞台」とつながった人格が、そのときの「意識」になる。
4.心の問題は、それぞれの「人格」の「スイッチング」の問題として捉えられる。
 4-1.例えば精神分析でいう「抑圧」は、ある「ネットワーク」と「心の舞台」とのスイッチが断絶することと同等である。
 4-2.また、「キレる」という現象は、突然人格のスイッチが切り替わることだと考えられる。


・・・精神分析理論として見ると、意外にも?まとまりがあるという印象も受けます。
でも、よくよく考えてみればそれも当たり前、これってフロイトが提唱した、「自我、超自我、イド」の3つの人格が並存し、それぞれが力動的に関わりあうという心のモデルを一般化したものだとも言えるからです。

そして、この理論の「新しさ」の1つと言える「スイッチング」については、茂木本などでいう「志向性クオリア」とほぼ同義だといっていいでしょう。志向性クオリアとは、例えば子どもの顔を思い出しているときに感じられる、「意識がある事象(この例でいえば子どもの顔の脳内イメージ)に向かっている感じ」のことを指します。

これらを考えると、この理論はフロイト理論を足がかりに、新しい脳神経科学の知見をうまく取り入れたもののように見えないこともありません。

しかし・・・です。大きく2つの問題があります。

1つは、この理論が実質的には「何も語っていない」ということです。
この理論が主張しているのは「いろいろな人格がいろいろな動きをする」ということだけで、「どんな人格が存在するのか?」「それぞれの人格のつながりはどのようなもので、具体的にどのような相互作用が生じうるのか?」といったことに対しては、ほとんど答えていません。

著者が批判的に「考え方が固定的すぎる」と指摘するフロイトのモデルは、実はこれらの問いにちゃんと答えている(それが正しいかどうかは別にして)分、実は理論としては踏み込んでいるといえます。誰かの歌ではありませんが、「人格いろいろ、働きもいろいろ」と言っているだけでは、理論としての完成度はフロイトよりむしろ退化していると言わざるをえません。

そしてもう1つのより本質的な問題は、これは精神科医の先生が書いた本なので仕方がないのかもしれませんが、心脳問題、ホムンクルス問題がまったく解決されていないという点です。
ここで、心脳問題とは「物質でしかないはずの脳に、なぜ精神的な心が宿るのか?」という問題のことであり、ホムンクルス問題とは、「心を説明するときに、私たちは脳の中に小人(ホムンクルス)がいるようなモデルをしばしば作ってしまう(その小人の心はどうやって説明するのか?)」という問題を指します。

脳の中に心が宿ることと、「意識」があること、どちらも天下り的に「あって当然」と考えてしまうと、心の問題についてどんな恣意的な仮説でも語れてしまいます。こういう態度は、臨床的には必要悪なのかもしれませんが、科学的な態度としては弱いといわざるを得ません。

ちょっと厳しいかもしれませんが、コネクショニズムから生まれた『あだ花仮説』として読むには面白かったものの、結局、これでは科学ではなくてファンタジーに過ぎないというのが、私の全体を通してみた感想です。

読み物としては結構面白かったので、手放さずに持っていたいとは思いますね。
貴重な廃刊本でもありますし(笑)。
posted by そらパパ at 22:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 理論・知見 | 更新情報をチェックする
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