調べてみて、これは療育を進めるうえでぜひ知っておかなければならないことなんじゃないかと強く感じたので、記事として書いてみようと思います。
「実験神経症」というのは学習心理学(行動主義心理学)の用語ですが、非常におおざっぱに言えば、条件付けの実験を行なう場合に、その「課題」が非常に難しかったり、強い嫌悪刺激を伴うものであったりした場合に、それまでおとなしく実験を受けていた被験動物が攻撃的になり、学習が成立しなくなり、しかも環境を改善してもなかなか回復しない状態になることを指します。
先日donさんからいただいたコメントにもあった、パブロフらが発見した最初の「実験神経症」の実験というのは、次のようなものだったようです。
犬に円と楕円を提示し、円を提示した場合にはエサを出し、楕円にはエサを出さないということを繰り返すと、犬には円を見たときにだけ唾液を出すという「レスポンデント(古典的)条件付け」の弁別学習が成立します。
ところが、楕円をどんどん円に近づけていき、楕円のタテ横比率が9:8にまで近づくと、犬はその違いが分からなくなり、弁別学習が成立しなくなりました。
そして、犬にこの「9:8の楕円」の実験を続けていると、それまでおとなしかった犬が暴れ出すようになり、実験室に入ることも拒否し、それまで難なくできていた「2:1の楕円」の弁別も崩壊し、これらの症状は「9:8」の実験をやめた後も長く続き、なかなか回復しませんでした。
「実験神経症」の発生は、上記のような「弁別できない弁別刺激による実験」のほかに、強い嫌悪刺激(電撃など)を使った条件付けで、刺激と反応の組み合わせを大きく変える実験を繰り返した場合などにも見られ、要は「辛すぎる実験が続くこと」に対して、被験動物は神経症的症状を発する、ということだと言えるでしょう。
円と楕円の実験については、以前の記事では「ハトのボタンつつき」として紹介しましたが、実際には犬の唾液反応の実験だったんですね。
だとすると、我々がABAに基づく療育で使っている「オペラント条件付け(ターゲット行動を強化してその行動が起こりやすくする)」とは厳密には少し違うのですが、ここではあえて両者を同一視し、多少話を飛躍させて考えてみたいと思います。
この「実験神経症」が私たちの療育に与えているアドバイスは、以下の3つだと考えられます。
1. 難しすぎる課題を与えてはいけない。
2. 叱ることをベースにした指導をしてはいけない。
3. 実験神経症的反応に敏感にならなければいけない。
1.をより具体的な療育指針に分解すると、「スモールステップを心がける」「学習には限界があることを理解する」ということになるでしょう。
「スモールステップ」というのは、ABAでの療育の実践時には常に言われることですが、いきなり難易度の高い目標を設定するのではなく、より手の届きやすい「中間目標」をいくつも設定し、階段を一段一段登るように最終目標に近づいていくという戦略を持つことをいいます。
スモールステップを心がけることによって、日々の療育の難易度が下がり、強化される機会も増え、子どもにとっても親にとっても「楽しく療育を続ける」ことができるようになるはずです。
「学習の限界を理解する」というのは、ある発達段階の子どもにとって、どうしてもできない課題もあるかもしれないという認識を持つということです。
例えば、走り高跳びのトレーニングを考えたとき、ABA的にスモールステップで少しずつ記録を上げていく方法が考えられますが、その高さには自ずと限界があります。(どんな超人でも10mを飛ぶことは絶対にできません)
自閉症児には脳の器質的障害がある可能性が高く、例え同世代の健常児にできる行動であっても、ある自閉症児にとっては極めて困難(ほとんど不可能)なこともきっとあるはずです。
もちろん「それを伸ばしていくのが療育だ」という側面もありますが、「10mの高跳び」「9:8の楕円弁別」を強要することがあってはならないのです。
課題の難易度を上げていって、どうしても成功率が上がらなくなったときは、「教え方」の再検討をするのと同時に「難易度が高すぎる可能性」も検討し、後者の可能性が高いと判断したときは、実験神経症が発症する前に課題の変更や難易度の引下げを実施すべきです。
2.は、ABAを理解している方には言うまでもありませんが、療育は「適切なことをしたときに強化する」ことを最大の指針にすべきであって、「うまくできなかったときに罰を与える」ことが基本になっては絶対にいけないのです。
「罰」をベースにおいた療育は、子どもにとってストレスの多い、「辛い療育」になります。そういった療育から子どもが最初に学習する行動は、療育からの逃避もしくは回避でしょう。それらの逃避・回避行動が大人によって封じられ、「逃げられない」状態になると、今度は実験神経症的症状を発症するというコースをたどることになると考えられます。
これは、家庭のみならず、療育施設、幼稚園や学校、さらには就職先といった「目の届かない環境」まで含めて考えるべきことです。
例えば、「スパルタ教育」と称する教育観を是とする学校に入れたら、何度も脱走騒ぎを起こすようになった、帰宅後に暴れるようになった、今までできていたことができなくなった、登校拒否になった、といった現象が現われたとしたら、これはほぼ間違いなく、「辛い療育環境」による実験神経症的症状が起こっている、と考えてすぐに対策を打つべきでしょう。
この例で考えると、学校のスタンスを変えるのは難しいでしょうから、厳しい決断になるかもしれませんが退学・転校を考えなければならないと思います。
そもそも、より良い選択肢は、最初からこういったABAの知見から外れるような教育方針を持つ学校は避ける(少なくとも、選ぶ際には非常に慎重になる)ことでしょう。
(次回に続きます。)
というのも、私のブログで書いているのは、この「実験神経症」と思われる症状が出て、保護者の方が転校を決意された生徒さんだからです。
一度こういう症状がでている生徒さんを受け入れてあとを継ぐというのはなかなか辛いものがあります。以前どのような療育を受けていたのかがはっきりしないこともあり、また、症状が出ないように様子を見ながらのプログラム作りはゼロからの出発というよりもマイナスからの出発といえます。
しかし、残念ながらこういうケースは養護学校においても散見されるといわざるを得ません。
恐らくですが、療育でも何でも、「訓練」的なことを不適切にやってしまうと、ほぼ確実に実験神経症的な症状が出るのではないかと想像します。
ですから、私たち親も「療育」と簡単に言って子どもにいろいろさせますが、実際には、特に「厳しい訓練」に取り組もうとするときは相当に慎重になるべきなんだろうと思います。
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