2006年08月29日

手がかり刺激のコントロール

先日、「まってカードの使い方」の記事の中で、まってカードを渡して子どもに「待つ」ことを教えているときに、声を出して数を数えないように、という部分について、なぜ数えないほうがいいのか、という質問をいただきました。

これは実はとてもいい質問で、ABAでの療育における基本的な戦術の1つと密接に関連しています。つまり、明確な理由があって「声に出さないように」と指導されているわけです。

今回は、この話題にフォーカスをあててみようと思います。

いきなり脱線しますが(でも実は無関係ではありません)、我が家ではいまこのゲームが大流行です。


リズム天国(GBA)
任天堂

このゲームは、音楽のリズムにあわせてボタンを押すだけのシンプルなミニゲーム集で、遊びながらリズム感を鍛えることができるというのがウリになっています。(GBA用ですが、ニンテンドーDSでも遊べます)
詳細はこここのあたりをご覧下さい。

遊んでいて、このゲームには、非常に重要な「コツ」があることが分かりました。
それは、映像を見ずに、音楽のリズムにノる、ということです。

リズム天国

たとえば、この「カラテ家」というミニゲームでは、手元に飛んでくるアイテムを次々とパンチするのですが、アイテムが飛んでくる映像に反応しても、うまくパンチできません。そうではなく、バックに流れている音楽の特定の拍のところでボタンを押すと、ぴったりのタイミングでパンチが打てます。
つまり、ボタンを押すタイミングの判断には、映像ではなく音楽を手がかりにしなくてはならない、ということです。それに気づいてくると、だんだんと映像よりも音楽のリズムに意識が集中するようになり、成績もよくなってきます。

この上達の過程は、ABA的にうまく説明することができます。

ゲームを始めたとき、私たちは「映像」を手がかりにボタンを押すという反応をしがちです。ところがこれではリズムが合わず成績が上がりません(強化されない)。一方、「音楽のリズム」を手がかりにボタンを押すという反応は、いい成績が出るという形で強化されます。
実際、ボタンを押すたびにそのタイミングが正しいかずれているかが常にフィードバックされるようになっているので、結果として「映像」という「誤った手がかり」ではなく、「リズム」という「正しい手がかり」に基づいてボタンを押すという分化強化学習が進んでいくわけです。
そして結果として、このゲームが目指す「遊びの中で自然にリズム感を鍛える」という目的が達成されるわけです。

ところがここで仮に、「リズム」ではなく「映像」に反応してもまあまあいい成績が取れるようなゲームバランスだったとします。
そうすると、多くの人は目に見えない「リズム」よりも、分かりやすい「映像」を頼りに反応する学習が成立してしまうでしょう。こうなると、リズムを無視して映像に頼るようになってしまい、リズム感は良くなるどころかむしろ悪くなってしまうかもしれません。

・・・前フリが長くなりましたが、「まってカード」の話に戻りましょう。
私たちが教えたいのは「まってカード」を渡している間は待っている、という行動です。言い換えると「まってカード」を弁別刺激にして「待つ」という行動を学習してもらいたいわけです。
これは、先の「リズム天国」の例で、「リズム」を弁別刺激にして「ボタンを押す」という行動を学習するのと同じ関係です。

ところがここで、例えば「まってカード」を渡しつつ、同時に数を1から10まで数えるようにして、それでずっとトレーニングを続けたとします。
そうすると、「10数える」のほうを手がかりにしていたとしても、「待つ」ことが強化されてしまいます。その結果、子どもはもしかすると、「まってカードを持っていること」ではなく「親が10数えること」を手がかりにして「待つ」ということを学習してしまうかもしれません。
そうすると、ただ「まってカード」を渡すだけでは待つことができず、常に数を数えなければならなくなり、例えば「親がいない間しばらく待つ」とか「かなり長い時間待たせる」といったことが難しくなります。
さらには、一度「数を数える」ことと「待つ」ことがつながってしまうと、それ以外の組み合わせ、例えば「まってカード」と「待つ」ことの組み合わせを学習させることが、何もないところから学習させるよりもずっと大変になることがあるのです。
これも「リズム天国」で考えると、映像を見てボタンを押すという「誤った反応」を学習してしまって、どうしてもリズムの方に反応を修正できなくなった状態と似ているといえます。

では「数を数える」というのは絶対にやってはいけないタブーなのでしょうか?
そうではありません。
「ゲーム天国」でも最初はユニークな映像がプレイヤーの「やる気」を高めるのに役立つように、「まってカード」トレーニングで「数を数える」ことも、学習の初期において、子どもに分かりやすい手がかりを与えて反応を引き出すための「プロンプト」として有効に活用できるでしょう。
大切なことは、「プロンプト」はできるだけ早くなくしていく(フェーディング)ことです。プロンプトが反応の最大の手がかりになってしまうことがないよう、この場合であれば、例えば最初は10数えていたのを、8まで数えて後は言わない、5まで、3までと減らしていって、最後は黙って「まってカード」を渡すだけで待てるようにしていきます。

「ゲーム天国」の話題を組み込んで肩のこらない話にしようと思ったら、かえって変な文章になってしまいました(笑)。関連記事がこちらにもありますので、よろしければご覧下さい。
posted by そらパパ at 21:10| Comment(5) | TrackBack(0) | 理論・知見 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
そらパパさん、こんばんは。
「数をかぞえる」というのを療育センターで、「(おもちゃで遊んでいて)おかたずけ」になる前に数を10まで数えて「おしまい」と言っています。その後次にする絵カードを見せていた(多分、その後かな?)と思うのですが、これって有効でしょうか?家でもたまに10数えておかたづけしようと促しますが、あんまり効果ないようにも思うのですよ。

Posted by marine at 2006年08月29日 21:48
marineさん、

「10数える」ことそれ自体は、片付けるということを自発させることにはつながらないんじゃないかと思います。

ご質問のケースでは、「10数える」ということを、「気持ちを切り替えて片付けを始める」ということの弁別刺激にしようとしているわけですが、ポイントは「片付ける」ということが強化されるかどうか?です。

片付けたときのお子さんの強化子を考えることが大切ですね。
それができれば、「10数えて絵カードを出す」(弁別刺激)→「片づけをする」(行動)→「ごほうびがもらえる」(強化)という理想的な流れができて片付ける習慣がつきます。

ここでは「10数える」ことは必ずしも必要なくなりますが、自閉症児にとっては気持ちの切り替えに時間がかかるのも事実でしょうから、10数えることがまったく無意味だともいえないでしょう。

これも「自閉症児と絵カードでコミュニケーション」に出てきますが、片付けなど、場面切り替えのときに一番有効な強化子は、一般的には「次の楽しいことができること」でしょう。
端的にいえば、新しいおもちゃで遊ぶ、あるいは出てきたおやつを食べるためには今のおもちゃを片付けなければならない、という流れを作れるといいんじゃないかと思います。
Posted by そらパパ at 2006年08月29日 23:32
う~ん、納得です。
ただ、食に興味がない、興味の範囲が狭い場合(多分、欲求が少ない?)は大変ですよね??
お菓子も食べたくないときは強化子にはならないだろうし・・
でも、この辺を丁寧に接しなければ、やっぱりいけないのでしょうね。ついついこっちが片付けちゃってます。


Posted by marine at 2006年08月30日 00:08
そらパパさん、こんにちはっ
いやぁ~、早めに聞いておいてホント良かったですぅ~♪ありがとうございました。
あのまま素人考えで、ずっと続けていたら、取り返しのつかないことになる所でした・・・今なら、まだ始めたばかりですので、徐々に減らしていき、今は、PECSも少しずつですが使えるようになって来ていますので、もう少し進んだら、『まってカード』にトライしてみたいと思います。(正しい使い方で)
ちなみに、この前も書きましたが、樹は、“まって”のマカトンサインを出してくれることを楽しみにしているようなのですが・・・(テレビのカードを持ってきて、「まって、まって、いーち、にーい・・・」と言い始めます。しかも嬉しそうに・・・)
そして、実際にサインを見せると、ものすごくうけます。これって絶対、遊んでくれてるとしか思ってませんよね?
Posted by いっくんママ at 2006年08月30日 13:13
いっくんママさん、

私も素人なので、ここに書いてあることもある意味「素人考え」ではあります(笑)。

確かに、マカトンサインは、遊びになってしまっているようですね。「待つ」ことのトレーニングとしては、仕切り直しが必要かもしれません。(^^)
Posted by そらパパ at 2006年08月30日 22:55
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